美少女は死神かも知れない

竹野きの

短編

 うちのクラスには日比野真香ひびのまなかという美少女がいる。

 正直『世界で一番可愛い』と言っても過言では無いくらいに選ばれた者のオーラがあった。僕自身、もちろん可愛いとは思っていたのだが、まさに高嶺たかねの花と言った感じでアイドルとかと同じ様な感覚で彼女の事は見ていた。


 しかし最近、彼女の周りで不信な噂がささやかれる様になっている。最初一人目が事故に遭った時は、冗談みたいなノリで誰かが言い出しただけだった。彼女の人気に嫉妬した女子が言い出した位にしか僕自身も思ってはいなかった。


 だけど……


「三人とも真香まなかに話しかけられた日に事故にったらしいよ?」

「マジ? 偶然だろ?」

「それがまっさんも事故の日、初めて話しかけられたって喜んでいたのを仲の良い奴は知ってるんだ」


 そう、まだ二学期の中旬に差し掛かったばかりなのに僕のクラスで三人事故に遭っていた。それも三人とも普段は交流の無い男子なのだが、当日話しかけられたというのは間違いないらしい。


「なぁ、宮田みやたも気をつけた方がいいぞ?」

「大丈夫だよ。日比野ひびのさんに話しかけられる様な用事はないし」

「だからこそだろ? 三人とも普段話しかけられない奴が事故に遭ってんだぜ?」


 クラスメイトで友達の市村いちむらは真剣な顔をしてそう僕にさとした。もちろん日比野さんと話している奴はいっぱいいるし、噂なんて信じてはいないのだけど、もし話しかけられたら……そんな事が頭から離れなかった。



 その日の学校の帰り道、市村はふと彼女の事を口にした。


「俺はさぁ、日比野真香は死神なんじゃ無いかって思っているわけよ」

「いやいや死神って、それはないでしょ」

「だってよう、あのルックスだぜ? 海外なら悪魔の一人と言われてもおかしくは無いだろ?」

「美人の悪魔ってサキュバスとかアスモデウスとか? それは考えすぎだって」


 否定はしてみたものの、彼の言葉には妙な説得力がある。ひょっとしたら死神なのではないかと頭の角でモヤモヤとした物が残る。


「でも、死神だったとしても僕らにはどうする事もできないよ」

「それがあるんだよなぁ、解決策!」

「なに、そんなのあるなら早く言ってよ」


 すると市村は真剣な顔をして立ち止まり、ゆっくりと呪文を唱えた。


「アジャラカモクレンテケレッツノパ!!」


 パンッパンッ!!


 手を二回叩くとドヤ顔をする。


「いやいや……それ、落語の奴じゃん」

「だけどよう、死神って言ったらコレだろ?」

「そもそも彼女のせいで事故に遭ってても死神とも限らないんだって」

「ちっ、結構いい案だと思ったんだけどな」


 交差点で立ち止まると、僕は市村と別れた。本当に死神だという確信が出来たなら彼の呪文を唱えてみるしか無いかも知れないとぼんやりと思った。



 それから一週間が過ぎても日比野さんに話しかけられる事は無かった。当たり前だ、そもそも同じクラスになって半年、授業やクラス行事以外で話すことなどこれまでも無かった。


 そんな僕が、たかだか一週間そこらで話しかけられたなら、それこそ死神のお告げとしか考えられない。


「日比野の動きは無さそうだな」

「市村はなんでそんなにノリノリなんだよ?」

「そりゃ、あの可愛さにはきっと何かあると思っているからな!」


 キラキラと目を輝かせて語る彼に、少し意地悪をしてみたいと悪魔が囁く。


「市村さぁ、日比野さんの事好きでしょ?」

「は、は、はぁ? そんなんじゃねぇし」

「やっぱりかぁ。通りで最近その話しかしないと思ってたよ」

「だから、俺は事件の真相をだな……」


 明らかに顔を赤くしながらフェードアウトしていく彼の声に僕の疑惑は確信に変わっていく。


「まぁ、クラスメイトだしね。別に悪くはないとおもうよ」

「好きとかじゃなくて、ファンって言うかそんな感じだよ」


 僕自身、市村の気持ちが分からなくもない。現に彼女が可愛いのは確かだし、毎日会う度に目の保養になっているのは同じだ。


「日比野さん、彼氏とかいるのかなぁ」

「聞いた事はねぇけどな」


 クラスのアイドルというのは、ある意味プライバシーはない様な物。付き合ってたり手を繋いで歩いていたりすればすぐに噂になっている。


 だからというわけではないが、日比野真香がこの状況で相手がバレていない以上、ちゃんとアイドルをやっているのだ。

 だから噂も偶然が重なっているというよりは、彼女だから噂になるのだと納得した。



 しかしこの日、僕は見てしまった。

 理科室での授業が終わった時、僕は教室に一緒に戻ろうと市村の所に向かおうとしていた。すると彼の前に女の子が立っているのが見えた。


 日比野真香だ。


 もしかして市村の奴話しかけられているんじゃないのか。僕の位置からはギリギリ彼女と被り話しているかどうかが分からない。一応確認してから彼と合流しようと少し遠回りするとやはり何か話している様だった。


「宮田、ちょっと運ぶのを手伝ってくれ」


 まさかのタイミングで先生に呼び止められる。だが根拠も無しに市村が危ないと言うわけにもいかず、ぼくは仕方なくビーカーを準備室まで運ぶ事となった。


 運び終わると流石に市村は先に戻ったのか、彼の姿は無くもちろん日比野さんも居なかった。教科書とノートを持ち、先生に出る事を告げると誰かが理科室に走って来ると慌てた様子でこちらに駆け寄って来た。


「おい、宮田! 市村の奴が階段から落ちたぞ!」

「えっ? 嘘でしょ?」

「いま、他の奴が保健室に連れて行ってる。結構強く打ったみたいでさ、もしかしたら腕が折れてるかもって……」


 それを聞いた僕の血の気が引くのを感じた。体温が下がっているにもかかわらず背中はありえないほど汗が出ている。


 まさか日比野さんが……。

 市村も僕同様、彼女と話す事はない。交流があるなら僕も知っている筈だし、彼自身ファンだと言っていたくらいだから、似たような距離感である事は間違いない。


 だが、彼が確実に日比野さんと話していたと言うのは自分の目でしっかりと見ていた。


「ありがとう、保健室行ってみるよ」

「わかった。もし次遅れたら先生に保健室に付き添ってるって言っておいてやるよ」


 急いで保健室に向かった。救急車を呼ばれているわけではないので、ヤバい状況ではない筈だ。しかし腕が折れたかも知れないと言うのが、気になっていた。


「市村、大丈夫か?」

「おうとりあえずは。だけど、腕の骨にはヒビが入ったかもな」


 彼の腕には大きな湿布が貼ってあり、念のため動かさない様にアームスリングを付けていた。それよりも市村が日比野さんと話していた内容が気になる。さらに言うなら階段から落ちた事と関係があるのかも聞きたかった。


「市村、理科室で話してたよな?」

「あー、まあな。だけど、それとこれは関係ない。俺が踏み外しただけだ」


 何か思う所があるのかも知れないが、彼は頑なに言おうとはしなかった。


 庇っているのだろうか。

 だとしたら死神では無かったにせよ、日比野真香には何か秘密がある様に思えて来る。


 市村はそのまま病院へ行く事となり、授業が始まったばかりの教室にもどる。彼が話していたのを見た奴もいるのか少し騒ついたものの席に付くと先生が声をかけた事で授業は再開される事となった。


 しばらくして、僕は怪我をした原因があるかも知れないと日比野さんを観察してみる。窓の外の景色が彼女の美しさを際立たせ、整った横顔はやはり異色のオーラを放っていた。


 市村は関係ないとは言っていたが、それならば何故彼女はあの時話しかけたのだろうか。そんな疑問が頭の中をぐるぐると巡り理科室だった事に意味があるのではないかとも考えた。


 休み時間になり、久しぶりに一人でご飯を食べる。市村しか友達がいないわけではないのだけど、普段一緒に過ごしていない奴の中にのこのこと混ざれるほどのハートは持っていない。


 スマートフォンを片手に、サイトを見たり病院の結果を聞いたりしながら黙々とご飯を口にはこんでいた。


 ふと周りが暗くなった様な気がして、目をやると丁度女子のスカートの柄が目に入る。慌てて顔を上げると目の前に少し暗い表情を浮かべる日比野さんが立っていた。


「あの……」

「えっ、あ、何!?」


 急な展開に動揺する。

 それと同時に次は僕の番なのかと不安な感情がふつふつと湧き上がり、焦点しょうてんが定まらない。


「市村くんの事だけど……気にしてるよね?」

「ああ、日比野さんが話してたって事?」


 そう言うと、彼女はゆっくりと頷く。

 初めて話しかけて来た事とここまで間近で見た事が無かった事もありドキドキとドンドンが同時に来た位に鼓動こどうが鳴る。


 まるで造形美ぞうけいび。市村が言う様に本当に人間じゃなくて悪魔か死神では無いだろうかとすら感じる。


 すると彼女はピンク色でうるおいのある口を開いた。


「宮田君も呪いだと思ってる?」

「え、日比野さんが話しかけたからって事?」

「そう。でも、そんなつもりはないの」

「そりゃそうだよ。日比野さんが市村を呪う理由なんて何もないから!」

「それなら良いのだけど……」


 その言葉から、今までの事故の原因では無いかと噂されていた事を知っていたのだと分かる。現に今の彼女の表情は、市村の事を気にしていると言うよりはその事を攻められるのでは無いかと探っている様に見える。


 少ししたたかにも見えるのだけど、それを差し引いてもお釣りがくる位に彼女のルックスは僕の好感度を上げた。


「あの……日比野さんは気にしてるよね?」

「えっ、なにを?」

「噂の事」


 そう言うと彼女は表情を曇らせた。


「宮田君が私の事をどう思っているのかはわからないけど、心当たりの無い噂をされて気にしない人はいないと思うよ」


 彼女がそう言うと、自分の席に戻って行った。当たり前の事なのだけど気にしない筈がない。その事を理解した途端に、彼女を【死神】だと思っていたのが僕だったのだと気づいた。


 それから、授業中に彼女を観察するのをやめた。


 きっとただの偶然。

 彼女は可愛いだけで、それ以外は普通の人間で他のクラスメイトと同じ。ただ見た目が目立つからこんなわけわからない事になっただけなんだ。


 周りの奴等は僕が話していたのを見たのだろう。案の定、次は僕の番だと噂する奴がいる。誰かはわからない、誰も噂を始めた本人にはなりたくないのか【誰か】が言っていた事にする。


 その【誰か】こそが本当の【死神】なんじゃないかと僕は思う。


 学校の帰り際に僕は勇気を出して声にした。


「日比野さん、バイバイ」


 彼女は一瞬目を見開きとすぐに天使の笑顔になって返した。


「バイバイ」


 今日初めて話したけれど、彼女は【死神】でもなんでもなくだだの可愛い女の子だ。挨拶をすれば返してくれるし、噂をすれば傷ついたりもする。勝手に壁をつくって【死神】に仕立て上げ、自分の中の醜い感情の吐口ににしている僕らに話しかけるとかむしろハードルが高い。


 彼女は僕らに話しかけないのではなくて、話しかけられなかったんだ。


 僕はそう気づいた途端に、病院で治療している市村にその事を話したくなり電話をかけた。


「市村、大丈夫だった?」

「ああ。ヒビは入って異るみたいだけど一週間くらい固定していれば大丈夫だろうって」

「そっか。良かった」

「それで? わざわざそれを聞く為に電話してきた訳じゃないだろ?」


 市村は何かに気づいた様にそう言った。


「うん……」

「なんだよ、日比野真香の事か?」

「うん……僕は彼女の事が好きだと思う」

「はあ? 急になんでそうなるんだよ。何かあったのか?」

「……まぁ、ね」

「そりゃお前、【死神】に憑かれてるわ」

「そんなんじゃないって、彼女は!」

「まぁ、いいからとりあえず祓っとけ」

「祓っとけって、まさかアレ?」

「そうそう、とりあえずな!」


 そう言われ、仕方なく足を止め僕はおまじないを呟いた。


「アジャラカモクレンテケレッツノパ!」


 パンッパンッ!


 手を叩いた瞬間、僕の目の前を猛スピードのトラックが走り抜けて行った。


「市村……やっぱり彼女は【死神】かも知れない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女は死神かも知れない 竹野きの @takenoko_kinoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ