オアフ島攻撃

第27話 目標選定

 昭和一七年一月

 海軍御用達の某料亭


 年末に生起したウェーク島沖海戦、そこで陣頭指揮にあたった山本第一機動艦隊司令長官をねぎらうという建前で堀海軍大臣と塩沢軍令部総長、それに吉田連合艦隊司令長官の海兵三二期同期の四人は防諜の行き届いた海軍御用達の某料亭で一堂に会していた。


 「ウェーク島沖海戦での指揮、まことにご苦労だったな。お前が太平洋艦隊を撃滅してくれたおかげで南方作戦の成功は約束されたようなものだ。軍令を司る長として改めて礼を言わせてもらう」


 深々と頭を下げる塩沢軍令部総長に、山本長官は微苦笑をたたえながら小さく首を振る。


 「一機艦がウェーク島沖海戦で勝利できたのもひとえに将兵たちの頑張りによるものだ。おれはただ突っ立っていただけのお飾りにしか過ぎんよ」


 ウェーク島に侵攻してきた太平洋艦隊は空母が六隻に戦艦が五隻、それに重巡が九隻に軽巡が四隻、さらに駆逐艦が四〇隻だったことが複数の捕虜の証言から分かっている。

 そして、当時の一機艦はこれらすべてを艦上機の攻撃のみによって殲滅したのだ。

 もちろん、勝利の陰には司令部の適切な指示もあるにはあったのだが、しかしその貢献はさほど大きなものでは無かったということは誰よりも山本長官が理解している。

 誰が指揮官であっても勝利できるほどに、当時の一機艦と太平洋艦隊の戦力は隔絶していたのだ。

 山本長官が自身をお飾りだと言ったのは半分は謙遜だが、残る半分は正直な気持ちだった。


 「それより本土へ帰ってきて驚いたのは政治の動きだ。堀と井上が軍政の長としてタッグを組んでいるのだからロクなことをせんとは思っていたが、まさかルーズベルトに直接嫌がらせを仕掛けているとは思わなかった」


 ウェーク島沖海戦で太平洋艦隊が壊滅してから少し後、日本は世界に向けて同海戦勝利の声明を出すと同時に米国政府ならびに同国マスコミに対して紙爆弾とも言うべき資料を送り届けていた。

 そこにはウェーク島沖海戦で撃沈された艦艇の一覧とともに、生き残った捕虜の名簿が添えられていた。

 捕虜の数は数千人にのぼっているが、しかし逆に言えばそれ以外の万単位の将兵が戦死あるいは行方不明になったということでもある。

 さらに、ハル・ノートを公開し、先に喧嘩を売ってきたのは米国のほうだという印象を米国民に植え付ける心理戦も同時に展開している。

 ルーズベルト大統領は米国が世界大戦に参加することはないと国民に公約しておきながら、しかし実際には裏で日本をけしかけ戦争に介入するきっかけを模索していた。

 そう思わせる日本の印象操作に対し、ルーズベルト大統領の政敵である野党共和党がこれ幸いとばかりに同大統領に対するネガティブキャンペーンのネタにする。

 そのことでルーズベルト大統領は政治的苦境に陥り、彼の支持率は低下の一途をたどっていた


 「海軍省にも謀略に長けた知恵者は少なからずいるさ。それに、米国に対して軍事面で最終的な勝利をおさめることが出来ない以上、政治や外交をはじめとした軍事以外の分野で切り崩していく以外に我々に戦争を終結させる手段は無い」


 日本が軍事面で米国には勝てないという堀大臣の言葉は今の時世を考えれば完全に問題発言だ。

 もし一般市民がこのようなことを言えば、即座に隣組という住民同士による相互監視機構が発動し、高確率で警察のお世話になることだろう。

 だが、彼ら四人にとって日本が軍事力で米国に勝てないというのは真理でありごく当たり前の常識だったからことさら問題になるようなこともなかった。


 「で、これからどうするのだ。太平洋艦隊という東の脅威はすでに無く、また南西の資源地帯攻略作戦も順調だ。そうなれば残るは北と南だが、北は大艦隊の侵攻には不向きだから無視してもいいだろう。そうなれば南だ。いっそブリスベンあたりを叩いて豪州に戦争から離脱するよう脅しをかけてみるのもひとつの手だと思うが」


 山本長官の欲を張った問いかけに苦笑する堀大臣の横、今度は吉田長官が口を開く。

 その彼にしては珍しくその表情に少しばかり露悪の色が浮かんでいる。


 「海軍省や軍令部とも相談した結果、ハワイを叩くことにした。現在、米政府とその国民は太平洋艦隊の壊滅に大きな衝撃を受けている。ここでハワイを火の海にしてしまえば、あるいは西海岸で日本軍に恐怖した住民らによるパニックを惹起せしめる可能性がある。

 もちろん、パニックになったところで米国が矛を収めるとは思えんが、それでもやってみる価値はあるだろう。それに、苦境に立つルーズベルト大統領をさらに追いつめる効果も間違いなく見込めるしな」


 補足だと言って、堀大臣が吉田長官の後を受ける。


 「貴様が言うブリスベン攻撃は悪くない案だ。ブリスベンには潜水艦基地があり、ここを放置しておけば我が国と南方資源地帯を結ぶ航路にとって重大な脅威となる。

 だが、豪本土を叩くのはドイツからの要請を受けてからだ。

 欧州をめぐる戦いでは豪将兵が猛威をふるい、ドイツ陸軍も彼らには非常に手を焼いていると聞く。当然、ドイツとしては豪州には戦争から退場してほしいと考えているはずだから、そのことで帝国海軍に対して豪本土を叩いてほしいという要請が来ることは間違いない。

 我々が動くのはそれからだ。ドイツからの要請で豪州を叩くという形にしておけば、ドイツから何らかの見返りを期待することが出来るし、それに豪国民の対日感情も少しはマシなものになるだろう」


 堀大臣の言に山本長官は呆れかえる。


 「軍事的合理性よりも損得勘定を優先するのか? まあ、ドイツからの工業製品や高度な技術は喉から手が出るほどに欲しいことも事実だが」

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