旧:メトロカオス

マガンルイ

ACT-00:メトロ

プロローグ

00 星と宙の序文

 深い黒に染まった空に輝く、舞い散る花弁のような星々。

 冷たい風に撫でられざわめく草木の囁きだけが聞こえてくるこの場所で、その星々の光に照らされた二人の人影は何処までも続く空を眺めていた。


「姉さん」

「どうした?押華オシバナ


 少年のような、少女のような、あどけない眼差しをした子供が、隣で寝そべるそれなりに歳が離れているであろう姉の、着古されたコートの裾を手で引いた。

 姉は子供の方に顔までは向けなかったが、木々の騒めきにかき消されそうな程か細い子供の声を、決して聞き逃さず返事を返した。


「宇宙の果てには、何があるのかな……」

「宇宙の果て、ねぇ。私でも、そんな所までは行った事ないな」


 冗談めかしく笑った姉の横顔を見て、無表情だった子供もまた、少し表情を緩めた。


「……でも、そうだな」


 今までの旅路を物語るかのように、使い古されて変色した皮の手袋をはめた手を、姉はゆっくりと空へと向ける。

 散りばめられた星々を掴むように握り締めたその拳は、弟の手のひらよりもずっと大きく、力強く、静かな意志を感じさせる音を立てた。


「いつかは行ってみるさ、絶対に。あの月の、星の、何処までも向こう側に、何があるかをこの目で確かめる為にね」

「……楽しみにしてるよ。姉さんが見た、宇宙の果てにある世界がどんな場所だったのかって話を聞くのを」

「いや、違うよ」


 姉は空を掴んでいた手を広げると、おもむろに立ち上がり、子供の小さな手を握り締め、勢い良く引いた。

 突然の事で息を飲む子供と姉を、風と木々の騒めきと散った花弁が包み込む。


「君が確かめるんだ、押華……その両目で。その両手で、両足で、肌で……その時にしか知り得ない感情が、思い出が、その全てが、宇宙の果てにある世界の正体だから」

「でも……僕に行けるかな、そんな場所まで……」


 不安気な子供の顔を見て、月明かりよりも眩しい笑みを向けた姉は、夜空よりも大きくその両腕を広げた。


「行けるさ!」


 木々の間にこだまする程の大きな声でその自信を示した姉の姿を見て、子供は心の中の不安をかき消されたように、ただ真直ぐと空を見上げて、頷いた。


 いずれ知る事となる、宇宙の果てに思いを馳せながら。

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