8/28 あえかなるあなたの不在 セルフライナーノーツ

 本日より公開のファッションSFウェブジンmatotte.8月号に「あえかなるあなたの不在」を掲載したのだが、これについての備忘を記す。

 小説本文は以下URL。

 https://matotte-sf.studio.site/issue05


 当初プランとしてはVR世界と現実世界の行き来/外見や服装を含めて「何者にでもなることができる」世界を掘ってアイデンティティの話をやろうと思っていたのだが、拙作GGIから機関義肢の話を掘り起こし、後はNHKプレミアムか何かでBCI(Brain-Computer Interface)の回を見たことで、とりあえずは現実世界単体でもいけるんじゃないの、ということで今の形に落とし込んだ。

 テーマそのものについては予め「ジェンダー・セックス・アイデンティティ」と表記されているので言うまでもないが、そこで気づかない/固定概念の中で私たち自身が喪失しうること、また既に「流行」という曖昧かつ資本主義的なある意図の中で喪失しつつあるのではないか、という提言でもある(無論それだけではないが、そこは主張として明確)。

 常々言っているがテーマという言葉は何を選ぶかではなく私/あなたの主張であり哲学だ。理解して欲しい、理解したいということがコミュニケーションの本質であり、すなわち人そのものが深掘りされなければならない。シチュエーションだけに依存するようなものはナンセンスである。

 またここではモチーフの意図に触れてもいるが、僕はその点に関しては決定づけられるべきだと思う。読み方は人それぞれというのは書かれた問題意識をどう感じるかであって、明らかな誤読をされることではない。現実へ帰った先が読者、あなたの世界だと思うので。


 さてタイトルだけれども、あえかなる/あなたの不在と、あえかなるあなたの/不在で切り分けられることに着目して欲しい。それが最後の問いへと返ってくるように作っている。

 余談だが僕は常々タイトルを最後に考えるほうで、たいてい四苦八苦(下手すると本文よりも!)するのだけれど、今回は割合あっさりと決まった。「あなた」という文言がキーになるわけだから、そこから周縁的に整理するという形で設定できたことが大きい。長編だとサブプロットにも注目して欲しくなり、題材も複数になってくるからややバラけがちだが、短編はスリムな分決めやすいのだな、と感じた。



 その他小ネタ。

・二人称

 もちろん「あなた」の話であるとも言えるが、編者の紅坂紫さんが書かれた『異形・人形』(人肉食百合アンソロジー中の一作)リスペクトでもある。二人称で小説を書くのは初めてだったので落ち着かない心持ちで書いた。


・「機関義肢ディーラー《ディセンバー社》」

 GGIより。GGI中では大敵。機関義肢を社会インフラにした大企業。

 ちなみに誰も気づいてくれないので付言するが、ディセンバー社という名称は『マルドゥック・スクランブル』のオクトーバー社から来ている。


・「2000年代初頭の化石めいた映画」「横転した車から這い出してきた俳優が悪態をつく」

 『アイ・ロボット』(2004)。ウィル・スミスがロボットに襲われたか何かで車から這い出してきて“Ass-hole fuckin'!!”と叫んでいるシーンのこと。初見でめちゃめちゃ口悪いなと思って笑った記憶が鮮明。

 これもまた本テーマへかかるようなオマージュ。パロディやオマージュの類は「そのラインで読んでね」と呈示すればわかるよね、という意味で差し込んである。一応モチーフ的なものの扱いには気を使っている。もちろん全部が全部そうではないが。純粋に好きだなというものもあるし。


・「映画をひとまず諦め、『オフ』と」

 ニューロマンサーというよりはみんな大好き黒丸尚文体。全部が全部あのバキバキな感じでは辛い人もいるでしょうし、しかしサイバーパンクですよ、という抑え方。


・ヴァイオリン

 古きもの、継承されてきたものとしてのモチーフ。プリミティブな身体性を匂わせるエピソードと共に出したが、楽器は音・手触り、そういう点で五感を総て使うから非侵襲的で拡張的でもある。それが侵略されて義肢により音色が統一化されていくだろうというアイロニカルな部分も含めて。

 またヴァイオリンというのは高価なので、音楽院などに通っていると4/4以外は上の世代の人が小さくなったものを安く買えたりする。それをまた下の人に譲っていく。これは本質ではないので書かなかったが。身体的特徴も同じように先祖から親から受け継ぎ子へと流れていく。



 トータルで見ると久しぶりに小説をできたなー、という感が強い。もっと細部にこだわることができた部分もあったが、2週間程度でプロットもゼロから完成させたのだから仕方ないか、と思う部分もある。

 ともあれいくつか書いたように新しい取り組みができているなと感じる。こういうことができるのは素晴らしい環境のおかげである。

 改めてお誘い頂いた紅坂さん、並びにmatotte.関係者の方々に御礼申し上げたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る