第8話 マル二計画

 伏見宮元帥の意向が色濃く反映したマル一計画と同様、マル二計画もまた軍縮条約に抵触しない範囲で最大限に航空戦備を充実させるものだった。

 まず洋上航空戦で決定的な役割を果たす空母はマル一計画と同様に四隻建造する。

 ロンドン海軍軍縮会議で帝国海軍は対米英一〇割の一三五〇〇〇トンの空母保有枠を獲得した。

 そして建造すべき艦型を検討した結果、可能な限り数を揃えたうえでなおかつ艦上機の大型高速化の趨勢にも対応できる中型空母案が採用されている。

 艦名については当初、「蒼龍」や「翔鶴」といった空を飛ぶ瑞祥動物が有力候補とされていた。

 しかし、空母こそが主力艦である以上、旧国名もしくは山名が妥当ではないかという伏見宮元帥の意向を忖度し、大型空母は旧国名、中小型空母は山名となることが決まっている。


 補助艦艇については重雷装タイプの「白露」型駆逐艦が一四隻計画されていたが、このうち建造するのはすでに船体や機関の製造手配が済んでしまっている四隻だけにとどめ、残る一〇隻についてはまったくの新型艦とした。

 こちらも、もちろん伏見宮元帥の指示だ。

 後に「朝潮」型と呼ばれる一〇隻の駆逐艦は主砲を平射砲から高角砲に改め、機銃を「白露」型の二倍に増強、さらに対空射撃に対応した射撃管制装置も搭載することにしている。

 その代償として「朝潮」型は次発装填装置とそこに納められている予備魚雷を撤去、魚雷搭載本数は「白露」型の一六本から八本へと半減する。

 だが、なにより大きく変わったのは船体と機関だった。

 この時期、帝国海軍は軍縮條約からの脱退はすでに時間の問題だと認識していた。

 このことで「朝潮」型の船体は大型化、帝国海軍歴代駆逐艦の中で初めて二〇〇〇トンの大台に乗る。

 船体が大型化すれば兵装の充実はもとより航洋性や居住性の向上を図ることも容易となる。

 機関のほうは速度性能要求が三五ノットから三〇ノット以上と大幅に緩和されたためにボイラーは従来の三基から二基に減少、主機もまた出力に応じて小型化されている。

 機関容積が大幅に縮小された一方で燃料タンクは増大、「朝潮」型の航続性能は機関の効率化も相まって「白露」型や「初春」型に比べて大幅に向上した。


 条約制限外艦艇では当初、複数の給油艦と水上機母艦の建造がマル二計画において俎上に上っていた。

 これら特務艦については正規空母の補助戦力として、そのいずれもが小型空母への改造を前提としていた。

 しかし、一万トンの特務艦を改造したところで、その艦体サイズの限界から搭載出来る機体はさほど多くないし、飛行甲板は狭隘なものになる。

 自身の手で操縦桿を握る伏見宮元帥は離着陸がいかに難しくて危険を伴うものなのかを知悉している。

 仮に小型空母が建造されたとして、そこに配属出来る搭乗員は離発艦技量に優れたものに限られてしまうし、その彼らの技量をもってしても狭隘な飛行甲板ゆえの事故は避けられないだろう。

 艦上機もまた小型空母での運用を考慮するのであれば、離陸滑走距離や着艦速度は極めて厳しい要件が課されるはずだし、そのことで間違いなく飛行性能のほうは妥協を余儀なくされる。

 だからこそ、伏見宮元帥は誰よりも空母については大型であることにこだわっていた。

 彼の考えを一言で言えば、飛行機が空母に合わせるのではなく、空母が飛行機に合わせろということだ。


 相次いでマル二計画の修正を図った伏見宮元帥だったが、しかし彼はすでにマル三計画を見据えている。

 軍縮条約の軛から逃れることを前提としたマル三計画は、それまでのマル一計画やマル二計画に比べてその予算総額は遥かに大規模なものになるはずだった。



 <メモ>


 「天城」型空母(同型艦「葛城」「笠置」「阿蘇」、準同型艦「生駒」「筑波」「伊吹」「鞍馬」)

 ・基準排水量一六八〇〇トン(各国への通告値、実際は一八四〇〇トン)

 ・全長二三〇メートル、全幅二三メートル

 ・飛行甲板二二九・五メートル×二七メートル

 ・一二・七センチ連装高角砲六基、二五ミリ三連装機銃二〇基

 ・六缶四軸一一四〇〇〇馬力、三一ノット

 ・搭載機数 常用六〇機

 ロンドン海軍軍縮会議で米英と同等の空母保有枠を得たことからマル一計画で四隻、さらにマル二計画でも同じく四隻が計画された。

 これら八隻の空母は設計段階では一六八〇〇トンで収まるはずだったが、しかし出来上がってみれば一割近く重量オーバーしていた。

 このため、関係各国には排水量についてはこれを過小申告している。

 艦首が太いために馬力の割に速度性能は高くないが、その一方で飛行甲板の形状は長方形に近く、エンクローズドバウの採用も相まって飛行甲板長は全長とほとんど変わらない。

 マル二計画で建造された四隻はマル一計画の四隻に比べて艦橋が若干大型化されるなど細かい改良が施されているが、船体や機関に大きな変更は無い。

 第一陣の「天城」と「葛城」、それに「笠置」と「阿蘇」の就役に伴って従来空母の「赤城」と「加賀」は廃艦、「鳳翔」は工作艦への艦種変更工事に着手する。


 「朝潮」型駆逐艦(同型艦一〇隻)

 ・基準排水量二〇〇〇トン

 ・全長一二〇メートル、全幅一〇・五メートル

 ・一二・七センチ連装高角砲三基六門、二五ミリ連装機銃四基

 ・六一センチ四連装魚雷発射管二基(予備魚雷無し)

 ・二缶二軸三三〇〇〇馬力、三一ノット

 「吹雪」型や「初春」型、それに「白露」型といった従来の雷撃特化型駆逐艦と違い、対空能力を重視している。

 艦体に占める機関容積の比率が小さく、そのことで航続性能や居住性の高さは従来艦よりも大幅に向上している。

 また、主機と主缶をシフト配置とすることで被害時の抗堪性の向上を図っている。

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