第5話 ロンドン海軍軍縮会議
昭和五年に開催された海軍列強の艦艇保有制限を目的としたロンドン海軍軍縮会議において、米国ならびに英国の担当者らは日本側が提案した内容に困惑していた。
もともと、同会議は激化する巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇建造競争について、その制限枠を設けることで鎮静化させるのが主な目的だった。
その補助艦艇については喧々諤々の議論はあったものの、それでも大枠は決まりあとは各国に持ち帰ってそれぞれの国で承認を受けるだけだった。
米国と英国の担当者が頭をひねったのは日本側が突如として提案してきた主力艦の保有量についてだった。
日本の担当者が言うには戦艦の保有比率を対米英六割から四割に、つまりは保有する戦艦を九隻から六隻に減らすから、その代わりに空母にその分を上積みさせろということだった。
「日本本土近海で空母による遊撃戦を展開されたら木造家屋の多い日本の街はあっという間に灰燼に帰してしまう。戦艦では脚の速い空母を捕捉出来ず、またそれらが運用する艦上機からすべての街を守ることも日本の国力を考えれば現実的ではない。現状では空母に対抗するには空母しか手段がないが、そのためにはしかるべき量の空母が必要となる」
日本側がどこまで本当のことを言っているのかは分からない。
だがしかし、この話に興味を持った米国と英国の担当者は仮定の話としつつも空母枠増大の代償としてどの戦艦を廃艦とするのかを日本の担当者に問うた。
そうしたところ、日本の担当者は「扶桑」型ならびに「伊勢」型だと回答した。
日本の提案した戦艦は、そのいずれもが三六センチ砲を一二門装備する有力艦であり、もし仮に日本と戦うようなことになれば「長門」型に次ぐ脅威となる。
これが軍縮会議で、つまりは口先ひとつで撃沈と等しい成果を挙げることが出来るとなれば検討してみる価値はある。
そこで、米国と英国の担当者が協議し、日本が練習戦艦の枠を使わないことを約束するのであれば、提案のあった戦艦を廃艦にする代償として空母の保有比率を対米英六割から日本側の要求通りの一〇割に引き上げてもいいという条件をつくり上げる。
つまりは、戦艦枠を一〇五〇〇〇トン減らす代わりにその代償として空母枠を五四〇〇〇トン上乗せしましょうということだ。
さすがにこの内容では了承しないだろうと思っていた米国と英国の担当者だったが、意外にも日本側はいくつかの条件をクリアしてもらえればそれで構わないと妥協する態度を示す。
そのうちの一つは「赤城」と「加賀」の廃艦だった。
貧乏に加え造修施設の貧弱な日本にとって、この二隻の空母はそのサイズが大き過ぎることによって持て余してしまうのだという。
さらにもう一つは「鳳翔」の工作艦への改造だった。
ワシントン海軍軍縮条約では一〇〇〇〇トン以下の艦艇は制限外であり、それを今になって「鳳翔」も枠内ですよと言われるのは、ある意味において法律の遡及適用とも言うべきものである、というのがその言い分だ。
これら日本側の要求に対し、米国と英国の担当者はあっさりとOKを出す。
「レキシントン」級に比べて明らかに性能が劣る「赤城」や「加賀」は保有していようが廃艦にしようがどうということはないし、まして「鳳翔」ごとき雑艦を問題にして議論をこじらせ、その結果「扶桑」型戦艦や「伊勢」型戦艦の廃艦がふいになってしまえばそちらのほうが米国や英国にとっては痛い。
それに、日本の空母の保有枠が五四〇〇〇トン増えたところで痛くも痒くもない。
そもそもとして、五四〇〇〇トンというのはせいぜい大型空母二隻かあるいは中型空母三隻分程度の排水量でしかないのだし、仮に日本が米英と同じ排水量の空母を保有したところで肝心の中身である艦上機の性能は米英のほうが圧倒的に勝るのだ。
その攻撃力の大半を艦上機に依存する空母にとって、このことは無視できないファクターであり、米英にとっては決定的ともいえるアドバンテージだ。
それと、ロンドン海軍軍縮会議で戦艦を五隻減らされる英国、あるいは三隻減らされる米国に比べ、日本のほうは一隻を練習戦艦にすることで逆に一隻たりとも減らさずに済むはずだった。
それが、自ら進んで「扶桑」型戦艦ならびに「伊勢」型戦艦を全廃にしてくれると言うのだ。
この会議において、日本の補助艦艇を米英の七割に以下に抑え込んだのは確かに誇るべき成果だが、それ以上に練習戦艦枠を含む四戦艦の廃艦の言質を取ったことは大きい。
「外交上の大勝利だな」
米国と英国の担当者らは自身が挙げた成果に満足する。
だが、それは大きな勘違いだった。
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