魔王様、その依頼引き受けます。

たこすけ

第1話 魔王

この世界には、天界、冥界、下界、魔界の大まかに分けて四つの世界がある。

その中でもこれは、魔界のお話。


「……ごめん」


どれだけやったとしてもこの感覚には慣れないものがある。

いや、慣れてはいけないものだということを俺は理解している。

殺しの感覚なんて、慣れたくない。

そう自分に言い聞かせながら刀の先を倒れている男に向けて、スッと自然に下ろした。


血なまぐさい匂いが鼻の奥を通っているのがよくわかる。

さっきまで生きていたそれは、刺されて数秒間痙攣していたが、もうそんなものもなくなっていた。

今はただ動かない人形のようなものが目の前にいくつか転がっている。


「これで今日のノルマも達成か……」


目の前に転がっているものを見ながらポツリと呟く。


──ノルマ。


それは、俺が一日に受ける依頼のこと。依頼と呼んではいるが、本来はこの魔界の秩序を保つためにやっていることであり、その理由は魔王の代わりに行っていることのため。


そして、もう一つは……自分への罪悪感を少しでも紛らわすため他ならなかった。


いくら秩序を保つためといえど、それを仕事だと割り切らないと自分がどうしようもなくおかしくなってしまいそうになる。


刀身に付いた大量の血を空で薙ぎ払い、腰に付けている鞘に戻した。


近くにあった石に腰をかけ、少しの間休憩した後、 雪の降るこの場所から少し離れた自分の家である魔王城へと戻ることにした。


魔王城への帰り道、いつものようにたくさんの魔族達と出会った。

魔界と言っても、下界と対になっているだけでそこまで外観や街並みが特別変わっているとかはない。

違うことと言えば、ここに住んでいるほとんどが魔族だということ。

その中でも人族である、俺は珍しい方だった。


「疲れたー」


城の入口付近まで着く頃にはもうヘトヘトだった。

帰り道、魔族の子供たちと戯れていたこともあり、依頼をこなす時よりも疲れた感覚がある。


「ただい……」


「おかえりなさい!!」


完全に疲弊しつつもゆっくりとドアを開けた向こう側には俺の帰りを待っていてくれたのか天使……いや、魔王であるカノン様が出迎えてくれた。


白銀の長い髪に、その少し幼さの残っている容姿が全くと言っていいほど魔王としての威厳がない。

なんて可愛らしいのだろうか……


「魔王様……わざわざ待っていてくださったのですか……?」


「ダメ……でしたでしょうか……? 」


疑問をド直球で言葉にした俺に対して、カノン様は優しく返してくれた。

どうやら、本当に待っていてくれたようだ。


「いえ……むしろ喜ばしい限りでございます」


少し不安そうな表情をしていたが、安心させるような言葉かけに目をパァっと輝かせている。


カノン様は、あっ。と何かを思い出したかのように俺の袖を掴んで言った。


「ハル、着いてきてください」


そこから、カノン様の部屋へと連れていかれた。

広々とした空間にはそぐわない長机。

そこには書類がキレイに並べられている。

おそらくカノン様が今日行っていた仕事だろう。

未だに袖を摘んでいるカノン様が上目遣いでこちらを見ている。


「よく頑張りましたね」


褒めて欲しいことがわかった俺は、短く言葉を言った後カノン様の頭を優しく撫でた。


カノン様はえへへと言いながら嬉しそうにしているがそれと同時になぜか少し微妙な反応もしている。

あれ? どこか間違えただろうか? もしかして血なまぐさかったかな。

頭からてを離して自分の匂いをスンスンと嗅いだが別に血なまぐさいという訳ではなかった。


じゃあ一体、どういうことなんだ?

疑問に思うが全くもって理由が思い浮かばなかった。

カノン様はなぜかモジモジとしている。


「いかがなさいましたか? 魔王様……?」


「えっと……その……あのですね……」


どうやら何かを伝えようとしているがどんどん声が小さくなっていく。

伝えにくい内容なのだろうか。

そう思っても口には出さない。ここで言葉を遮るのは違うと思った。


一呼吸置いて、真剣な目でこっちを見る。


「私、人間界に行きたいんです」


ーーへ?


言葉の意味が理解出来ずにフリーズしている。

それは、俺だけでなく近くにいたメイド達も一緒だった。

自分達とは別の世界には行ってはいけないというルールなんかは特別作られていないが、それが王……しかも新しく就任した王ともなれば話は別だ。

普段ならすぐにでも叶えたい望みだが今回ばかりは固まるしか無かった。


「やっぱり、無理でしたよね……今の忘れてください……」


申し訳なさそうに、シュンとした表情をして言う。

本当は、行きたかっただろうに……

自分の無力さに腹が立つ。自分が忠誠を誓った主にこんな顔をさせていいものだろうか。


なら自分のやる事はなんだ?


自分にそう問いかけた。答えは簡単、主の頼みとあらばどんな事でも叶えるのが忠誠を誓った者の役目だ。

少し考えてから、俺はカノン様に提案した。


「ならば、契約を結びましょう。条件付きで」


















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