刻印無しの魔法使い エピローグ
目を覚ましたミクリ。
どうやら病室のベッドで眠っていたようです。
ふと、丸椅子に座っていたアズサと目が合いました。
「気分はどう?」
「最悪」
返答するミクリ。
「でしょうね。あんたにしては随分こっぴどくやられたじゃないの」
「まあね」
アズサがりんごを差し出しました。
「食べる?」
「あのう、せめて剥いてくれない?」
丸々一個のりんごに視線を向けるミクリ。
「だよね。ちょっと待っててね」
調理用のナイフを取り出しりんごを剥き始めるアズサ。
ミクリは自身の脚に重みを感じました。
カレンがしがみ付いて眠っていたのです。
アズサはふふっと笑って説明します。
「カレンお嬢様ったら、ずっとあんたの左腕にしがみ付いてんのよ。せめて脚にしてあげてって言っといたの」
「なるほど」
ミクリは今回の戦いで左腕を吹き飛ばされましたが、凄腕の名医によって完全修復されました。
まだ痛みは残りますが、神経や骨も見事に繋がっているようです。
因みにコバヤシも無事に両腕が修復されたそうで、今は隣の部屋で寝ています。
さすが名医。
アズサはうさぎ型に切ったりんごを皿に乗せて爪楊枝を刺していきます。
その一つをミクリの口へ近づけました。
「はい、ミクリあーん」
「あーん」
「どう? おいしい?」
ミクリは口をもぐもぐさせながら親指を立てました。
「そ、良かった。それにしてもあんた胸に風穴あけといてよく生きてたよね」
ミクリは拳銃で撃たれた訳ですからごもっともです。
「もご、もごご、もごもご……」
「ごめんね。ゆっくり飲み込んでからでいいよ」
ミクリは口に含んでいたりんごを全て飲み込みました。
「実は咄嗟にオブジェクト変更して、心臓やら肺やらの位置をずらしたんだよね」
それを聞いたアズサ。
「…………は?」
意味が分からず聞き返してしまいます。
「だから、銃弾が当たらない位置に臓器をずらしたの。まあ、骨は間に合わなかったけど……」
なんとミクリの負ったダメージは皮膚と骨だけだったというのです。
「ちょっと待って! コンマゼロ何秒っていう短時間でオブジェクト変更したって訳? 詠唱は?」
「私、気合入れたら魔法使うのに詠唱なんていらいなから」
多用すると貧血気味になるのが弱点ですが……。
とにかくこんなことが出来るのは彼女だけです。
「信じられない! そもそも人体へのオブジェクト変更って禁書制限あるでしょうが」
アズサの言う通り、『人体へのオブジェクト変更』は禁断の魔法書に記されています。
本来、刻印持ちであるミクリには使う事ができないはずなのです。
「それがさ。撃たれた場所が丁度、刻印の位置だったの」
ミクリの刻印が押されている場所は胸元です。
そこへ衝突した銃弾は、彼女の皮膚を抉ると同時に刻印を破壊し効力を消し去りました。
その瞬間ミクリは魔法を発動して臓器の位置を全てずらして、ダメージを最小限に留めたという訳です。
まさに生きることへの執念としか言わざるを得ません。
「…………」
アズサは理解が追い付かず、言葉が出ませんでした。
「さーて、つまり今の私は晴れてインナシって訳だ! 実は前々からやりたい事があったんだよねー」
まるで悪戯を考える子供のように笑うミクリ。
両手で自身の両胸を掴むと……。
「私の胸よ! 特大サイズになれ! オブジェクト変更おおおお!!」
ここが病室だということも忘れて大きな声を上げました。
…………。
しかし何も起こりません。
「あれ?」
首を傾げるミクリ。
「んあ? なに? どうしたの? ああああ! ミクリ起きてる!」
今のでカレンが目を覚ましたようです。
さらに病室の扉がガラガラと開いて、メイド長が姿を現します。
「せっかく心配して来てあげたというのに……。まったく何て馬鹿なことをやってるのあなたは?」
あきれた顔を見せます。
さて、それはミクリが目を覚ます少し前の事です。
病室にカグラザカの奥方が訪ねてきました。
彼女はミクリをインナシのままにしておくと良くないことが起こるからと、元の場所へ刻印を押していったそうです。
アズサからそれを聞かされ酷く落胆するミクリ。
「そんな~」
「ミクリ、よしよし」
カレンが頭を撫でるのでした。
第1章 おしまい
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