真夏短編集

若狭屋 真夏(九代目)

「傷」の後継者

「ミスター高田。なんでもいいんだ、価値さえあれば。こっちは土地バブルが崩壊して投資家は次なる商品を探している。彼らならいくらでも出すだろう。伝統的な物ならなんでもいい。来週日本に行くからそれまでにお願いする」

と言って電話は切れた。

「ふー。それにしても海外の人間はがめついねぇ」といって煙草を吸ったのはこの「高田アンティーク」の店主高田吾郎だ。年は35歳。

電話の相手は陳雷虎という骨董商(ご同業)だ。

「そんなこと言われても重文や国宝なんてこっち(日本)じゃマーケットに出てくるわけないのに。。まったく勝手なことばかり言いやがって」といって机を蹴った。

当然のように「痛ってぇ」と足に激痛が走る。


足の痛みがとれぬ間に再び電話が鳴る。


「いいですか。陳さん日本とお宅の国では。。」と言いかけたが

「あの。吾郎さんですか?」電話から聞こえてきたのは若い女性の声だった

「え??」聞き覚えのない女性の声に動揺していると

「あの。私楓です。前田梅の孫の。」といった。

前田梅は吾郎の顧客の一人で「宗梅」という名で茶道教室を開いていた。

まあ茶道教室は本業ではなく少し前まで「松屋」という旅館の女将をしていた。

400年以上続く旅館の元女将なので非常に目が肥えていて吾郎が販売したものはいずれも一級品である。

以前梅のもとに商品を届けた時お茶を立ててくれたのが孫の楓であった。

「どうもご無沙汰をいたしております。おばあさまはお元気で?」

「あの。。吾郎さん。先日祖母が亡くなりました。」

「え?」

楓の話では先月急な心筋梗塞で緊急入院したが亡くなったらしい。

「それは大変でしたね。で私に御用とは」

「それが、祖母の茶道具を買い取ってはいただけないかと思いまして」

「楓さんはお茶をやめるのですか?」

「私には祖母の茶道具は貴重すぎます。もし傷でもつけてしまったらと思うと恐ろしくって」

「とりあえずおばあさまにお線香を差し上げたいので明日お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい。では10時に駅までお迎えにまいります」

といって電話は切れた。


次の日電車にのって前田家にむかう。この電車に乗るときはいつも緊張していたのを思い出す。

前田宗梅は子供のころから育まれた本物を見抜く目があった。

道具一つ一つにも愛情をかけ茶道教室に総額数千万の価値があるであろうものを用いた。

それだけにダメな商品を持っていくと散々嫌味を言われたものだ。

そんなことを考えていると最寄り駅に到着した。

駅に着くと楓が車で迎えに来てくれた。

段々と車は高級住宅街に入っていく。

この住宅街の中で一番大きいのが前田家である。


「お邪魔します」といって吾郎は家の中に入った。

まるで時間が止まっているような感覚をこの屋敷に入ると感じてしまう。


「とりあえずおばあ様にごあいさつを」

といって仏間で線香をあげる。

遺影には「前田梅氏の笑顔」があった。

よく人を器に例えるが前田梅氏は威厳というとても大きな器の人物だ。

しかし威厳という厳しさだけではなくそれを遥に上回る「やさしさ」という美しさをもった器。まったく「国宝級」の人物だろう。

亡くなった今でもいまだに心地よい余韻を与える人物を知ることはない。


楓と梅の昔話に花を咲かせた後梅の部屋に招かれ茶道具をひとつひとつ確認する。

すべて吾郎から買ったものではないがどれを見ても素晴らしい一品である。

おそらく戦前に買ったものだろう、今では公然と売買できないものもあった。


「すべてを売却するご予定で?」

「本来なら唯一茶道をやっている孫の私が相続すればいいのですが、私はまだまだ未熟者なので。」

「そうですか。いや。しかしもったいない。これだけの物一度手放したら二度と戻りませんぜ」

ふと棚の一番奥に箱を見つけた。どうやら茶碗が入っているらしい。

吾郎は箱を取って中を確認する。

その茶碗を見て「楓さん、失礼ながらアルバイトをしてみませんか?」

その言葉に楓はきょとんとした目をした。


それから数日後来日した陳氏と高田はタクシーに乗って前田家に向かっていた。

「高田。本当に価値のあるものなんだろうな。」と陳はいった。

「ええ、もちろん。気に入ってはもらえるとおもいますよ。さ、もうすぐ着きます」

二人は前田家の茶室の「にじり口」から茶室にはいる。

「なんなんだ。このちいさなドアは?」陳はびっくりする。

高田は慣れたように「ちいさなドア」に入っていくが陳は腹がつっかえそうに入っていく。

なんとか入った茶室には小さな床の間があり掛け軸がかかっている。

柱には竹の花入れがかかっており花が一輪さしてある。

「おぉ」と陳はうなった。

どれも時代が付いたもの、陳の頭の中は金の事でいっぱいだった。

しばらくしてもう一つの入り口から和服姿の楓が出てきた。

こちらに一礼して手前をはじめる。

ゆっくりと大切に道具を清め茶を点てる。

そして茶碗を陳の前に差し出した。

「なんだ、これは」と陳は言った。

黒い茶碗にはいく筋もの割れ目がありその線をなぞるように金の線が流れている。

「金継ぎといいましてね。本来は当時高価だった割れた磁器などを治すために日本で考えられた技術です。しかし時代が下ると茶人はこの割れ目に景色を見るようになりました。「不完全なものの中にある美」を見出したのです。

この茶碗は安土桃山に作られたものでしょう。作者の力強さを感じることができるなかなかの一品です。が残念ながら作者不明で銘もない。割れていなければさほどの価値は無い。」

「しかしこの金継ぎされたことによって新しい魂が宿ったような気がします。おそらく当時の所有者はこの茶碗に思い入れがあったのでしょう。その気持ちがこの金継ぎに表れている。そして代々の所有者が大切に守ってきたんです。

この茶室にあるすべての物の所有者はあなたでも私でもない。

今茶を点ててくれた孫の楓さんこそふさわしい。そうではありませんか?ミスター陳」

「ごほっ」と陳は咳をすると居心地が悪くなったのか「私は用事があるのでこれで失礼する」といって正座でしびれた足を引きずって「小さなドア」から体を出していった。

吾郎は楓に頭を下げて「いや~たちの悪いブローカーでしてね。しかしこれで彼も懲りて私へのストーキングもやめるでしょう。」

「いえ、私のほうこそお礼を申し上げたいです。祖母の遺産を継ぐ覚悟ができました。ありがとうございます、吾郎さん」楓も頭を下げた。

「それはそれで残念ではありますが。。では失礼します」

そういって吾郎も前田家から退出した。


楓は仏壇の前で「おばあちゃん。おばあちゃんの遺産は私がついでいきます。」と誓った。

ふと仏壇の経机の下に何かの塊があった。

「ご霊前 高田」と書かれていた包みをめくると一万円札の帯封が二束入っていた。

祖母の写真の笑顔が楓には苦笑いに見えた。








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真夏短編集 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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