第27話:懐かしきアメとムチ2

場所を変え、この街のシンボルの時計塔の手前にある広場にて。

「この人がモッタレラの手紙に書いてあった私の教育係、カヌレよ」

「……カヌレ・ド・ボルドーと申します」

キッチリと四十五度のお辞儀をするカヌレ。

「おお、この人が例の……どうも」

ビターが挨拶するとカヌレはキッとビターを睨む。

「メルト様、これはいったいどういうことなのですか」

「どういうことって?」

「旅に出るのならせめて護身用の兵をつけるべきでしょう! それをこんな柄の悪い輩と見窄らしいロバに任せるなんて……」

「アァ?」

聞き捨てならぬ。

「なんてこと言うの!」

怒りを含んだ声でメルトが叫ぶ。

そうだメルト。言ってやれ!

「フィナンシェのことは悪く言わないで!」

「俺はいいのかよ!!」

「えへっ」

「誤魔化すなよ!」

「おのれ……メルト様と仲睦まじげに話しおって……!」


カヌレの怨念のような呪いめいた視線がビターに突き刺さる。


「このような粗暴な男は信用できない。メルト様、今すぐ城へ帰りましょう」

「イヤ」

「メルト様!!」

「だって、私にはやりたいことがあるんだもん」

「やりたいことですって?」

「そう。私、最高のスイーツを自分で見つけたいの! いろんな世界を旅してたくさんのスイーツに出会いたい」

メルトがビターとフィナンシェを交互に見る。

「一緒に同行してくれる仲間にも出会えたしね。今の時間が私にとって一番楽しい時間なの」

「メルト……」

「メルト様……」

メルトの言葉に心を打たれるビター。フィナンシェは感極まって涙を目に浮かべている。


「スイーツ……城にいる時も同じことを言っていましたね。メルト様は甘いものが昔からお好きだった」

しかし、カヌレには響かなかったらしい。

冷たい視線をメルトに向け、カヌレは言う。

「最高だの一番だのくだらない。貴方は王国の姫なのです。与えられたものをこなしていればいい。菓子などどれも変わらないでしょう」

「!!」

「……てめぇ」

メルトだって王国の姫である前に一人の女の子だ。夢や目標だってある。

それをそんな一言で片付けるなんてあんまりだ。

それにスイーツのことまで悪く言いやがって。

澄ました表情で佇む彼にビターが突っかかろうとするよりも、メルトのビンタの方が早かった。

乾いた音が響く。

カヌレは驚いた顔で叩かれた左頬を押さえる。

「カヌレはいつもそう。やりたくないことばっかり私にさせて、私の気持ちなんて何にもわかってない……」

「メルト様……」

「カヌレなんて大っ嫌い!」

「ガーーンッッ!!」

メルトは広場から出ていってしまった。

「メルト様は自分が追いかけます」

そう言ってフィナンシェはメルトを追いかけ広場を出ていく。


取り残されたビターとカヌレの男二人。

カヌレはショックを受けているらしくピクリとも動かない。

「キライ、キライ……」

メルトに言われた言葉をうわごとのように呟いている。

ショックのあまり固まったまま白目をむいているし、このままだと塵になって舞っていってしまいそうだ。


……はあ、仕方ねぇ。


「おい、大丈夫か」

ビターがカヌレに話しかけると、止まっていた時間が動き出したようにカヌレは膝から崩れ落ちた。


「うわぁぁ~ん! わたくしだって好きで勉強させているわけではないのに! メルト様に立派な姫君になってほしくて、心を鬼にして私は……私はッ!!」

「お、おう」

「私だってメルト様と一緒に遊びたいもーん!」


泣き崩れる大男の姿にビターは困惑を越えて引く。

「あ、アンタキャラ変わってねぇか?」

「幼い頃はあんなに『カヌレ大好き』とおっしゃってくれたのに」

「聞いちゃいねぇ……」

国王といい、デコレート王国の人って話を聞かない性質なのだろうか。

シワひとつない白いハンカチで盛大に鼻をかむ。目が真っ赤に充血している。マジ泣きだ。

気の毒に思えてきたのでビターは彼の話を聞いてやることにした。

野郎二人でベンチに座り、カヌレの話をする。

「まぁ、アンタがメルトのことをめちゃくちゃ好きなのはわかった」

「……私はメルト様が幼い頃からお側にいるのだ。貴様とは案ずる気持ちの重みが違う」

「さいですか」

「なのに貴様ときたらメルト様に無礼な態度ばかり……」

ぶつぶつ小言を言うカヌレ。従者としての怒りというより、個人的な怨みが感じられる。

「しかし何故だろう。メルト様は城にいた時よりも表情が豊かだ。生き生きとしている」

「それは今好きなように生きてるからじゃね?」

「そうか……」

きっと思うことがあったのだろう。カヌレはしばらく黙っていた。


「なあ、輩」

「輩って呼ぶなや」

「……やはりメルト様は私を嫌って城を出ていったのだろうか」

「いや、アイツはスイーツが食いたかっただけだと思う。あいつは嫌いよりも好きを優先する奴だから」

「やっぱり私のことは嫌いなんだ!」

「なんでそんなことになるんだよ! 面倒くせェ奴だな!」

「嫌いなんだ~!」

「嫌いじゃねェって! 好きだよ!」

「嘘だ嘘だウソだ!」

「好きだよッ!」


「……なにやってんのアンタたち」


ベンチの前にはメルトがドン引きして立っていた。フィナンシェもいる。

「メ、メルト様!」

カヌレは高速で目元と鼻を拭い、キリッとした表情を保つ。

メルトには格好悪い姿を見せたくないんだろう。

「城に帰る決意は出来ましたか?」

「そのことなんだけど、ついてきて」


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