第14話:新たな仲間を添えて4
休息コーナーの喫茶店は図書館の中庭にあった。
中庭には館内のガラスのドアから入れるようになっている。
中庭には天井がなく、吹き抜けで青空が直に仰げる。図書館の真ん中だけ上からくり貫いたような形で中庭には芝生が生い茂っている。
ガラスで囲っているため館内からもこちらからもガラス越しから様子が伺える仕様になっており、かえってそれが心地良い雰囲気になって落ち着く。それぞれが自分の作業に没頭しているためだろうか。
「パルフェール図書館名物のトロピカルサンデーですって! 元気を出すにはこれを食べるしかないわねっ」
「もう元気じゃねーか」
あ、とここでビターはあることを思いだす。
「あのロバも連れて来てやるべきだったな」
「もう頼んじゃったわよ?」
「はや。ぼっちで待つのも居たたまれん。俺連れてくるわ」
「別にいいのに……ユニコーンじゃないし」
「お前はまだ根にもってるのか」
だからってペットに対する愛情を無くすのは非道だぞ。
ロバとはいえメルトのペットなんだから飼い主としてそれなりの愛情は持って接してほしい。
「お待たせしました~」
トロピカルサンデーがテーブルに届いた。
「いただきまーす!」
メルトがサンデーに乗っているフルーツを食べようとした時、
「あむん」
隣からフルーツを頬張られた。
「あ! あんたはっ」
そこには口をモゴモゴとさせた偽ユニコーンがいた。つまりロバ。
「おお、お前よくここまで来れたな」
「あむん(ドヤァ)」
ドヤ顔でフルーツを嚥下するロバ。
ビターはよしよしと毛並みの良い頭を撫でる。
ご満悦のロバはメルトの方をジトー……と見つめる。
「わ、悪かったわよ。ほら、あーん」
ぱくり、とサンデーを頬張る。
眠そうな目はサンデーの旨さに開眼していた。
幸せそうなロバを見てメルトは目元を緩ませる。
「ふうん、ちょっと可愛いじゃない」
「お。少しは愛着持てそうか」
「姫たるもの如何なるペットも可愛がらなきゃね。さて! 私もいただきまーす……」
とサンデーを頬張ろうとした瞬間、
「キャアーッ!!
「厨房が占拠されたわ!!」
喫茶店の厨房の方から悲鳴が聞こえる。
「何!?」
「
突然の襲来にお客さんたちは大パニック。
メルトとビターは中庭で逃げ惑う人々を掻き分け
厨房には複数の
その体は丸く円のように輪になっている。
真ん中は空洞になっており向こうの景色が見える。
体はベトベトとしており油の匂いがした。
「おい、あれって」
「あれにしか見えないわね」
二人して某揚げ菓子を想像した。
何故遭遇する
「攻撃しにくいんだよォ! 形状的に!!」
ドゴォッ!
揚げ菓子モンスターの土手っ腹に一撃を喰わせる。
しかし、奴には元から真ん中に体などない。
ビターの腕は空洞を貫いていた。
「ドオォナッ!!」
「ぐはっ」
丸い体に思い切り体当たりされビターは吹き飛ばされた。
他の揚げ菓子モンスターたちもビターを狙って攻撃してくる。
「ビター! どうしようっ」
相棒のピンチにメルトは震えて混乱するばかり。
今まで簡単に倒してきたこともあり、ビターが一撃を喰らうことに衝撃を受けてしまう。
「きゃあ!」
後ろを振り返ると別の揚げ菓子モンスターが逃げ遅れたウェイトレスを襲おうとしていた。
「危ない! 助けなきゃっ」
メルトは咄嗟の反応で襲われそうになるウェイトレスを庇うように覆い被さる。
「ドオォォナッ!」
次の瞬間衝撃が身体に走る。
そう思っていたのに、それはいつまでも来なかった。
恐る恐る目を開くと、そこには信じられない光景があった。
「あむん」
ロバが
「ええーっ!?」
「あむあむ……ごっくん」
ロバは揚げ菓子モンスターを丸々一体呑み込んでしまうと、襲われているビターの方へ走っていく。
それから次々とロバは揚げ菓子モンスターを吸い込むように食い千切っては食べ、遂には完食してしまった。
「げっふ」
「お、お前そんなもん食って腹壊さねぇか!?」
助けられたビターはげっぷをするロバの腹をさするがロバは満足そうに目を細めていた。いつものやる気のない眠そうな目つきだ。
そんなロバにメルトは勢いよく抱きついた。
「あんたスゴいじゃない!」
わしわし~! と頭を撫でくり回す。
「格好良かったわよ~!」
続いて頬擦りをする。
心なしかロバが照れた表情をする。動物の照れた表情など知らんが、あれはきっと照れ臭い顔だ。
「いや~照れますよぅ」
ほら、本人も照れてるって言ってるし。
本人も、照れてるって……
「……ん?」
「ろ、ロバが……」
メルトもあんぐり口を開け指を差している。
じゃあ、今隣からした聞き覚えのないダンディーな声は……
「いやぁ、自分抱きつかれたりすると照れちゃいますよ」
「「ロバが喋ったーッ!?」」
「ビビビビ、ビター。ロバって喋るっけ?」
「いや、俺の知る限り人語を喋る動物は存在しない、筈……」
「や、やっぱりユニコーンだったりするのかしら?」
「お前はまだ諦めてなかったんかい」
二人でプチパニックを起こしていると隣のロバが会話に割り込んできた。
「いや、自分は只の畜生ですよ。
「どうやら沢山食べたせいで知能が上がって喋れるようになったみたいです」とロバは言った。
本人は納得しているようだ。
「いいのか、そんなもんで」
「考えても分からないことってあるし……」
「ああ、そう……」
ビターたちは無理やり納得した。せざるを得なかった。
***
「ありがとうございます! お蔭で助かりました~」
ウェイトレスが
パイナップルやらメロンやら、なかには訳の分からない形状(とにかく豪華)なフルーツが盛られたものまである。
「ほら、早く食べましょうよ」
二人を差し置いてロバはテーブルに着き再びトロピカルサンデーを食べようとしていた。
「ちょっとあんた先に食べてたでしょうがーっ」
「早い者勝ちですよ。メルト様」
ロバとメルトの小競り合いを見ながら「やれやれ」とビターも桃の乗ったサンデーを口元に運んだ。
「おーいしいっ!」
メルトがトロピカルサンデーのフルーツと生クリームを同時にすくい口いっぱいに頬張る。途端に舞い込む美味しさに思わずメルトは身悶えた。
「生クリームはもたれずにさっぱりしてるし何よりフルーツ! パイナップルが瑞瑞しくって噛んだ瞬間甘い果汁が溢れるし、葡萄なんて宝石みたい!」
「うん、確かにうまい」
ビターも続けて食べるが感想は同じだ。フルーツがとにかく美味しい。デコレート王国にいた時も何回か市場から盗んで食べたがこんなに感動しなかった。環境的要因もあるかもしれないが、これはそういう類いではなく、単にフルーツとしてのレベルが違う気がする。
「お褒め頂き光栄です~。当店のトロピカルサンデーは『常夏の楽園・フルーツアイランド』から取り寄せているものなんですよ」
「フルーツアイランド!? そんな場所があるの?」
メルトが瞳を輝かせながら質問する。
ビターは先程得た知識の中にフルーツアイランドがここから近いことを思いだす。
「確か、ここからすぐ南にあるんですよね」
店員さんはにっこり笑う。
「そうですよ~。でもちょっと大変かもです」
「大変?」
「距離的にはすぐ近くなんですが、海を渡らなきゃいけないんです。なんせフルーツ
「海を越えた先……船を使わなきゃいけないってことか」
「お金……ある?」
「ロバ買っちまったからなぁ」
「すいやせん」
「いや、お前が謝らなくていいから」
「そうそ、あんたが……」
そこで三人は目を配らせる。
我々は重大なことを忘れていた。
「名前、決めてなかったな」
「本当だ! あんた何て名前よ」
メルトが聞くとロバは困ったような顔をする。
「はて、自分生まれた時にはひとりぼっちだったゆえ」
「おお……そうか」
「ハードな人生歩んでるのね……」
重い話に全員押し黙ってしまう。
「えーい!」とメルトは重い雰囲気を消し飛ばすように首を左右に振り乱す。
「じゃあ私があんたの名付け親になったげる! あんたの名前は……」
「ドキドキ」
ロバが期待と不安が入り交じった気持ちでメルトを見つめる。
ドゥルルル、とドラムロールが聴こえてきそうな展開にビターも生唾を飲む。
「じじゃーん、『フィナンシェ』よ!」
「おおっ」
「フィ、ナンシェ、だと……?」
それぞれが異なる反応を見せる。
「フィナンシェって高級菓子の名前じゃねぇか。ロバにその名前って皮肉じゃないか?」
「心は錦っていうでしょ。それに、本当はユニコーンかもしれないし」
「ユニコーンに執念持ちすぎだろお前……」
ビターとメルトが言い合いをしてるなか、フィナンシェと名付けられたロバは嬉しそうに原っぱを駆け回った。
「フィナンシェ! 素敵な名前です。自分にぴったりです」
嬉しさのあまり遠吠えするフィナンシェ。お前、なんの動物だよ。
「そうだ!」
メルトはトロピカルサンデーに刺さっていたアイスクリームのコーンをフィナンシェの頭に付けた。
「はい、プレゼント。ユニコーンの角よ」
「お、この角、前の角よりしっくりきます」
額からコーンを生やしたフィナンシェ。
ビターは「それでいいのか?」と言おうとしたが、フィナンシェもメルトも嬉しそうにしているのを見て、このツッコミは多分野暮であろうと思い、心の内に潜めた。
新しい仲間、フィナンシェを加え、ビターとメルトの旅はまだまだ続きそうだ。
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