第4話 路線変更

 三機編隊が四つ、それらが戦艦「陸奥」の左方向から急迫してくる。

 空母「鳳翔」から発進した一二機の一三式艦上攻撃機だ。

 それら機体はそのいずれもが腹の下に演習用魚雷を装備していた。

 一方、狙われた側の「陸奥」の枝原艦長は迫りくる一三式艦上攻撃機に対して被雷面積を最小限にすべく艦を正対させるよう努める。

 しかし、一三式艦上攻撃機の搭乗員たちはそのいずれもが熟練で、「陸奥」の動きを完全に読み切っていた。

 一二機の一三式艦上攻撃機は必要最小限の機動で理想の射点に遷移、そのまま魚雷を投下する。

 重量物の魚雷を切り離して身軽になった機体は、鈍重な「陸奥」を嘲笑うかのように艦首や艦尾ぎりぎりをすり抜けていく。

 枝原艦長の必死の操艦もむなしく「陸奥」は左舷に五本の命中判定を受け、撃沈と認定された。


 この様子を見ていた伏見宮大将は胸中で嘆息する。

 予想はしていたが、やはり戦艦は航空機の敵ではなかった。

 そして、こうも思う。

 大艦巨砲を信奉する自分は今日、死んだのだと。

 海軍の主力は戦艦であり、砲術こそが王道であるという時代がこの瞬間、確かに終わりを告げたのだ。

 だがしかし、そう考える伏見宮大将とは裏腹に海軍の主流を占める鉄砲屋の多くは今回の演習結果に納得出来ずにいた。


 「『陸奥』は回避運動を行うのみでした。もし、仮に『陸奥』が反撃の砲火を放っていれば一〇機あまりの一三式艦上攻撃機ごとき容易に殲滅していたことでしょう」


 そうのたまう鉄砲屋の重鎮に、だがしかし伏見宮大将は厳しい現実を突きつける。


 「いかにして一三式艦上攻撃機を撃墜するというのだ。私が知るところでは、確か『陸奥』には高角砲が四門しか装備されていなかったはずだ。だとすれば、片舷に指向出来るのは二門だけだろう。それでどうやって一〇機を超える飛行機を投雷前に墜とす?

 それとも、我が帝国海軍の射撃指揮装置は小さいうえに三次元を高速で動き回る敵機を次々に撃ち墜とせるほどに優秀だとでも言うつもりか?

 それと、『赤城』や『加賀』が持つ戦力は『鳳翔』とは比べものにならんぞ。仮にそれら二隻から一〇〇機近い一三式艦上攻撃機が雷撃を仕掛けてくるとして、戦艦側はどうやって対処するつもりだ? 具体的な対抗策はあるのか?」


 事実や現実を思い込みや信念でねじ伏せることは出来ない。

 黙り込む重鎮に伏見宮大将は追撃をかける。


 「そもそもとして、そんな優秀な射撃指揮装置を造る技術があれば、それこそ海面上の二次元戦闘にしか過ぎない戦艦相手であれば百発百中だろうが」


 「戦艦同士の砲撃戦とは距離が違います。敵機との戦いは一〇〇〇メートルあるいは二〇〇〇メートルといったところでしょう。ですが、戦艦同士の戦いであれば一〇〇〇〇メートルから二〇〇〇〇メートルは離れています。同列には語れません」


 ようやくのことで反論した重鎮に、だがしかし伏見宮大将は容赦しない。


 「確かに距離は戦艦同士の砲撃戦のほうが一〇倍は離れていよう。だが、飛行機は的の大きさとしては戦艦の二〇分の一だ。一方でスピードは五倍にも及ぶ。

 なにより、海面上を這うだけの戦艦とは違い三次元機動が出来る。難易度でいえば、あきらかに飛行機に命中させるほうが困難だろう」


 再び黙り込んでしまった重鎮に、しかし伏見宮大将は声音を和らげて諭すように話す。


 「心配せんでも鉄砲屋の仕事は無くならんよ。だが、これまでののどかな水上艦艇相手の射撃術を研究するような甘えは許されん。これからは、海面上の二次元ではなく空中という三次元を機動する速くて小さな敵への射法を開発し研鑽しなければならん。中には能力不足からついてこられなくなる者も出てくるだろうが、それでも対空射撃術の向上は喫緊の課題だ。

 それに、いつになるかは分からんが、いずれ米国や英国も飛行機の持つ力に気づくはずだ。それまでに我々は航空戦力を充実させ、さらに経空脅威への備えを万全にせねばならん。これを怠った海軍に未来は無い」


 この演習結果をもって伏見宮大将は大艦巨砲主義から航空主兵主義へと完全に鞍替えする。

 海軍最高権力者の彼がそう決意した以上、多くの者が同調するはずだった。

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