女泣かせとみんなのお姉ちゃん【安平高校物語】

ムゲン

第1話:『女泣かせ』と『みんなのお姉ちゃん』

「整列! ーー姿勢、礼!」


「「「「「あざっした!!!!!!」」」」」






 キャプテンの号令に従い、バスケコートのエンドラインに並んで、掛け声とともに礼をする。ここからモップ掛けや窓閉め、ボトルやボールといった道具の片付けなどをやって、バスケ部の活動は終わりだ。


 後片付けは、3年生が現役の間は、2年が1年に仕事を教えるかたちで行い、3年生が引退した現在は本格的に1年の仕事となっている。初心者からベンチ入りのやつまで関係なくやらせるこの制度を、俺は気に入っている。部員同士の仲は良好で、上下関係でぎすぎすした雰囲気がないのは良いところだと思う。








「なぁ小鳥遊。鳳さんとはどうよ?」


 片付けが終わり、更衣室で着替えていると、俺の親友、小鳥遊結斗たかなしゆいとの話題になった。結斗は家が隣同士ということもあり、物心つく前からの付き合いだ。背は小柄で160台、顔も童顔で中性的と、女子生徒の制服を着ても違和感がないような男だ。




 そんな結斗には、鳳美香おおとりみかという恋人がいる。俗に言う“ゆるふわ系”というやつで、男がイメージする「守りたくなるかわいさ」が人気の、うちの学校で五指に入る美少女なのだそうだ(他の男子生徒談)。結斗は小学生の頃から鳳のことが好きで、中学卒業後に告白し、今ではこの学校でも有名なカップルの一組として知られている。



「どうって言われても、だよ?」


「やっぱりそうなのか…」



 結斗は質問に対し、いつもと同じ答えを出す。このやりとりはいつものことであり、もう慣れたものである。




 結斗と鳳は、学校でも仲よさげにしゃべり合っているし、登下校はともにすることが多い。といっても、それは熱愛中のカップルのそれとはほど遠く、あまりベタベタくっついたりとかはない。ともすれば一緒にいないこともざらにあるため、「付き合っていることは知ってるし、実際仲よさげだけど、あんまり実感がない」と言われている。




 そうした経緯から、「実は誰も見ていないところではいちゃついているのでは」と思われるのは必然で、このように聞いてくる連中は後を絶たない。


 それらを結斗は、表面上は笑顔のままで対応し、いつも同じ答えで切り抜けている。



「なあ、竜ヶ水はなにか知らなーー」


「結斗が言っているとおりだ」


「そうか…」



 そして、そのまま俺、竜ヶ水翼りゅうがみずつばさに聞くまでが一連の流れであり、俺もまたいつものように答える。俺としては、他人の恋路を知ってなんになる、という考えなため、同じ答えなのに何度も聞かれるのは、うっとうしく思わなくもない。それに、



(結斗の場合、人には言えないからな…)



 鳳は結斗をよく。それはもう、『R18指定』されるほどに。だから事細かに言うことは、絶対に言えない。ーー言ったら最後、男子生徒のほとんどが崩れ落ちる。




「こらこらお前ら、また小鳥遊に詰め寄って。あんまりしつこいと竜ヶ水が切れるぞ?」


「「「「「あ、天城先輩!」」」」」




 そんななか、今まで黙っていた先輩の声に、みんなが一斉に反応した。


 声の主は、天城武人あまぎたけひと先輩。3年生が引退して、新チームのキャプテンになった人だ。2年生で一番上手いということもあるが、誠実で面倒見も良く、多くの生徒から慕われている。バスケ部の満場一致でキャプテンに選ばれたのは、伊達ではない。


 俺と結斗は中学からの付き合いであり、この人がいかに面倒見が良く、自分を律せる人か、身をもって知っている。



「俺をだしにするの、やめてくれません…」


「わるいな竜ヶ水。これが一番効果的なんだ」


「アハハ…」(⇐結斗の苦笑)



 ーー中学からの付き合いなため、こうした扱いもよくされるが。





「そういや、いつも小鳥遊にばかり質問してるが、竜ヶ水には聞かなくてもいいのか?」


「「「「「「???」」」」」」



 ひとしきりみんなが落ち着いたところで、ほかの2年の先輩が発した言葉に、俺と結斗を除くその場の全員がぽかんとした。






「いや、だって竜ヶ水コイツにもいるだろ、彼女」


「「「「「「…はあぁ!!!!!!?」」」」」」


 一瞬にして騒音が戻ってきたが。






「おいおい竜ヶ水、どういうことだ!?」


「聞こえたとおりだが」


「「「「「そういうことじゃねぇ!!!!!!」」」」」


「あ、やっぱりそうだったのか。誰かまでは分からなかったが、この前竜ヶ水が女の子と一緒に歩いてるとこ見かけてな。背も低かったし、妹とかかと最初は思ったが、そのわりには手ぇ繋いでる女の子は見るからに照れてるし、竜ヶ水の対応がなんか紳士的だし、てかそもそも制服だったし」


「「「「「あの竜ヶ水が!?」」」」」


「つばさに妹はいませんよ」


「お前ら、俺をなんだと思っているんだ」


「「「「「『女泣かせの竜ヶ水』!!!!!!」」」」」


「声をそろえて言うんじゃない…」






 俺は、世間一般的には、いわゆる“イケメン”であるらしい。加えて背丈が180あり、身体は鍛えているため、引き締まっている。結斗いわく「これでモテない方がおかしい」とのことだった。




 実際俺は、小さい頃から女子によく声をかけられ、高校に入ってからは、3日に1回のペースで告白されている。そして、俺はそれらを全て断っており、それを面白がったクラスメイトが冗談半分に呼んで以降、『女泣かせの竜ヶ水』という異名?が広まってしまった。


 別に俺は、女が嫌いなわけでも、男趣味があるわけでもない。ないんだが…




「まあ、つばさは昔から、人を貶して自分を売り込んでくる女性とか、派手派手な女性ばかりに告白されてきたので、女性に言い寄られることに嫌気がさしている、という事情もあるんですけどね」


「「「「「あぁ~…」」」」」



 結斗の一言で、その場の全員が納得したように微妙な顔をした。




 自分でも自覚しているが、俺は俗に言う“陰キャ・陽キャ”で言えば陰キャだ。騒がしいこと・派手なことが苦手で、人との対話では気疲れする。だと言うのに、こんな俺に言い寄ってくるのは、俺の見てくれしか見ていないような派手派手しい女ばかり…。これが贅沢な悩みだと言うことは分かるが、なんとかならないかと、いつも






「でも、その人に限って、そんなことはないと思います。実際相手はつばさのことを気遣ってくれてますからね」




 しかし、もうそのことに悩まされることはない。俺には彼女ができた。なかば諦めかけていた彼女だ。俺はこれから、その人のことを大切にしていく。






「ん?小鳥遊は知ってるのか?竜ヶ水の相手」


「伊達に16年、つばさの幼なじみやってますからね。相談も受けましたし。というか、皆さんも知ってる人ですよ?」


「「「「「「???」」」」」」




 その相手は、しっかり者で愛らしい、素敵な少女だ。








「そのひとのあだ名は、『』です」




「「「「「…はあぁ~!!!!!!?」」」」」


「……」




 天城先輩を除く部員の口から、今日一番の絶叫が出てきたのだったーー










「耳が痛い…」


「あれだけの絶叫だったからね。でもあれは、つばさが前もってみんなに言ってれば起こらなかった悲劇だよ?」


「仕方ないだろう。鯉沼とはそういう約束だったんだ」


「あくまで騒がれることが恥ずかしいから、なんだから、これだとかえって逆効果だよ?」


「耳が痛い…」






 あのあと、騒ぎを聞きつけた体育科の教師が来て説教になり、そこから連鎖的に、提出課題を出してないことがばれて引きずられていった者もいて、時間を取られてしまった。ここまで大事になるとは思わなかった。






「まあでも、僕としては嬉しいよ。つばさもようやく、僕離れが出来るね」


「おい」


「ははっ、冗談だよ。でも、近からずも遠からず、なんじゃないかな。今まで何回、僕に小言を言われた?」


「むっ」


「その点鯉沼さんは、僕以上に気が利く人だから、ホントお似合いだと思うよ」


「·····」


 何も言い返せなかった。








「あ、ゆいちゃ~んっ、待ってたよ~」


 校門が見えてくると、二人の少女がそこにはいた。一人は結斗の彼女、鳳美香。間の抜けた感じで、結斗に駆け寄っている。そしてもう一人。






「二人ともお疲れ様! 『男子バスケ部が更衣室で先生に捕まってる』って聞いたけど、大丈夫?」






 クセっ毛らしい黒髪は二つ結びにされ、動くたびに揺れている。大きな瞳は黒色で、知性と優しさを感じる。


 150ないくらいの背丈は、本人が気にするコンプレックスらしいが(その辺は結斗と気が合うらしい)、小さな体で動き回るさまは、見ていて微笑ましくなる。


 生徒会書記を務め、生徒のお手本になろうと頑張っており、そこもまた愛らしい。




 鯉沼こいぬままとい。女子バスケ部1年でしっかり者な、俺の彼女だ。




 見た目はどちらかと言えば小柄で、姉というより“妹”のような印象だが、気配り上手で努力家なところと、困っている人を安心させるためにあえてお姉さんぶるところが可愛らしいため、『みんなのお姉ちゃん』という呼び名が定着した。


 恩着せがましいこともなく、困っている人を自然と助けられるのは、彼女の美徳のひとつだ。






「うん、みんながつばさに彼女がいるって知って、驚いて絶叫してただけだから」


「え!?」


「あ~あ、まっちゃんが『恥ずかしいからまだ内緒にして』って言ったから犠牲者が」


「わたしのせいなの!?」




 結斗と鳳の一言で、顔を赤くして照れたり騒いだりする鯉沼。可愛い。このままずっと見ていられる。




「って竜ヶ水くん! 見ているだけじゃなくて、何か言ってよ!!!!!!」


「うむ、やはり鯉沼は可愛い」


「んなっ!?」




 そう言うと鯉沼は、ますます顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせている。愛くるしい。




「いつまででも見ていられるぞ」


「う、ううぅ~、そ、それ以上は言わないで~」




 ついに涙目になった鯉沼。はかな… ではない。危ない、あやうく泣いている鯉沼を放置するところだった。






「んふふ、まっちゃんとつーくんは、本当に仲良しだねえ」


「もう、美香ちゃん!」


「まあまあ、そろそろ帰ろうか。それじゃあつばさ、鯉沼さん、また明日」


「またね~二人とも~」



 そう言って結斗と鳳は、仲良く手を繋いで帰って行った。俺も二人とは家の方向は同じだが、鯉沼を送っていくため、ここで分かれる。以前までは付き合いだしたことを隠すために別々の時間帯で帰っていたが、昨日の月曜からこうして一緒に帰るようになった。




「帰ろう鯉沼。まだ明るいうちに」


「……!? う、うん…あ」


 俺が差し出した手を、鯉沼はびくびくしながら握ろうとしたが、ふと何かに気づいたのか、突然声を上げた。



「? どうした鯉沼」


「竜ヶ水くん、シャツがズボンから出てるよ?」


「む、確かに」



 言われてみると、ズボンの右ポケットが、シャツで隠れてしまっている。気をつけてはいるが、昔から身だしなみを整えるのは苦手だ。



「すまない鯉沼。いつも助かっている」


「大げさだなあ。それに、そんなことでお礼を言ってくれるの、竜ヶ水くんだけだよ?ほかの人は「うるさい」とか「わかってる」って言って、嫌そうな顔するもん」


 少しすねたような顔をする鯉沼。可愛い。



「鯉沼からは思いやりの念が感じられる。俺は鯉沼のように、しっかりと指摘してもらえるのはありがたいと思っている」


「そ、そう?」


「ああ。ーーよく結斗から小言をもらっているからな。おかげで小言をもらうことも少なくなった」


「……ふふっ、ありがとう、竜ヶ水くん」



 そう言って鯉沼は可笑しそうに笑う。その笑顔は裏表や屈託のないもので、輝いている。良かった、冗談が通じた。



「……よし、シャツを入れ終わったぞ。改めて、帰ろう、鯉沼」


「……うん、帰ろうか」



 今度こそ俺と鯉沼は手を握った。その手はとても小さく、柔らかく、そして、とても温かかったーー


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