第三章 始まりの街

 『管理者』と別れてから、俺たちは手近なところに街がないか探すことにした。


 幸い、真耶のスキルでコンパスを召喚できたから方角はわかったが…。


「よく考えたら、北とか南がわかってもダメじゃないか?」

「今頃気付きましたか、兄さん」

「真耶は気づいてたのかよっ。じゃあこれ今どこに向かって歩いてるんだ」

「方角という概念が通用するのはわかりましたからね。なら、あとは適当に歩いて、望遠鏡でも出して街を探せば、安全にマッピングもできて一石二鳥です」


 うーん、この適応力。さすがだ妹よ。けど、いい加減歩きっぱなしで腹減ってきたな…。


「あ、言っているそばから遠くになにか見えますよ兄さん。ラッキーですね、街の光みたいです。そろそろ夜ですから、宿などあるといいんですけど…」


 真耶の言う通り、肉眼でわかるぐらいに明るい光が地平線上に見えてきた。どうやら野宿はしなくても良さそうだ。


 そのまま歩き続けて程なくして大きな門に到着。衛兵が守っているところを見ると、そこそこ規模のでかい街らしい。身分証を提示するよう求められたが、これも真耶が用意してくれていた。盗賊が持っていた物を参考に作ったものだ。


「…俺、何の役にも立ってなくね?」

「そんなことないですよ。兄さんがいなかったら盗賊に捕まっていたでしょうし……、昔から私を守ってくれた恩はこんなことでは返せないですから」

「ん?」

「いえ、なんでもありませんよ。宿を探しに行きましょう」


 街の中に入ると、夜だというのにかなりの賑やかさに包まれていた。人通りが激しく活気もあって、日本でいう東京や大阪のような大都市らしさを感じる。飲食店や雑貨店には人々がひっきりなしに出入りしていた。


 一際人が集まる店を見つけて覗いてみると、そこは大衆酒場といった雰囲気で、様々な種類の人間で賑わっていた。


「鎧みたいな服を着てるヤツが多いなぁ。お約束だけど、冒険者とかなのかな」

「かもしれませんねえ。盗賊が出る世界ですから、自己防衛も必要でしょうし。私たちもなにか食べましょうよ、兄さん」

「おう。って、金カネはどうするんだよ」

「それもさっきの盗賊から "借りました"。汚いお金ですから、さっさと消費しないとです」


 抜け目のない…。こういう機転で、俺は妹に勝てた試しがない。おかげで子どもの頃はよく泣かされたものだが、まぁそれは置いといて。


 空いてるテーブルに座り、店員に水と肉料理を注文する。混んでいる割にかなりの速さで料理が運ばれてきた。


「これは…鳥肉ですかね? 肉汁がジューシーで美味しいです…。何個でもいけます…!」

「そ、そうだな」


 上機嫌で肉を頬張る真耶には悪いが、チラッと見えたメニュー表には【新鮮なワイバーンの竜田揚げ】と書いてあった…。知らない方が幸せだよなぁ。秘密にしておくか…。


「そういえば兄さん。これからどうするかなんですが」

「おうおう、そこの美人なねーちゃん! そんなしけたガキとじゃなくて俺と遊ぼうゼ!」

「…なんですか、あなたは?」


 平和な晩飯タイムに割って入ってきたのは、二メートルはゆうに超える大男だった。ガタイがいいとかいうレベルじゃない。人間じゃないのでは?


「ハハハ! おいらはこの街一番の冒険者でネ。そんな俺と遊べるんだ光栄に思いなヨ!」

「はぁ…………。この世界には馬鹿しかいないんですか?」

「あぁ!? 今、誰になんつったてめエ!」


 大男が真耶の肩に、その汚らしい手を伸ばす。触れるより前にぶっ飛ばそうとした俺を片手で制して、流れるような動きで真耶が立ち上がる。


 男の手首に添えた左手で、相手の巨体を手前に引き込み、バランスを崩したところで足払いをかける。勢いを止めれなかった男は、自重じじゅうに負けて前のめりになったまま店の机と熱烈な抱擁を交わす羽目になった。


「ぐ、く、クソ。このアマ、ぜったい許さネェ…!」

「いい加減にしとけ、おっさん。これ以上やるなら俺が相手だ。真耶ほど優しくできないから、覚悟しろ」

「こんのガキがぁ!」


 いよいよ頭に血が上ったのか、男が腰からゴツいナイフを抜き放った。くそ、武器を持ってる相手とこの距離はまずくないか。


 反射神経がどれだけ超人的でも、不可避の間合いというものはある。残念ながら今がそれだ。一太刀は受ける覚悟で、真耶を守るように飛び出そうとした俺だったが。


「さっきから聞いていれば…。アンタたち、いい加減にしなさい!」


 次の瞬間。


 俺の視界いっぱいに、燃えるように輝く、眩しいオレンジ色の髪が躍り出た。

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