怠惰な俺だけど、異世界では頑張ってみます

ならなゆ

第1話『プロローグ』

 勉強なんてこれっぽっちも好きじゃないような年頃の男の子。そんな野郎が授業中にやることってなんだろう。


 特に四時間目とか。


 そういう時間って昼食前の授業とか空腹とダブルパンチで超だるいんだよ。五時間目だとシエスタさんがご来訪したりして、気付いたら終わってるので楽なんだけどね。


 さて、話を戻すがそういうとき男子ってのは殆ど授業なんか聞いてないんだよ。辛い時間をどんな風に乗り切るかを考える。そういうことばっかしてる。


 教科書の絵に落書きとか自分の名前デフォったりとか?はたまた黒歴史ノートの作成とか?


 そういうのってめっちゃ楽しいよな。

 でもやりきると飽きてくるわけじゃん?


 そんな時に俺がオススメしたいのは何かって言うと、


(まず前のドアから銃持った奴らが来たとして、俺は―――)


 そう、妄想だ。


 え、やったことない?

 クラス全員異世界転移したりとか、突然学校内で殺し合いが始まるとか、単独テロリストが侵入するとか。そういう妄想したことない?


 やばいくらい楽しいぞやってみろ。


 まず自分が強い設定でいれるのがでかい。貧弱野郎でも頭悪くてもコミュニケーション能力皆無でも妄想の中では撤廃される。自分をナイスガイにできるだけで楽しい。

 それに他の人間の設定いじりもたまらない。友達にしたりとか相棒にしたりとか恋人にしたりとか、自分の頭の中なら何しても良いんだ。ワクワクが止まらないね。


 本当にそうなったらそうなったで一番日和るくせに、頭の中だけでは英雄でいられるんだ。いいじゃない、いいじゃない。


 と自己補完していたら折角考えていたシチュエーションをほとんど忘れた。また最初から考え直すことにしよう。メモっとこ。シリーズ物の妄想もまた乙だ。


 間違っても自分以外の人間にメモを見られてはならない。友達なんかに見られた日には―――。


 見られた日には、あれだ、うん。


 死ぬ。心が。


「〜♪」


 隣の人に聞こえない程度に鼻歌をかましながら俺はノートにびっしり設定を書き込んでいく。クラス全員が異世界に転移してしまい魔王を倒せと懇願される。各自が特有の能力を一つだけ発現させることに成功し、俺はその中でも強い能力に恵まれる。能力の詳細は、うーん……【剣士特性S】とか?膂力とか身体的なあれこれが飛躍的に強化されて、それプラス剣の強さに応じて能力が加算されるとか!それでその能力に見合った剣を王国から頂戴すれば超強いんじゃないか!?


 やっぱ一つだけだと決められていても曖昧な設定で全体的にパワーアップできるのは良いね!


「広瀬くん……広瀬くん!?」

「ふーんふんふん♪……あれ、ぇ、あ、はい!」

「授業中に鼻歌はやめてください」


 し、しまったぁ!

 楽しすぎて漏れ出ていた!


 いやぁ超恥ずかしいね。バレないようにとか言っといて自分から晒していくスタイルってキモすぎ。ほらほら隣のやつ嘲笑してるやん。やば。こわ。


「す、すいません…あはは」


 ちくしょう。クラス全員の目線がきつい。凡ミスするなんてらしくないぞ俺。


「………」


 今度は真面目に取り組む。妄想に。授業にじゃないぞ。


 【剣士特性S】があっても一人じゃ魔王に勝てないだろう。それどころか魔王なんだから配下の魔人も粒揃いのはずだ。高校生からいきなり剣士になった奴単独で勝てるほど甘くない設定のほうが面白い。

 それならバフとデバフ兼回復員として僧侶がいるな。それなら僧侶を守るためにナイトも必要だ。盾役は渋くすると超かっこいいんだよ。

 僧侶はあの子、ナイトはあいつだな。最近付き合い始めたみたいだし。守ってくれるナイトに僧侶が好意を抱く展開なんて激アツだ。


 あ、それなら魔法使いもいるな。女の子の。願わくばその子と結ばれたい。近距離専門とは遠距離専門が恋人同士なんてロマン溢れるもんじゃあないか。


 ………俺だって彼女くらい欲しいしな。


 想像の中でくらい、凄ぇ奴になってみたいんだよ。


 そんなことを今度はバレずにぐだぐだと考えていると、教師の話が途切れた。まさか、と思った瞬間にチャイムが鳴る。ほぼオートで目線を時計に向けると表示されている時間、12:30。


 昼飯だ!!


 今日の日直のナイト君が号令をかける。起立、気をつけ、礼。礼儀は大事だ。あぁ大事だ。他の礼儀がなっていなくてもこれだけは大事だ。早く飯食わせろ。


 なんて意気揚々と頭を下げて、すぐ戻した時だった。


「よっし昼飯!…………ぇ?」


 そこは教室じゃなかった。


 緑。


 青。


 草。


 空。


 草原。


 青空。

 

 涼やかな風。


「は、はい……?」


 クラスメイトも、教師も、黒板も机も椅子も窓も貼り紙も見当たらない。そこにあるのはただただ、大地。木の板の床ではない、草原地帯。


「ぇ、ちょ?……ここどこ……?」


 見渡すと背後にも広がる草原の先に城のようなものが見えた。だがそんなこと気にせずに俺はパニックになって首を左右にひねるだけ捻り、身体を回転させるだけさせる。


 草原、城、森、視野に様々な情報が入ってくる。ノートにしかいっていなかった目線。食事にしか向かなかった興味。それが次々と更新されていく。


「ま、まさか……?」


 そのアップデートの羅列を脳が無意識に評価して推測してくれる。といっても、俺のダメダメな脳が発する評価は一つだった。


「これって―――!」


 ―――異世界転移ではないかと。



 広瀬綾斗。高校生。

 俺は今日、今、見知らぬ場所に出現した、らしい。

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