ウツビァクは死を知らせる

小石原淳

第1話 ウツビァクからのお知らせ

<ウツビァクからのお知らせとお願いだよ。


 今から七年後に君は死ぬ。化け物に蹂躙されて君は死ぬ。

 他人に話しちゃいけないよ。守らなかったときは、今から三年後に君は死ぬ。

 人から話をされても知らんぷりをしなくちゃいけないよ。守らなかったときは、今から三年後に君は死ぬ。

 誰か仲間が死んでも話しちゃいけないよ。守らなかったときは、即座に君は死ぬ。


 ウツビァクからは逃れられないよ、誰も。>


 中学一年生、十三歳の誕生日に届いたメッセージに、ずっとおびえて生きてきた。

 その当時のクラスメートが高校一年のときに二人、相次いで亡くなった。一人は周りに何もない、だだっ広い河原で墜落死。一人はストーブに当たりながら凍死。いずれも普通じゃない死に様に、ウツビァクの仕業だと思った。

 僕は少しでも長生きしたくてウツビァクからのメッセージをひた隠しにしてきたけれども、それも明日で終わりだ。

 僕は二十歳の誕生日を迎える。大学生にもなって、こんなことを信じているなんて馬鹿げている。そう感じる人も多いと思う。

 だけど、そいつは確実に存在する。そうとしか考えられない。

 僕は小学五年生の頃からの幼馴染みで、今も同じ大学に通う恋人の葉山はやまひろみにことの全てを打ち明けた。葉山は小学生の頃から評判の美人で、にもかかわらず、高校二年の頃から、僕みたいな不細工な造りの顔、勉強も運動も平凡な出来、金は親がちょっと稼いでいる程度、おしゃべりも面白くない男の恋人になってくれた。だからこそ、彼女を信頼できた。

 話を聞いた彼女はびっくりし、そして笑い出した。けど僕が本気だと知ると、それじゃあ誕生日の間、ずっと同じ部屋にいてあげると言ってくれた。

 巻き添えを食って君まで死ぬかもしれないと心配する僕を、彼女は両頬にそっと触れて、優しく抱きしめてくれた。大丈夫、そんなことは起きやしないからと言って。

 僕と葉山ひろみは、僕が暮らす川縁のマンション十三階の部屋に入り、鍵を掛けた。


「で、何で死んだんだその学生は」

 刑事の武藤むとうは今まさに搬出されていく被害者の方へ、あごを振った。

立田悟郎たつだごろうの死因はまだ不明です。頭部を切断されたのが死後なのは間違いないそうですが」

 部下の言葉に反応して、ぎろっと眼を動かす。

「じゃあ、その頭は? 頭部があれば死因の特定がしやすくなると聞いた覚えがあるが。見付かってないのか」

「鋭意捜索中です。手始めに、川に沈めたんじゃないかという線で」

「結構荒れてるが、大丈夫か」

 今日の天候は夜明け前から豪雨と呼ぶべきレベルで、風も強い。川は増水し、激しく波立っている。

「やるしかないので……。自分も手空きになれば捜索に加わろうかと」

「いい心掛けだが、まだ手空きにはならんぞ。一緒にいた女は、話を聞ける状態か?」

「医者じゃないので判断できませんが、葉山さんには今、管理人室で休んでもらっています。暴風雨のせいで、救急車の到着が遅れているみたいなので。無論、婦警が付いています」

「念のため、男の警官も付けとけよ。最有力容疑者には違いないんだから」

「ええ。密室状態の部屋に、被害者とともにいたんですからね」

 事件が発覚したのは、この日の朝六時過ぎ。管理人室の内線電話のベルが鳴ったことが端緒となった。管理人によると、電話は立田悟郎の入る1307号室からだったが、声は女性のものだった。通話内容はいささか要領を得ないもので、「助けて」「彼が死んだと思う」「化け物に襲われた」「私も殺されるかもしれない」という話を、時折ささやく口調になって伝えてきた。と思ったら通話はいきなり途絶える。管理人は予備のキーを持って、1307号室に急いだ。

 管理人がドアをノックしたり、インターホン越しに呼び掛けたりしても応答はなかった。案の定、玄関ドアは施錠されていたので、予備キーを使って中に入る。するとまず、玄関から奥へと通じる廊下に、女性が倒れていた。川に面した側の大きな窓は開け放たれており、ごうごうという音が風とともに吹き流れてくる。窓も気になったが、今は女性が先だと駆け寄ると、彼女は後ろ手に手錠で拘束されており、ふくらはぎからは血を流していた。顔や腕などにもあざがあり、発見時は意識朦朧としていた様子だったが、繰り返し呼び掛けることで反応がはっきりしてきた。そして救急車を呼ぼうとする管理人を声で制し、先に警察をと頼んできた。

 立田悟郎が死んだという意味のことを彼女が口走ったので、管理人は恐る恐る奥へ進み、リビングの真ん中に仰向けに横たわる、頭部のない遺体を発見。腰を抜かしそうになりながらも各所へ通報をしたという。

「現段階で聞けた分では――立田悟郎は化け物に襲われて死んだ。化け物は窓から入って来た巨大な腕だった。頭部を鷲掴みにされ、引きちぎられた――と言っています。さらに驚くべきは、被害者は中一のときに化け物からおまえは七年後に死ぬとの予告を受け取り、以来、そのことを隠して生きてきたが、とうとう七年が経過したと」

「女は何でそのことを知ってんだ?」

「追い詰められ、最期を覚悟した立田が打ち明けてくれたと。高一のときに同級生が不審死を遂げていて、それらも同じ化け物の仕業だと言っていたとか」

 照会すると「何もない原っぱでの墜落死」「ストーブに当たりながらの凍死」という“事故”が起きた記録はあったらしい。

「何だそりゃ。化け物云々はあり得んし、被害者の秘密を知っていた。もうその女が犯人でいい」

「自分も怪しいと思います。マンション内の防犯カメラの録画映像をざっと見た限り、昨日から今朝にかけて1307号室に入ったのは、被害者を除けば葉山一人のようでしたし。ただ、彼女を犯人とするには障害がありまして」

「ん? そいつは初耳だ。言ってくれ」

「はい。1307号室のどこにも、遺体を切断した痕跡が見当たらないんです」

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