第13話 零式艦上戦闘機

 装甲空母「大和」の飛行甲板に艦上機が次々に滑り込んでくる。

 着艦速度は従来の複葉機やあるいは九六式戦闘機のものとは比べものにならないほどに速いものの、しかし接艦時の挙動は安定している。

 単発単葉単座のそれは、昨年制式採用された零式艦上戦闘機二一型だ。

 零戦は似たような時期に採用された、海軍で言うところの栄発動機を搭載する陸軍の一式戦に比べてその機首は一回り太い。

 一式戦に比べて機首が太いのは零戦が大直径発動機である金星発動機を搭載しているからだ。

 ただ、大直径とは言っても、そもそもとして一式戦の発動機径が小さすぎるのであって、ライバルとなるF4Fが搭載するR-1830と比べれば金星発動機のほうがむしろ小さい。

 一方で、馬力のほうは一式戦が九五〇馬力なのに対し、零戦のほうは一一〇〇馬力であり、さらに間もなく配備される金星最新バージョンは一三〇〇馬力を発揮する。

 こちらを搭載したタイプは二二型と呼称されることになるはずだった。


 当然のことではあるが、大排気量発動機である以上、金星は栄に比べて燃費はあまりよろしくはないし、前方視界のほうもまたその分だけ悪くなる。

 それにどうしても重たくなるから旋回性能も相応に劣ったものになってしまう。

 実際に旋回格闘戦を行えば零戦は一式戦の敵ではないし、それどころか一世代前の九六式戦闘機にすらも劣る。

 だが、絶対的な馬力の差によって速度性能は零戦のほうが勝っており、さらに大トルクによって加速、つまりは戦闘速度への移行の速さも零戦に軍配があがる。

 このことから、軽快な一式戦は横の戦いに強く、逆に零戦のほうは縦の戦いに強いとも言えた。


 防御力に関してはほぼ互角で、両機ともに搭乗員保護のための防弾鋼板や防漏タンク、それに自動消火装置を装備している。

 それら装備の性能については残念ながら欧米の水準には及ばない。

 それでもノーガードに近かった九六式戦闘機に比べれば長足の進歩だ。


 戦闘機としての性格が真逆の零戦と一式戦だが、その中で最も大きな差は武装だろう。

 一式戦が機首に一二・七ミリ機銃二丁あるいは一二・七ミリ機銃と七・七ミリ機銃それぞれ一丁なのに対し、零戦のほうは一一型こそ七・七ミリ機銃四丁だったが、二一型になってからは両翼に二〇ミリ機銃と一二・七ミリ機銃をそれぞれ一丁ずつ、合わせて四丁装備するようになった。

 そのうち、二〇ミリ機銃のほうは四発重爆にも甚大なダメージを与えることが可能な高初速の二号機銃を採用している。

 しかし、高威力の一方でドラム弾倉に装填されている二〇ミリ弾はわずかに一〇〇発であり、この程度の数ではあっという間に撃ち尽くしてしまう。

 その欠点を克服すべく、二〇ミリ機銃に関しては装弾数が多く確保できるベルト給弾式の開発を急いでいる。

 また、一二・七ミリ機銃のほうは米軍の四発重爆の開発情報とその脅威を共有した陸軍との共同開発によって完成、配備が始まったホ一〇三だ。

 ホ一〇三はぶっちゃけて言えば米軍のブローニング機銃の劣化版だが、それでも従来の七・七ミリ機銃とは段違いの威力を持っており単発の戦闘機はもちろん双発の爆撃機に対しても有効な武器になると評価されている。


 さらに、零戦は機銃とともに爆弾搭載量もまた九六式戦闘機から大きく向上している。

 零戦は新しく開発された落下増槽と併用出来る投下装置を採用、二五番一発乃至六番四発の搭載が可能となった。

 また、零戦搭乗員らはそのいずれもが緩降下爆撃の訓練を受けており、新型射爆照準装置の恩恵もあって、急降下爆撃にこそ及ばないもののそれでも水平爆撃よりは遥かに高い命中スコアを挙げるに至っている。


 零戦搭乗員らに緩降下爆撃の訓練を課しているのは艦船攻撃や陸上戦闘の支援、それに場合によっては対潜哨戒任務をこなしてもらうためだ。

 大規模基地や大型空母ならともかく、機体の数の少ない小規模基地などは一人二役も三役もこなしてもらわなければ回らない。

 それに、今後は発動機や爆撃照準器の性能向上に伴って戦闘機が持つ対艦攻撃能力もまた向上の一途をたどるはずだ。

 あるいは、近い将来は雷撃をもこなせる戦闘攻撃機といった機種が現れるかもしれない。

 いずれにせよ、航空主兵に転換した帝国海軍にとって戦闘機こそが戦力の要だ。

 だからこそ、零戦には多大な予算と人材が投入され、そのことで高性能の機体を手に入れることが出来た。

 そして、その投資は悪い意味で早期に回収出来る見込みだった。

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