第25話 攻撃延期

 「三群からなる米機動部隊を攻撃した甲部隊と乙部隊、それに丙部隊が挙げた戦果ですが、空母六隻に巡洋艦が九隻、それと駆逐艦一三隻を撃沈しています。空母については艦橋とその後方に巨大な煙突を持つものが二隻、煙突と一体化した艦橋を持つものが三隻、それに小型の艦橋を持つものが一隻です。

 これらのうち、巨大な煙突を持つものは『レキシントン』と『サラトガ』、小型の艦橋のそれは『レンジャー』とみて間違いないでしょう。

 また、煙突と一体化した艦橋を持つものは『ヨークタウン』級ならびに『ワスプ』の四隻がありますが、このうち『ホーネット』は大西洋において活動中ですので撃沈したのは『エンタープライズ』と『ヨークタウン』、それに『ワスプ』の三隻と思われます。

 撃沈した九隻の巡洋艦については連装砲塔ならびに三連装砲塔を混載したものと三連装砲塔三基の二種類があり、砲塔配置からそのいずれもが重巡洋艦だということが確認されています。

 駆逐艦については確認が取れていませんが、俗に言う四本煙突のものは有りませんでしたので、こちらは比較的新型のものを撃沈したとみていいかと思われます。

 それと艦上機のほうですが、一式艦攻を護衛していた零戦が一〇〇機あまりのF4Fワイルドキャット戦闘機と交戦、そのうちの八七機を撃墜しています。さらに三〇〇機あまりの敵攻撃隊を迎撃した直掩隊のほうは一部の戦闘機ならびに急降下爆撃を除き、そのほとんどを殲滅しました」


 淡々とメモを読み上げる航空参謀だが、その声音に興奮の色が滲んでいるのは隠しようがない。

 太平洋艦隊との決戦の第一ラウンドにおいて、すでに日本海海戦に匹敵するかあるいはそれを上回る戦果を挙げたのだから無理もなかった。


 「次にこちらの損害ですが、攻撃隊のほうは零戦一一機に一式艦攻が四二機、直掩隊のほうは零戦二三機が未帰還となっております」


 敵艦を攻撃した一式艦攻も、また敵機の大群を迎え撃った直掩隊の零戦も少なくない損害を被ったものの、それでも未帰還が一割以内に収まったことは許容範囲と言っていい。

 それもこれも、搭乗員保護のための防弾装備を充実させていたからだ。

 これが旧来の九六艦戦や九七艦攻といった脆弱な機体であったならば、あるいは未帰還機は二倍から下手をすれば三倍に達していたかもしれない。


 「すぐに使える一式艦攻の数は分かるか」


 第一機動艦隊司令長官の山本大将の端的な問いかけに航空参謀がメモをめくる。


 「午前の攻撃に参加した機体のうち、即時使用可能な機体は甲部隊が四二機に乙部隊が四一機、それに丙部隊も同じく四一機です。これとは別に丙部隊には索敵や前路哨戒、それに接触維持の任務についている機体がありますが、こちらは任務中のものを除けば三〇機近くが同じく使用可能状態にあります」


 午前の攻撃に参加した一式艦攻は四三二機、それらのうちで今すぐ使える機体が一二四機になってしまったのだから、戦力は三割以下にまで激減したことになる。

 それだけ被弾した機体が多かったということだろうし、それはつまりは米艦艇は優れた対空能力を付与されているということだ。

 航空参謀が挙げた数字に首肯しつつ、山本長官は最も気になっていることを尋ねる。


 「乙一はどうなっている」


 「接触機からの報告では現海域にとどまっています。また、同部隊にあった一六隻の駆逐艦のうちそれぞれ四隻ずつを機動部隊に差し向けています。機動部隊の駆逐艦がすべて撃沈破されたことでこれに代わって溺者救助にあたっているものとみられます。

 なお、乙一ですが、五隻ある戦艦のうち三隻は『コロラド』級、残る二隻は三連装砲塔を四基装備していますので『テネシー』級か『ニューメキシコ』級、もしくは『ペンシルバニア』級のいずれかだと思われます。

 それと、四隻の巡洋艦は三連装砲塔を五基装備していますのでこちらは『ブルックリン』級軽巡とみて間違いないでしょう」


 航空参謀の報告によれば、今すぐに使える一式艦攻は攻撃任務にあたっていた一二四機に索敵任務あるいは前路哨戒任務から解放された約三〇機。

 一五〇機余の一式艦攻があれば五隻の米戦艦の撃沈はまず間違いのないところだろう。

 残る問題はいまだ無傷を保つ四隻の「ブルックリン」級軽巡と一六隻の駆逐艦をどう撃破するかだが、それについて確認しておくべきことがあった。


 「被弾損傷した一式艦攻のうちで比較的損害が軽微な機体を修理した場合、一晩でどれくらい増勢できる」


 山本長官の質問を予想していたのだろう、航空参謀はメモに目を落とすことなく質問に答える。


 「『大和』飛行長の話ですと、五乃至六機程度は増やせるとのことです。これを全体に当てはめれば控えめに見積もって六〇機程度は上積みが可能かと思われます」


 本日中に仕掛ければ一五〇機、明日になれば二〇〇機以上の一式艦攻で米残存艦隊に攻撃を仕掛けることが出来る。


 「本日中の攻撃はこれを行わない。

 上空直掩あるいは接触維持などの任務を負っていない搭乗員はすぐに休ませろ。

 疲労困憊の一五〇機と英気を養った二〇〇機とでは戦力が段違いだ。

 それと、先に装備を指示しておく。

 一式艦攻の兵装はすべて魚雷とする。第一目標は戦艦、次に巡洋艦だ。

 零戦のほうは特に何もなければ上空直掩に一個小隊を残したうえで残る機体は二五番を装備したうえで出撃させる。こちらは第一目標は駆逐艦で次に巡洋艦だ。零戦の搭乗員は緩降下爆撃の訓練を受けているから問題は無いはずだ。それに、二五番なら直撃せずとも至近弾であれば船殻の薄い駆逐艦ならそれなりにダメージを与えることも期待出来る。

 なお、攻撃法については航空隊指揮官に一任する。現場では何が起こるか分からんからな。もし、明日の第二次攻撃で敵を完全に撃滅出来なかった場合は第三次攻撃を行うこととするが、まあたぶん大丈夫だろう」

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