第七章 戦う理由

「で、アンタたちこれからどうすんの? 『管理者』の言うことに従って、世界を救う旅にでも出るわけ?」

「うーん、問題はそこなんだよな…」


 現状、全てが曖昧すぎて動きようがない。陽子と出会えたのは嬉しいけど、彼女を巻き込むわけにはいかない。ひとまずはこの街で、世界の危機とやらの情報を集めていこうと思っていた。


「アタシはあのドミナスっていう男、気になるのよね…」

「実は俺もなんだよな」

「街を治めてるって言ってたけど、治安維持にあんな柄の悪そうな連中を用いるかしら。なにか裏があると思うわ」

「私も同感ですけど、まだ証拠が何もありません。そこで…提案なんですが、私たちと一緒に探りませんか、陽子お姉ちゃん」


 まさか真耶まやは、陽子を巻き込む気だったのか。妹ながらどこまで思考を巡らせているのか、全然読めない。


 陽子は、真耶の提案に少しだけ考え込んでいたが…。


「わかった。アンタたちと動いてあげるわ。一人よりはマシだし…その…少し心細かったところだし…」


 後半は小声すぎて何を言っているか聞こえなかったが、ともあれ。


「いいのか、陽子」

「束ねられた刀は何者にも折れない。国に伝わることわざよ。意味は、力を合わせればなんでもできる。そういうこと」

「そっか…。改めてよろしくな」

「ええ、こちらこそ。よろしくね、れん!」


 律儀にも右手を差し出してくる陽子。その手をしっかりと握って、どうやら初対面の悪印象は払拭ふっしょくされたようだと内心安堵する。


「ん〜、気が抜けてきてお腹空いてきちゃったわ。二人とも、なにか食べに行きましょうよ」

「確かに…。ガッツリしたもの食べたいな」

「でしたら、私、昨日食べた鳥の唐揚げみたいな物食べたいです!」


 目を輝かせる真耶。うん…まぁ、あの料理は美味しかったからいいんだけど…。


「え、その唐揚げってアレでしょ? ワイ b もごぉ!?」

「よーし、そうと決まれば早く食べに行こうか!」

「?」


 【ワイバーンの竜田揚げ】のことを口走ろうとした陽子の口を慌てて押さえて黙らせる。


 それは真耶に教えるわけにはいかないんだ許せ陽子……。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 その日の夜。


 泊まっている宿の一階、大衆酒場で俺たち三人は肉料理や野菜サラダなど、晩御飯を楽しんでいた。豪勢とは言いがたいが量はあってかなり美味しく、談笑も弾む。


「っぷはぁ。真耶、アンタしたたかね。盗賊から奪ったお金で生活しようなんて」

「お金はお金、ですからね。まぁ元は誰かから奪われた物ですし」

「こいつは昔からこういうドライなとこあるから…。兄貴としては少し心配なんだけど」

「だから過保護なんですよ、兄さんは。早く妹離れしてくださいね」

「ふふっ」


 俺と真耶のいつも通りなやり取り。陽子はどこか懐かしむような目でそれを眺めている。


「どうしたんだよ」

「いや、ホント仲良いわねと思って。そっちって日常的に戦いがある世界でもないんでしょ? それなのにすごく息が合ってるし、互いへの遠慮がないわ」

「それは、だな」

「あっ…、話したくないなら大丈夫よ! 人間話したくないこと一つや二つ」

「両親は既に他界し、もう家族は私と兄さんだけですからね。助け合わないと生きていけなかったんですよ」


 俺の逡巡をあっさりと無視して、真耶が事情を話してしまう。そういうところがドライなんだってのに。本人が気にしていないのなら、俺も構わないけどさ。


「…軽く訊いちゃってごめん。でも同じなのね。子どもの頃に、アタシの親も戦いで命を落としたから」

「なっ、おじさんとおばさんが? マジか…」

「ええ。なに、待って、もしかしてそっちの世界は違うの!?」

「あ、あぁ。二人とも生きてる。今でもたまに手紙が送られてくるしな」

「っ………。そう…そうなんだ……」


 たった一粒。


 一粒だけ、陽子の瞳からぽたりと涙がこぼれた。それ以上は我慢しなければと思っているのだろうか、肩を震わせるだけの陽子を、俺と真耶はただ静かに見守った。


 数分そうしてから、陽子は少しだけ赤くなった目元を手で拭ってニッと笑った。


「別の世界のことだとしても、お父さまとお母さまが生きているなら。そして世界を救うことで、そんな可能性を取り戻せるのなら…。そうね。アタシが戦う意味もあるのかもしれないわ」

「どういう意味だ?」

「鈍いですね、兄さん。『管理者』が言っていたように、世界の安定化を達成できれば、消えた各世界は蘇ります。そうすればお姉ちゃんのご両親が生きている私たちの世界も蘇る。そのためなら、一緒に戦ってくれると。そう言っているんですよ」


 ようやく理解した。


 自分の両親が生き返るわけじゃなくても。その可能性がどこかにあるなら、それで構わないってことか。それはきっと覚悟がいる決断だ。


 繰り返すけど、細かい状況も救う条件もわからず不安しかない。本音を言えば、俺には他の世界がどうなるのかなんて気にしてる余裕はない。


 でも他の世界の話にすぎなくとも、真耶や、俺の友達や仲間、そして “家族” が望むのならば。


 ―――― きっと俺も、戦える。

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