カレンの願い 7

 カレンを人質に取られてしまったミクリ。


 言われるがまま両手を頭の上に挙げます。


「そうだ、それでいい! ガキの命が惜しくば俺の言う通りにしろ!」


「あなたは私に何を望むというの?」


 相手の要求を尋ねるミクリ。


 その相手、カタギリは叫びます。


「このガキを殺されたくなかったら、俺に服従を誓え!」


「服従? 私があなたに?」


「ああ、そうだ! これで腕に刺青いれずみを入れろ! こいつらと同じ模様のだ!」


 ミクリの足元に向かってペンが放り投げられました。


 それは魔法のインクが入ったペン。


 カタギリは蜘蛛の洗脳陣でミクリを操ろうと考えているのです。


「お前を操れば、ヤツにも一泡吹かせられそうだからなぁ!」


「ヤツ?」


「あぁそうだ! 俺にナメた態度を取った売人の野郎だ!」


 そしてカタギリは饒舌じょうぜつに語り始めました――。




 あの日、売人からウィザードの価格が百兆円だと言われたその時。


 カタギリはその売人の胸ぐらを掴みました。


「百兆円だぁ!? テメぇ、この俺にナメた態度取ってんじゃねえぞ!!」


 売人の男は冷静に言い返します。


「おやおや、そうカッカしないでくださいよ。こちらも商売でやっているのですから」


 その余裕な態度にカタギリは苛立ちを覚えます。


「チッ、だったら……無理やり奪い取るまでだ!!」


 カタギリは魔法のペンを取り出すと、売人の腕にペン先を向けます。



 その瞬間――。



「へ?」


 カタギリの首が切断され、頭部が宙を舞ったのです。


 薄れる意識。


 彼は自身の死を予感します。


 その頭が地に着きました。



「!?」



 しかし、ふと目を覚ますカタギリ。


「な、なんだ……今のビジョンは……?」


 自身の首を触ると、切断されたはずの首はしっかり繋がっています。


 死を間近に感じ、困惑しながらも恐怖で震えあがるカタギリ。


 目の前の売人がふっと笑みを浮かべます。


「ふふ。良かったですねえ、今のが夢で……」


「て、てめぇ……俺に何をした」


「さあ、何でしょう。でも次は現実になるかもしれませんよ」


 そして売人は耳打ちをしていきます。


「カグラザカの人間を連れて来なさい。血族、召し使いは問いません。そしてその生死も問いません。一人につきウィザードを一回分差し上げますよ」



 ――――。



 カタギリの思惑を聞いたミクリ。


 足元に転がるペンを拾い上げます。


「分かった。あなたの言う通りにしましょう」


 人質になっているカレンが叫びます。


「ミクリやめてー!!」


 悪い人に洗脳されたミクリの姿なんて見たくない!


 そんなカレンの想いを無視するかのごとく……。


 ミクリは自身の左腕に刺青を描き入れます。


 操られた者達のそれと同じ、蜘蛛の巣の刺青を……。


「くひ、くひひ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ――!!」


 両眼の瞳孔をぐるぐると回転させながら笑うカタギリ。


 彼の刺青から糸が発射され、ミクリの刺青と繋がりました。


「さあ、俺のエサになりなぁああああ!!」


 カタギリの洗脳魔法が発動し、ミクリは白目をむきます。


「きゃあああああ!!」


 その姿に恐怖するカレン。


「うるせえぞガキがぁああ!!」


 そんなカレンを突き飛ばすカタギリ。


「きゃあ!」


 そのままカレンを後ろから蹴り飛ばそうと足を上げた……。



 その時。



「……あ、あれ?」


 カタギリはそう呟きながら、その場で静止します。



 そして……。



「ふ、ふふふ、あはははは――!」


「!?」


 噴き出すように笑い始めたミクリの様子にカタギリは驚きます。


「蜘蛛の洗脳陣なんて初歩的な魔法を使うくらいですもの。やっぱり大した事なかったようね」


 ミクリは正気を取り戻し、満面の笑みを浮かべていました。


 同時に彼女を取り囲む人々はバタバタと倒れていきます。


「な、なんだこれは!? 何が起こった……?」


 困惑するカタギリ。


 必死に自身の身体を動かそうと力を入れますが……。


 まるで雁字搦がんじがらめにでもされたかのように、ピクリとも動きません。


「分からないの? だったら教えてあげる。その前に……お嬢様、今のうちにこちらへ!」


 ミクリがパチンと指を鳴らすと、カレンはミクリの隣へ瞬間移動しました。


 カレンの上半身を縛る縄をほどきながら、ミクリは話を再開します。


「今こうして、私とあなたは糸で繋がっている。あなたが私に魔力を流し込めれば、あなたの勝ちだった」


「そうだ! だからこそテメえは俺に操られるハズなんだ! 何故テメえが自由に動けて、俺が動けねぇんだよ!?」


「そんなの簡単よ。私があなたへ、のし付けて返してあげたのだから」


「!?」


「この魔法がなぜ初歩的と言われるのか……。この糸はね、相手の方からも自由に魔力を流し込める物なのよ!」


 そう……。


 ミクリは糸を利用し、カタギリの能力を大幅に上回る量の魔力で洗脳し返したのです。



 ミクリは軽いジャンプで準備運動をすると。


「さあ、歯を食いしばりなさい!」


 静止したまま動けなくなっているカタギリの方へ向かって駆け出します。


「や、やめろ! 来るな……!」


 怯えた声を出すカタギリ。


 そんな事はお構い無しにミクリは全速力で迫っていきます。


 そして――。



「でやあああああああああ!!」


 高く飛び跳ねたミクリ。


「うわあああああああああ!!」


 叫ぶカタギリ。



 ミクリが放った渾身の空中回転回し蹴りが、カタギリの左側頭部そくとうぶに直撃!


 そのまま吹き飛んでいくカタギリ。



 ドゴッッッッ!!



 コンクリートの柱に頭頂部をぶつけると、間も無く気を失いました。



 そんな男を蔑むようにミクリは言い放ちます。




「エサに食われる蜘蛛なんて……哀れな虫けらね」

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