禍喰らイ罪業人形~オカルト好きなお嬢様にバブみを与えるだけの簡単なお仕事~
藤村灯
ゐたか the Windigo
第1話 雪男を探しに行こう
ひどく息苦しい。
暗闇の中で目が覚めた。
目を開いたはずなのに、視界にはまだ闇が広がっている。
身じろぎをすると、カサカサと紙が擦れるような音。寝返りを打つだけの広さもない。
見えはしないが目の前すぐに壁があるらしく、起き上がることもできない。どうやら箱に閉じ込められているらしい。
あたしに閉所恐怖症の気はない。けれど、この状況はその――棺桶に納められているようでどうにも落ち着かない。
困惑が焦りに、焦りが恐怖に膨らむまえに、ガタリという音と共に蓋が開き、光が差し込んできた。
「……
確認するかのような、不安で揺れる声。それはあたしの名だ。
ふわりと、柔らかい重みと甘い香りに包まれる。
視線を下ろすと、あたしの首元に抱きつくその子の、ふわふわの銀髪が目に映った。
薄暗い部屋の中、細く艶やかな髪が、唯一の光源であるモニターの光に照らされ輝いている。
「えーっと、ロキシー?」
甘える仔猫のように、あたしの胸にぐりぐりと頭を擦り付けていたロキシーは、満足したのか一つ大きく息を吸って顔を上げた。
まつげ長っ。
髪より少し色の濃いグレーのまつげは、マッチ棒が載せられそうなほど長く量が多い。
染みひとつない透き通る白い肌。怒りからか興奮からか、頬は濃いピンクに染まっている。
モニター光の反射で、蒼い瞳が濡れているのに気が付いた。
「泣いてるの? 大丈夫!?」
何かしてしまったかと高速で記憶を検索しつつ、箱に詰められていたくしゃくしゃの紙を撒き散らしながら、ロキシーの背中に手を回す。
「バカ! 全ッ然ッ大丈夫じゃない!」
鼻っ柱に衝撃。
ツンとくる刺激と鉄臭さで、ロキシーの頭突きにより、涙だけで済まず鼻血が出たのだと悟る。
「な、なんだか分かんないけどごめん……」
あたしは流れる鼻血には構わず、ぐずぐずと泣き出したロキシーの髪を撫で、あやすように背中を優しくたたく。
このとびっきり可愛くて、ちょっとばかし気難しいお嬢様を甘やかすのが、あたしこと
§
棺桶サイズの箱を片付けた後、あたし達はいつものように、暗くしたロキシーの部屋でホラー映画を見ている。
「なんであんな箱に入ってたのかな?」
「本当に覚えてないの?」
あたしの膝に腰を下ろし、無駄に大きい胸を枕に映画を見ていたロキシーが、振り返り尋ねる。
「う、うん。ごめん……」
「ふうん」
また怒られるかとビクついたが、ロキシーは気の無い声を漏らしただけで、またモニターに目を戻した。
うぅ、教えてくれないんだ。
大画面のモニターの中では、大きなミミズの化け物みたいなのが暴れている。
あたしは怖いのが大の苦手だ。昔はもう少し耐性があったように思うも、今ではレンタルショップのホラー棚にも近づけない。契約している配信サービスでも、間違っても怖いサムネイルが表示されないように、キッズ設定にしているくらいだ。
オカルト・ホラー趣味のロキシーは、あたしに構わずいつもホラーばかりを見続けている。一緒に映画を見るのもお仕事のうちだけれど、たまには劇場版プリクマとか見ても良いと思う。
あ……また一人頭から丸飲みにされた。
あたしはモニターから目を逸らし、膝の上のロキシーに視線を落とした。
おしゃれとはほど遠い黒ぶちのメガネ。集中しているのか、桜色の小さな唇は半ば開いている。
着古した大きめのパーカーに、下はレギンスのみ。冬でもたいてい裸足。
あたしと同じ16歳。小柄だけど、ちょっと身なりを整えれば、すぐに日本のテレビや雑誌でも声が掛かるだろうに。
ゆるゆるになった部屋着の首元から、鎖骨と薄い胸元が覗いている。あれ? また下着付けてな
「ねえ」
「あっ、ハイ。何かな」
「今度の連休、旅行行かない? 冬キャンプか、ロッジ」
あたし達は私立聖フィデス女学院の高等部に通っている。クラスも同じ。いや、正確に言えば、通っているのはあたしだけなんだけど。
入学式当日、緊張のためか校門前で盛大にもどしたロキシーは、それ以来一度も学院に来ていない。カメラの前で演技を披露し、それを何万何億もの人間に見られているはずなのに、生身では千人にも満たない人の群れでもダメなのか。不思議なようにも思えるが、人とはそういうものなんだろう。たまたま居合わせ介抱したあたしが、今ではロキシーのお世話係をしているのもまた不思議な巡り合わせだ。
担任からは学院に戻れるよう、見守り気を配ってあげて欲しいとも頼まれている。けれど、あたしのクライアントは実際にお給金を出してくれるロキシーで、登校できるよう努力するのは担任か生徒指導の教師のお仕事だ。そのことに関しては、正直あたしは本気で取り組むつもりはない。
ただ、親が少なくない額の寄付をしているロキシーは、学院の出席や単位を気にする必要はないだろうが、彼女の付き合いで欠席の多いあたしの扱いはどうなっているんだろう?
「なになに、ゆるいキャンプのアニメだかマンガでも見たの?」
ロキシーからのお出掛けの誘いは珍しい。
今年は数年ぶりの大寒波だとかで、春スキーが楽しめるゲレンデもたくさんある。
あたしも身体を動かすのなら得意だ。ロキシーが望むなら、スキーでもスノボでも、手取り足取り教えるにやぶさかじゃあない。夜は露天風呂だとか、狭いテントの中、ふたりで寝袋を並べて眠るのもい
「これこれ。ここなんだけど」
あたしの膝に座ったままロキシーはスマホに手を伸ばし、ニュースサイトのページを開いてみせる。
『人身被害 クマによるものか 先週に続き2例目』
G県赤木山近辺でクマによるものと見られる被害が続いています。3月22日未明、前葉市の登山道入り口付近で、登山客の男性(38)が倒れているのを、地元住民が発見したとの通報が消防と警察に入りました。遺体は損壊が激しく、男性がクマに襲われ逃げる際滑落したものと見られています。17日に発見された女性(28)の遺体の被害と共通点が多く、市は同一の個体によるものとみて注意を呼び掛けています。
「ダメじゃん!? クマが出るようなとこでキャンプできないでしょ!!?」
「まあまあ。こっちも見て」
『人のものに近い歯型 赤木山にサスカッチ出現!!』
近年気候変動や森林の開発による生息域の重複により、野生動物による食害に留まらず、人間が襲われる事件も数多く報告されている。G県赤木山ではクマによるものとされる人身被害が続いているが、読者の皆さんはこのニュースに違和感を抱かなかっただろうか? 2件の共通点は「クマの襲撃により死亡」だけではなく、どちらも「滑落による損傷」が含まれているのだ。ヒューペルボリア編集部員による調査の結果、正確には「滑落による死亡」「その後の野生動物による遺体の損壊」であることが判明した。さらに、興味深い関係者の証言がある。
B氏:あのね、どうも食ったのがクマではないんじゃないかという話が出たんですよ。イノシシなんかでもない。強いて言うならこう……人間が近いんじゃないかと。
K氏:カチコチなんですよ。山の夜は寒い? そりゃまあそうだけど、警察が遺体運んでいく時もまだ、霜降りたみたいに真っ白だったって。そんでよぉ、(小声で)殺したあと、冷凍庫に入れられてた死体なんじゃないかって。地元の組にも調査広げるって。あ、これクマ探しとかと話変わってくるから、コレで(編集でカットのジェスチュア)。
人による犯行が疑われるなら、警察はそのように発表するはずだ。雪山、人のような歯型。賢明なる読者ならもうお気付きであろうが、これは獣人系UMAによる襲撃なのではないだろうか? 我々ヒューペルボリア編集部は、取材班を編成しさらに事件の謎に迫る!
「えぇ~雪男が人を食べるの?」
一件目の地方紙の記事より詳細だが、真偽のほどが不明な証言を元に組み替えられており、突っ込み方が斜め上なので胡散臭いことこの上ない。ヒューペルボリアといえばエンタメ系のオカルト雑誌だ。出版不況のあおりで規模の縮小を余儀なくされ、月刊から季刊に刊行数を減らし、今ではwebの有料コラムサイトとメールマガジンの発行がメインになっている。
「食べるかどうか、白乃も気になるんだね」
「え? ……違……」
当然のようにロキシーはヒューペルボリアの有料会員にして愛読者。本棚にも発行部数極少の雑誌版が並んでいる。
こうしてあたしは温泉でもスキーでもなく、雪男探しのためにG県へ向かうこととなった。
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