猫好き女子高生の妖しい職場体験

八木寅

第1話 職場体験の妖魔退治

 家の縁側から見える満月が東京タワーみたいに赤い。どこからか猫のうなり声が響いてくる。

 まるで赤い月のように血に染まる猫が頭に浮かんだ。白い猫が二匹。ケンカを始め、もみあって回転して月のように丸くなり、赤くなっていくのだ。


 でも、そんな想像をしておきながら、私はこれが現実になってほしくない。猫にはのんびりと過ごしていてほしい。

 けど、猫社会にはケンカはつきものだ。なぜ、ケンカをするのだろうか。猫もヒトも。傷つけあい苦しいだけなのに。仲よくできないものだろうか。


 ゆっくり考えごとをするのに適した夜長。だけど、今夜はどことなくあやしい感じ。

 縁側に冷たい風がすうっと通った。私のおかっぱ髪がみだれて顔にまとわりつくも、煮干にぼしを噛みながら思考を続ける。灰色猫のギンタにも煮干しをあげながら。


「猫はぐうたらして人間を癒してこそ猫だよ」


 私のあぐらのなかで丸まったまま食べるギンタ。そのだらけた態度は、ぐるぐると考えすぎて凝り固まった脳をほぐしてくれる。

 おかげで、回答の期限がせまってるのを思いだした。今度こそ考えるべきことを考えだす。


 明日には決めないといけないのだ。悪霊化した妖怪である妖魔を退治する仕事を継ぐために修行するかを。なのに決められず、いつのまにか違うことを考えていて、時だけが無情に流れていく。ギンタの黄色い目が深まる闇に光りをましていく。


橙子とうこ。悩むなら、今夜、妖魔退治をやってみて決めろ」


「えっ」


 父上がそばに立った。年季のはいった床板をきしませることなく颯爽と。和服の袖を風に揺らしながら月夜をにらんでいる。ギンタはするりと庭へおり、をねらってかけだした。

 今どきのサラリーマンとはかけ離れているのが私の父上。で、すなわち、継ぐということは、現代社会と離れた仕事に就くということ。


「私、まだ退治の仕方なんて知らないけど」


「カラカサを供につけよう。

 強い妖気が漂ってきている。でかい妖魔が誕生するかもしれん。被害が出ぬうちに早く行け」


 やんわりと拒否した私の言葉に耳を貸してくれない。父上は和傘妖怪のカラカサを召喚した。赤い和傘がすぐさま姿を現し、一本足が下駄をからんと鳴らす。一つだけの目が父上に了解の合図を送るように瞬いた。


 やるしかない。でも、本当にどうしたらいいかわからない。とりあえず、補給用に煮干しをポシェットにいれて、いや、煮干しはやめたほうがいいかな。


「とっとと行きなさい」

「はいぃいってきますっ」


 父上に気圧されて、朝から着ていた高校の制服姿のまま、煮干しいりポシェットをひっかけ夜道へ飛びでた。ふくらはぎまである紺色スカートが夜風にはためく。

 竹格子の向こうでギンタは蛾をはたき落としみついていた。


「お嬢、妖魔退治できるのか」


 カラカサがヒトに変化へんげした。足もとは下駄のまま、赤いパーカを着た青年と化した。父上に忠誠をつくす彼は、私のこともお嬢として大事にしてくれる。


「さあ」


 私は首をかしげた。妖魔退治できるかどうかなんて、やったことないのだからわからない。けど、父上の仕事は見てきたから、見よう見まねでなんとかなる気もする。


「さあって。ま、オレの岩をも砕く蹴りの見せどころだな」


 二足歩行形態でのカラカサの足は、風のごとく速く、蹴りも強い。私を背負って走りだした。青年の片目だけ赤い瞳は妖気感知能力が高く、妖魔のもとへと直行できる。


「うん、よろしく。私は明日の決断のために職場体験したいだけだから」

「は? オヤジさんの仕事バカにするなよ。この東京を守るすげえことしてるんだぞ」

「それはわかってる」


 そんなこと、十分わかっている。妖怪とともに妖魔と戦うかっこいい父上を子どものころからよく見てきた。


「そうかよ。せいぜいオヤジさんに泥をぬるようなまねするなよ。職場体験だろうが仕事は仕事だ」


 カラカサはぐいんとスピードをあげて進みだした。下駄の音と共に私の鼓動が早まる。

 現実が近づく。妖魔と戦うという現実が。

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