第26話:懐かしきアメとムチ
フルーツアイランドを出て港へ着いたビターたちは、次なる目的地を探すため、港の
「それならここから北に少し戻って東へ突き進んだ所に『ミルフィーユ』っていう街があるよ」
「お洒落な街だから、観光するのが楽しいかもね!」兄ちゃんは白い歯をニッと輝かせ爽やかに教えてくれた。
言われた通りビターたちは東へ突き進むと、やがてカラフルな屋根がたくさん覗いてきた。
屋根より一際高いあの建物は時計塔だろうか?
細長い長身には時刻を示す時計盤が埋め込まれている。
先へ進むと、
『~ようこそ! ミルフィーユタウンへ~』
と看板が出ていた。
「着いたー!」
看板を潜り、メルトが一番に街の入り口への一歩を踏み出す。
「広ーい、綺麗ー、お洒落ー!」
「へぇ、デコレート王国と似てるな」
街は大きく、王都でこそないが、住宅やお店の屋根も花壇の花も色とりどりで眩しい。通りには馬車も通っていて、道行く人々の服装も洗練されていて品を感じる。
きらびやかで華やか。ミルフィーユタウンを表すならこの言葉がぴったりだ。
「さっそくスイーツをご馳走になりましょう!」
張り切るメルトを先頭にビターたちは街のカフェへ入った。
カフェはクラシカルな落ち着いた雰囲気で木製の家具が品の良さを感じる。
出てきたスイーツも小洒落ていた。
「お待たせしました。この街の代表スイーツ“ミルフィーユ”です」
「わぁ、可愛い」
何層にも重ねられたカラメル色の生地に生クリームとイチゴが行儀よくちょこんと乗っかっている。
「う~んっ。美味しいぃ」
頬を押さえ悶えるメルト。ビターとフィナンシェも頷く。
「やはりプロの作るスイーツは違うな。味や香りが違う」
「あんたは味の前に見た目でしょ。ビターの作るお菓子はどれも地味なのよ」
「あぁ?」
「やっぱスイーツは見た目の華やかさなのよ。心踊るデザインじゃなきゃダメダメ」
「うっせー。だったらお前が作ってみろよ」
「じゃあ作ってみようかしら。ここなら素敵な材料がたくさんあるし」
メルトがふふん、と鼻を高くして言う。
メルトをやる気にさせるなんて、さすが小洒落た街・ミルフィーユ。
ビターがコーヒーを啜っていると、
「ポッポーっ!」
白い塊が窓から飛んできた。そしてそのままビターの頭に直撃する。
「ぐふぅ」
顔面に熱々のコーヒーを浴びるビター。
目の前を見ると白い鳩が飛んでいた。
「クルッポー」
「“サブレ”じゃない!」
メルトが鳩を腕にとまらせる。
「サブレ?」
「この子の名前よ。伝書鳩なの。連絡を取るために飛ばしているの。ほら、手紙を持ってる」
サブレの脚に巻き付かれた紙の筒を広げる。
差出人はモッタレラだった。
『メルト様お元気ですか~? メルト様のいないデコレート王国は静かでちょっと寂しいです~。私は王国パティシエとして日々奮闘中です。メルト様は体調崩されていませんか? メルト様が元気でいられることがモッタレラの望みです。ビターさんとも仲良く、スイーツの旅を楽しんでください~』
「モッタレラ……」
手紙を読み、しみじみとするメルト。
「心配してくれてありがたい限りだな」
モッタレラも忙しそうだが元気みたいで安心した。
「……ん? まだ何か書いてあります」
フィナンシェが手紙の下の方を前足で示す。
『P.S. メルト様を心配してカヌレさんがそちらに向かっています。仲良くしてくださいね~』
「カヌレが!?」
椅子を蹴倒し立ち上がるメルト。
「カヌレって誰だ?」
「私が幼い時から教育係をしている男よ。私あの人苦手なのよねぇ……」
「なんで苦手なんですか?」
「だって小うるさいんだもん! ビターが来る直前のあの時だって……」
メルトは当時の会話を思いだす。
『メルト様。お勉強の時間です』
『今からやろうと思ったの~!』
『そのわりには机には何も用意されていませんが?』
『もーやる気なくなった! スイーツを食べなきゃやる気が出なくなった』
『……何の菓子をご所望で?』
『ここからずーっっと先にある山を二つ越えたファナヴァタケ牧場の生キャラメル』
『かしこまりました。行ってきます』
「……って彼が行って帰って来る前に旅に出ちゃったのよねぇ」
「それは完全にお前が悪いだろ」
「お気の毒に」
あまりに非道なメルトの回想に、カヌレという男に同情するビターとフィナンシェ。
紅茶を一口含み「でも」と付け足すメルト。
「昔はよく遊んでくれたのよ。でも、私が成長するにつれて勉強勉強って言うようになって……」
「それは、お前……」
ビターが言葉を告げる前にメルトは空になった皿に手をあわせ席を立つ。
「そんなことよりスイーツ作りよ! さっそく材料を揃えにいかなきゃ!」
お菓子作りの材料を買いに街の中にあるスイーツ専門店『シュガー&シュガー』へやって来た。
店内はお菓子作りの材料や調理器具だけでなく、完成品されたスイーツも販売されている。更に奥にはお菓子教室のための調理用スペースまで用意されていて、希望があれば無料で使用していいらしい。
まさにお菓子作りに至れり尽くせりの空間だった。
「すげぇ」
スイーツに情熱を掲げているビターにとってもたまらない空間である。
「ただ、俺には居づらい空間なんだよなぁ」
周りの壁はパステルピンク、レースとフリルのカーテンに脚の部分が猫足になっている棚やテーブル。
なんか、とてもファンシーな空間だった。
店内も女性客やメルトくらいの少女がほとんどで、ビターのような男性客はいなかった。
「あれもいいな……あ、これもいいっ」
肩身の狭い思いをしているビターなんておかまいなしに材料を物色するメルト。彼女がお会計をするまでまだ時間がかかりそうだ。
「フィナンシェは外で待ってるって言うしよォ」
自分への被害を考えたのかフィナンシェは「自分はここで待ってます」と入店を拒否した。くそ、こんなことなら自分も一緒に待っていればよかった。
「……ん?」
ふと窓の外から視線を感じた。
窓の方を見ると誰もいない。
「気のせいか」
ビターは窓から視線を外し、調理器具の棚を見る。
「……」
やはり視線を感じる。
今度は物凄い早いスピードで首を捻って窓を見る。すると、一瞬、窓の外に人影が隠れるのが見えた。
「誰かいる……」
ビターは確かめようと出入り口へ向かった。
「あの、何かこのお店にご用ですか?」
店内の様子を窓から見る人物にフィナンシェは不信感を覚え声をかけた。
不審人物は燕尾服を着た長身の男。先程から忙しなく女性客ばかりの店内を覗いている。あまりにも怪しい。男は驚いた表情でフィナンシェを見る。
「ロバが喋った……!!」
「あぁ、気にしないでください。こういう生き物なんで」
「そ、そうですか。ところでお聞きしたいが貴方はあの赤い髪のお方と一緒に来ましたよね。あのお方とお知り合いでしょうか」
「ああ、メルト様のことですか?
自分は旅の同行者です 」
「やっと見つけた……っ!!」
「あ、ちょっと」
燕尾服の男はそう呟くと、煙巻く勢いでお店の入り口まで走っていった。
そして勢いよくドアを開け叫んだ。
「メルト様ーーーーッッ!!!!」
「は」
ビターがドアを開けると大男が勢いよく飛びついてきた。
「メルト様っ! 探しましたよ!!」
力強く抱き締める男。青褪めるビター。何故か黄色い悲鳴をあげる女性客たち。
「……なにやってんの、アンタたち……」
会計を終えたのか、ドン引きで俺たち二人を見つめるメルトが袋を抱え立っていた。
メルトはビターに抱きつく男を見る。
すると「ゲッ」と声を漏らし、手前に立つビターの背中を押して、野郎二人を店の外へ出す。
そして、そっと店のドアを閉めた。
「おい!」
「……なんて冗談よ。久しぶりね、カヌレ」
「メルト様……!」
ビターを引き剥がし、カヌレと呼ばれた男はメルトに詰め寄る。
「探しましたよ!! 城を飛びだし旅に出るなんて、いったいどういうおつもりですか!!」
「わ、悪かったわよ。急にいなくなったりして……」
物凄い剣幕で怒るカヌレの勢いに圧され、メルトは二、三歩下がりながら謝る。
メルトがカヌレと呼んでいることから察して、どうやらこの男が手紙に書かれていた人物らしい。
「とりあえず場所を変えた方がいいんじゃねぇか? ここだと他の客の迷惑だ」
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