第53話 到着と再会

 マーカスの言う通り、ポーラはすぐに帰ってきた。しかし、忙しいことには変わりなかったのか、再会できたのは、学術院に行った時だった。


「会いたかったわ、アンリエッタ。体はどう? あれから体調を崩したりしてない?」


 今までも長いこと会っていないこともあったが、ここまで喜ばれたのは、初めてのことだった。


 心配されるのは、あの事件があったのだから仕方がない。けれど、前のように、連絡できなかったわけでも、近況を把握できなかったわけでもなかったから、驚きと戸惑いが同時に押し寄せた。


「大丈夫です。ポーラさんがつけてくれたお医者さんや、マーカスがサポートしてくれたので」

「遠慮しないでね。ウチの魔術師が、迷惑かけたんだから」

「そんな。賠償金までいただけただけでも十分なのに。本当にありがとうございます」


 マーカスから、ユルーゲル及びレニン伯爵が、ソマイアではなく、魔塔にて裁判が行われたことを聞いた。そのため、加害者が貴族であり、被害者が平民であっても、公平に判決が下されたのだそうだ。

 それは単に、ポーラの尽力によるものだということは、言われなくても分かることだった。


「それから、私はポーラさんのこと、なんて呼べばいいんでしょうか。マーカスから聞きました。王女様だって。でも、エヴァンさんは今までと同じで良いって言ってくれたんですけど。良いのかなって……」


 ポーラと再会してから気になったのは、まずそのことだった。

 直接本人に確認していない以上、そう呼んで良いのか不安だった。なにせ、今までもお世話になっていたが、今回のことでは、恩人とも言えるほど助けられたのだ。失礼なことはしたくないし、嫌われたくもなかった。


 もじもじとしていたら、突然ポーラに抱き着かれた。


「なんだって良いのよ、アンリエッタが呼びたい方を呼んで、って言いたいところだけど、他の人の目もあるから、市井しせいではポーラと呼んでちょうだい。今まで通り」

「分かりました」


 王女様だと知って戸惑ったが、やはりポーラはポーラだったことに、アンリエッタはようやく安堵した。途端、肩を掴まれ、後ろに引っ張られた。


 誰がやったのかは、見なくても分かるが、ビックリするのでやめて欲しい。マーカスの胸に背中が当たるまでの一瞬、倒れると思いドキッとするのだ。アンリエッタは、思わず胸に手を当てた。


「何をするのよ。私とアンリエッタの再会を、邪魔しないでちょうだい」


 しかし、抗議を口に出したのは、ポーラだった。アンリエッタ越しに、マーカスを睨んだ。


「それとも、女の私が抱き着いただけでも、気に食わないというの。随分、心が狭いのね」

「挑発しても無駄だ。これだけは譲れない」


 そう言って、後ろからマーカスが抱き締めてきて、アンリエッタは慌てた。こんな公衆の面前で、なんてことをするのだと、思ったからだ。


「マ、マーカス⁉」


 振り払おうとジタバタしたり、腕を掴んで離そうしたりしてみたが、ビクともしなかった。最終的にアンリエッタは、恥ずかし過ぎて、顔を両手で隠した。


「全く、いい加減にしなさい! アンリエッタが困っているでしょう」

「アンリエッタが困ることになったのは、お前のせいだと分かっているのか」


 な、なんていう屁理屈。いくらポーラが王女として扱わなくてもいい、と言ってくれているからって、いくら何でもこの態度はダメでしょう。不敬罪になっちゃう。


 恐る恐る正面を見たが、ポーラの表情は怒っている、というより呆れていた。


「分かったから、放してあげなさい」


 早く、とマーカスを急き立ててくれたお陰で、ようやく解放された。


 しかし、この二人。始めから仲が良くなったが、一応これまで銀竜やカラリッド侯爵家のことで、話し合いをしていたのよね。内容だけしか聞いていなかったけど、一体どんなやり取りをしていたんだろう。今度、手紙でパトリシアに聞いてみよう。


 仮に、この二人が仲良くなったら、私はどう思うんだろう。性格が似ているから、意気投合しちゃうのかな。それはそれで、ちょっと複雑かも。


 マーカスとポーラを交互に見て、アンリエッタは内心意気消沈した。


「どうしたの、アンリエッタ」

「寂しいのなら――……」

「ち、違うから!」


 マーカスの腕が伸びてきて、咄嗟に躱した。


「それよりも、今後のことについて、話をしないと。ポーラさんも来たんだから」

「あっ、その前に確認したいことがあるの。いいかしら」

「確認、ですか?」


 写真のことかな。ポーラさんたちからしたら、可笑しな発言に聞こえただろうから。


 アンリエッタがそう身構えたが、ポーラが口にしたのは、全く別のことだった。


「えぇ。ユルーゲルのこと、なんだけど……」


 言い辛そうにしているポーラを見て、アンリエッタはビクッとなった。


 そうだ。確か今は、ポーラの護衛魔術師をしている、とマーカスが言っていた。つまり、姿は見えないが……。


「今、この学術院にいるんですよね」

「まだアンリエッタの気持ちを確認できていないから、別室で控えさせているんだけど。やっぱり……」

「すみません。出来るなら、まだ」


 会いたくないです、とまで口に出来なかった。

 本当なら、ここで『大丈夫です。気にしないで下さい』と見栄を張りたいところだが、二人を前にすると、自然と言えなかった。甘えからか、素直な気持ちを引き出されたのだろう。


「いいのよ。アンリエッタが気にすることはないわ。だから、マーカス。そういう布陣で、計画を立ててちょうだい」

「まぁ、もとよりユルーゲルを前線に立たせるつもりはなかったから、ほとんど修正しなくても大丈夫だ」


 そう言って、マーカスは一連の流れを説明してくれた。どうやらこの件は、冒険者ギルドにも依頼をしていたらしい。エヴァンを通して、協力を募ったのだそうだ。


 すでにギラーテに向かっている集団に、潜伏させているらしい。ポーラが来るのを待つため、足止めをしてくれていたのだ。


「だが、もう無理だと連絡が来た頃に、到着してくれて助かった」

「それじゃ、私も費用を出さないとならないわね。迷惑かけたんだから」


 だったら私も、と手を上げたが、断られた。私にお金が無いのは分かり切って、そう言われているのだと思っても、少し傷ついた。


 そう言った理由から、決行は明後日になる、と告げられた。


「お前に確認したいことがある」

「何かしら」


 先ほどからマーカスは、ポーラを“お前”と呼んでいる。名前で呼ばないことに、ポーラ自身も気にしている様子はなかった。


「写真の件で、何か情報を持ってきたか」

「すぐに出てきたから、無いわ。ただ、聞きたいことを箇条書きにして、アルバートに送ったから、魔塔に戻った時には、返事が来ているはずよ。そうじゃなかったら、乗り込んででも聞きに行くから、安心して」


 何が何でも聞き出してやるわ、とマーカスにではなく、アンリエッタに向かって言った。


「ありがとうございます」


 だから、お礼を言うのは、勿論アンリエッタでなければならなかった。

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