第28話 新型戦艦

 「ハワイ作戦だが、その目的は太平洋艦隊の本拠地であるオアフ島の殲滅だ。投入戦力については前回と同様、四隻の『大和』型空母ならびに八隻の『天城』型空母が主力となる。

 本来であれば『金剛』型空母もこれに加えたかったのだが、しかしこちらは南方攻略部隊から作戦完了までは同戦域に残して欲しいという強い要望があった。なのでハワイ作戦には使えないのだが、この件については了承してもらいたい」


 申し訳なさげな表情とともに頭を下げる吉田連合艦隊司令長官に、山本第一機動艦隊司令長官は微苦笑とともに気にするなと声をかける。

 山本長官も南方作戦における「金剛」型空母の活躍は聞き及んでいる。

 開戦劈頭にフィリピンの米陸軍航空軍を叩き潰し、さらにはアジア方面における連合国艦隊に大打撃を与えた。

 水上打撃艦艇では捕捉が困難な巡洋艦や駆逐艦といった神出鬼没の脚の速い敵に対し、「金剛」型空母は遥かに高速を誇る艦上機であっさりとそれらを撃滅してしまったのだそうだ。

 さらに、空母艦上機は陸戦支援にも威力を発揮し、同戦域で作戦中の帝国陸軍からも感謝の報が相次いでいるという。


 「オアフ島攻撃にあたっては母艦航空隊の編成を大幅に見直す。ウェーク島沖海戦では『天城』型空母は戦闘二個中隊に攻撃三個中隊、一方の『大和』型空母はそれぞれ四個中隊だった。これを『天城』型空母については戦闘四個中隊に攻撃一個中隊、『大和』型空母のほうは戦闘五個中隊に攻撃三個中隊とする。

 オアフ島に対する攻撃はつまりは航空撃滅戦だ。それゆえに大量の戦闘機を必要とするし、なにより太平洋艦隊が壊滅した今、攻撃機の需要はそれほど大きなものでは無くなったからな」


 吉田長官の後を受けた塩沢軍令部総長の言葉に、山本長官は脳内で算盤を弾く。

 ウェーク島沖海戦では第一機動艦隊は三八四機の零戦と四八〇機の一式艦攻を擁していた。

 これがハワイ作戦では零戦が六二四機に一式艦攻が二四〇機へと変更される。

 一見したところ、戦闘機偏重が過ぎるようにも思えるが、一方で零戦は九六艦戦よりも遥かに大きな爆弾搭載量を誇る。

 二五番であれば一発、六番なら四発の搭載が可能だ。

 そのうえ搭乗員たちは緩降下爆撃の訓練も受けているから、不動の地上目標であれば十分に爆撃機の代わりが務まるはずだ。


 「それと、南方作戦の進捗に伴ってマレー戦線から『長門』と『陸奥』、それにフィリピン戦線から『妙高』型重巡を本土に戻す。そしてこれらで水上打撃部隊を編成してハワイへの艦砲射撃を実施、同地を火の海に叩き込む。なにせ、戦艦の砲弾一発は艦攻が運べる爆弾と同等だからな。ひとたび敵の内懐に飛び込んだ戦艦の威力は航空機とは比較にならん」


 オアフ島を火の海にするというのは比喩でもなんでもなく、本気なのだということを塩沢総長の言葉をもって山本長官は理解する。

 だから、山本長官もまた気になっていることを端的に問う。


 「オアフ島の航空戦力、それに敵艦隊の出現可能性について軍令部はどう判断している」


 塩沢総長もまた、修飾を省いた要点のみを答える。


 「オアフ島の航空戦力だが、戦闘機についてはP36が四〇機程度に一〇〇機ほどのP40が開戦前に配備されていたことが分かっている。そして戦争が始まった以上、増勢することはあっても減勢することはありえんから最低でも二〇〇機、場合によっては三〇〇機程度が存在するものと見ておいたほうが無難だろう。

 それと、敵艦隊についてだが、どうやら『ワシントン』と『ノースカロライナ』の二隻の新型戦艦が太平洋に回されるようだ。あるいはこちらの意図を察したうえでの艦砲射撃を阻止するための戦力かもしれん。もし、戦況が有利とみれば昼間であったとしてもオアフ島の戦闘機の傘の下で砲撃戦を挑んでくることも有り得る」


 「ワシントン」と「ノースカロライナ」の名を聞くと同時に山本長官の眼光が鋭くなる。

 軍縮条約明け後に建造された「ワシントン」と「ノースカロライナ」はそれまでの旧式戦艦とは一線を画す戦力を持つ。

 最新式の四〇センチ砲を備え、また機動力や防御力も従来のそれよりも遥かに向上していることは間違いない。

 それでも、すでに航空機が戦艦より強いことはマレー沖海戦やウェーク島沖海戦がこれを証明している。

 しかし、マレー沖海戦は圧倒的な物量を誇る日本の正規部隊が寡兵の植民地警備艦隊を袋叩きにしただけであり、ウェーク島沖海戦で沈めたのはそのいずれもが旧式戦艦だ。

 だが、今回は敵のホームグラウンドとも言うべきハワイでの戦いとなる。

 そこで「ワシントン」と「ノースカロライナ」を沈めてしまえば、戦艦に対する航空機の優位に懐疑的な連中もそのことを認めざるを得ないだろう。

 そう考える山本長官だが、しかしそれ以上に確かめておかなければならないものがあった。


 「『ワシントン』と『ノースカロライナ』には是非出張ってきてもらいたいものだが、それよりも気になる存在がある。米空母最後の生き残りである『ホーネット』の動向だ。なにより機動部隊の天敵は空母だからな」


 山本長官の質問を予想していたのだろう、塩沢総長が小さく首肯しつつ口を開く。


 「『ホーネット』はいまだ大西洋だ。そしてこの艦がハワイに来ることは無い。お前が言った通り『ホーネット』は米国最後の空母だ。これを沈められてしまっては新生機動部隊の再建は極めて困難になる。今後しばらくの間は同艦は乗組員、それも整備員や兵器員、それに発着機部員といった希少種を養成するための練習空母のような存在としてあり続けるだろう」

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