わたしをグアムに連れてって プロローグ

 未だ入院中のミクリ。


 今日は大人しく本を読んでいます。


 昼下がりの病室では静かな時が流れていました。


 すると扉が元気よく開きます。


「ミクリ―! 元気にしてたー?」


 訪ねてきたのは自身が仕えるご令嬢のカレン。


 それから同僚のアズサでした。


 ミクリは大きなお屋敷に勤める使用人です。



「お嬢様、来てくれたんですね。はい! 私は元気ですよ」


「よかったー! 今日のミクリはいつものミクリだ!」


「ミクリ、聞いたよー。あんたこの前、ここで暴れたんだって?」


 アズサがなんだか楽しそうに尋ねてきました。


「その話しはしないで……。メイド長にこっぴどく叱られたんだから」


 注射が苦手なミクリ。


 今では目隠しをして大人しく採血を受けています。


「まったく、あんたは相変わらずね」


「そんな事より。お嬢様、今日の幼稚園はどうでしたか?」


 ミクリは話しを逸らしました。


 尋ねられたカレンは思い出したように言います。


「そうだった! ミクリ、わたしね。ガムに行きたいの!」


「ガムが欲しいんですか? はいどうぞ」


 ミクリは台の上に置いていたチューインガムを手渡します。


 しかしカレンは首を横に振りました。


「違うの。そのガムじゃなくてとこなつ・・・・? のガムなの!」



 ◇ ◇ ◇



 それは幼稚園での自由時間の事でした――。


「おーっほほほほ! わたくし先日まで常夏の島ガムにおりましたのよ!」


 たくさんのお友達を集めて自慢話をしている金髪ツインドリルの女の子。


 クラスメイトのイリナです。


「透き通った海、照らしつける太陽、キラキラ光る砂浜はガムでしか味わえない極楽でしてよ!」


 椅子の上に乗って更なる注目を集めるイリナ。


「いいなあ、イリナちゃん」


「ぼくもガム行きたいなあ」


 周りのお友達も羨ましそうです。


 その中に混ざっていたカレン。


 ふと、イリナと目が合ってしまいました。


「おやおや、まあまあ! そちらにいらっしゃるのはカグラザカさんではありませんか!?」


 そして見下ろしてきます。


「もうずっと同じ空間にいたんだけど」


 カレンは冷ややかな目で返答します。


「あら、そうでしたかしら?」


「で、なに?」


「カグラザカさんだって海外旅行の一つや二つやったことありますわよね。ぜひ、その時のお話しを聞かせて頂きたいですわ」


 はい、早速きましたね。


 俗に言うマウント攻撃というやつですね。


 因みにカレンは海外旅行をした事がありません。


 ただでさえ命を狙われることが多く護衛が大変になるからです。


「……ない」


 ぼそっと呟くカレン。


「え? 聞こえませんわ!」


「わたし海外旅行なんてしたことない」


「ええ!? 海外に行ったことが無い!? カグラザカ家のご令嬢が? 海外に行ったことが無いですって!?」


 周りのお友達から注目の的になってしまったカレン。


 その目はどれもこれも、まるで可哀そうな動物でも見るようなものでした。


 そんな中、一人のお友達がカレンに話しかけます。


「気にすること無いよカレンちゃん。わたしも海外なんて行ったことないし」


「うん……」


 とは言いつつも、カレンの心のモヤモヤはどうしても晴れないのでした。

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