第75話 黄色い騎士の不安(マーカス視点)
「……祈り?」
マーカスは元々、アンリエッタがここに何をしに来たがっていたのか知らなかった。ただ、もう一度来てみたかっただけだと、思っていた。
そこに深い意味など、考えもしない。もう危険はないのだから、する必要がどこにあるだろうか。
横を通り過ぎていくアンリエッタの腕を、捉えようとした。が、上手くかわされたのか、掴めなかった。
「ヴァリエ、殿の為ではないでしょうか。アンリエッタさんの体の中にいるのなら、少なからず影響を受けるのは、仕方のないことですし」
再度、手を伸ばした瞬間、アンリエッタとの間に割り込むように、ユルーゲルが現れた。
こいつと話す気はなかったが、銀竜がいた場所で、言葉通り祈りを捧げるアンリエッタの姿を見て、諦めた。
「確認したいんだが、本当に大丈夫なのか?」
「……何が、と問いたいところですが、アンリエッタさんの体に、ヴァリエ殿がいることを仰っているのですよね」
「他に何がある」
無駄口を叩くな、とばかりにマーカスはユルーゲルを睨んだ。
「そうですね。こればかりは、私にも判断し兼ねます。比較できるものは、生憎持ち合わせていません」
「使えないな」
「全くです。どなたか、研究してくれていたら良かったんですけれどね」
嫌味を言っても、通じないどころか、真正面から受け止められる。いや、流されているの間違いか。
どちらにしても、こいつはあからさまな嫌な態度を示しても、こうやって平気で接してきていた。煩わしかったが、何でも受け流されることは、別に悪い気はしなかった。
ある意味、何を言っても構わない、ということでもあったからだ。
「ただ言えるのは、アンリエッタさんの言う、ヴァリエ殿の言葉を信じるしかない、ということです」
「自分が生き残りたいがために、言ったとは疑わないのか」
「仮にも、ヴァリエ殿は聖女ですよ。元々、ご自分の死のために、アンリエッタさんを呼んだと記憶しておりますが」
そうだ。確かにあの時、ヴァリエはそう言っていた。だが、それは生贄を呼ばないためだった。今はその必要がない。ならば、アンリエッタを封じるか追い出して、生きようとするのではないか。
「聖女といっても、一人の人間だ。欲が出ることだってある。元々アンリエッタの体の持ち主は、ヴァリエだ。乗っ取ることだって、可能だろう」
「それは一理ありますね。長い間、竜に抑えられていたのですから、そう思ったとしても、不思議ではありません」
「っ!」
自分で言ったのに、ユルーゲルに肯定されると、思いの外ダメージが大きかった。
「しかし、あの姿を見て、本当にそのようなことをするとお思いですか?」
ユルーゲルに促され、跪いているアンリエッタへと、目を向けた。
「!」
アンリエッタを覆う、半透明な姿をしたもう一人のアンリエッタの姿が見えた。
ヴァリエはこの時代のアンリエッタだ。ならば、少し成長したように見える、あの姿を取れるのは、一人しかいなかった。
「あの祈る姿を見ても尚、アンリエッタさんの体を乗っ取るような方に見えますか?」
「そうだな。俺の杞憂のようだ」
ふと、アンリエッタとヴァリエがこっちを向いた。不思議そうに見ているアンリエッタとは反対に、ヴァリエは微笑みかけてきた。
そして、風に流されるように、姿が曖昧になっていく。
消えていく瞬間、マーカスは駆け出しだ。
「アンリエッタ!」
ヴァリエのように、アンリエッタも消えてしまいそうで、不安になったのだ。
アンリエッタが立ち上がり、振り返る前にマーカスは抱き締めた。
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