第二十章 勝利の報酬

 街の中心部。噴水がある広場にて。


 真耶まなは他の避難民に紛れ込んでいた。引きずって連れてきたヴェリトも一緒だ。


「なんだったんだよ、さっきの地鳴りは…? 急に空が真っ暗になったかと思ったら、爆発が向こうでピカッて…」

「落ち着いてください。今むやみに動くと、かえって危ないですよ」


 真耶は、慌てふためくヴェリトに声をかけつつ、冷静に辺りを見回した。


 今しがたの地震のような揺れ。地面が揺れるいうよりは、まるで街そのものが鳴動していたかのような……?


「み、見ろよアレ!」


 ヴェリトが上ずった声で遠くを指さした方角に、黒い闇の柱が出現していた。アレは兄から聞いた終骸ネフィニス出現の証だ。二回目ともなれば直感で分かる。しかし、特別な眼を持たない自分たちにも見える程に濃い瘴気が溢れ出しているのは、尋常じゃない。


 あの場所で、兄さんと陽子お姉ちゃんが戦っているのか。先の爆発音からして決着がついたのだろうか。


「二人とも無事でいてくださいね…!」


 真耶は急いで走り出した。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 激しい戦闘がもたらした瓦礫の山で、剣士として覚醒した妹と怪物に堕ちて倒された兄という、異なる結末を迎えた二人は向き合っていた。


「…………どうしてなんだ。どうして、俺はいつも上手くいかない」

「兄貴は正しく努力していたら、きっと誰からも尊敬されて、誰よりも強い剣士になっていたと思うわ。ほんの少し、自分以外の誰かを大切にしていたら…」

「………はっ。御免だ、ね。俺以外のやつなんざ、どうでも、いい、のさ………」

「それでも…子どもの頃のアタシにとって、アンタは自慢の兄貴だったのよ」

「……、…………」


 返事はもう返ってこない。


 倒れていたドミナスのボロボロの身体がぼやけ、ガラスが割れるような音とともに粉々に砕けた。後には、黒ずんだ水晶玉のような物が落ちている。ドミナス…桐立継きりたちけいという人間がこの世にいた証拠はもはやそれしかなかった。


「バイバイ兄貴。今度こそ、安らかに」

「陽子…」

「待たせたわね、蓮。そんな顔しなくても大丈夫よ。悔いはないもの」

「……そうか。それなら、良かった」


 強がりではないのだろう。陽子の晴れやかな顔がそう語ってる。彼女にとっての因縁は終わりを迎えた。未来あしたへの一歩を踏み出せたんだ。


「まぁその、なんだ。これからもよろしくな、陽子」

「ええ。よろしくね、蓮!」


 改めて、握手を交わす。ここから始めよう、俺たちの世界を救うための冒険を。その最初の戦いに、まずは勝利した。そう思うと堪えていた緊張と疲労が、ドッと押し寄せてきた。


 それは陽子もだったようで、二人して地面にへたり込んでしまう。


「ああ~……疲れたわね……」

「ほんとにな……」


 あれだけ全力で動き、死力を尽くして戦うことなんてこれまでの人生にはなかったからだろうか。妙な達成感がある。


 これが巻き込まれた末の結末だとしても、選択したのは自分だからか。俺は、守りたいものを守れただろうか。


「いやぁ、お見事だ。遠岸蓮くん。その強さには感服するよ。もちろん桐立陽子くんもね」


 もはや聞き慣れただみ声とともに、どこからともなくローブ姿の人物―――『管理者』が現れた。


「…今ごろなにしに来たんだよ『管理者』」

「ご挨拶だね。泣いてしまうよ」

「だから勝手に泣いとけ」

「やれやれ。あぁ。目的はね、これさ」


 瓦礫の山からドミナスが遺した黒水晶が拾い上げられる。


「それをどうするつもりよ」

「君の兄の遺品ではあるが、これは貰っていくよ。世界の修復に必要なのでね」

「なんなんだ、それ?」

「これは終骸ネフィニスの種さ。ふむ…『支配』の権能か。初手からいきなり難儀な力と当たった。無事で良かったね」


 訳知り顔で頷く『管理者』。相も変わらず胡散臭いけど、あんな危険な力を回収してくれると言うのならまぁいいか。


「さて、そろそろ行かねば。君たちはよく戦ったとも、賞賛に値する。これからも期待しているよ?」


 そう言い残して、『管理者』はどこかに消えてしまった。


「怪しいヤツよねー…」

「まったくだ」


 陽子と背中を互いに預け合いながら、なんとなく一緒に空を見上げる。


 そこには突き抜けるような青空と、刺さるほどに耀かがやく太陽があった。

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