第2話

「そんな驚かなくても」


 苦笑するとふいっと視線がそらされて、あぁしまった拗ねたなと悟る。


「ごめんごめん、手伝えることがあるなら本当に手伝うよ。別に悪い事をしようってわけじゃないんでしょ?」


 何かフェリクなりに訳があったのだろうと、短くない年月共に育っているのでそれぐらいはわかる。面倒臭がりで少し意地っ張りなところがあるけど、それ以上に優しくて思いやりがある奴なのだ。

 謝りながら聞くと、フェリクはどこか自嘲めいた顔になった。


「どうだかな……お前にとってはそうなるかもしれないぞ」

「……んん?」


 どういう意味?と聞く前にフェリクは大きな溜息をついてその場にしゃがみ込んでしまった。背丈のある人間がしゃがみ込んで顔を覆う様子はさすがに心配になる。


「いつかは、って薄々わかってたのに……はー……」

「大丈夫?」


 調子が悪いのかと横にしゃがんで背中を摩ると、固く閉じられていた羽がふわりと柔らかくなり一瞬広がって頬を擽った。


「っ~~~……はぁ」


 何かを耐えるような声を出したあと口元を覆って顔を上げたフェリクは、じっとりとした目をこちらに向けて来た。


「お前はなぁ………無知すぎる」


 はい?


 それこそどういう意味だと首を傾げるが、フェリクは答えずこちらに両手を伸ばしてきたかと思うと私の頬を摘んでむにむにと動かし始めた。

 無知すぎるってそれはちょっと物申したい言葉だが、フェリクには秘密を明かしていないのでうまく言えずされるがままになってしまう。

 確かにはこの村を出た事はない。だが私はこの獣人国ではない、ヒト族の国で生きた記憶とおそらく異世界の日本で生きた記憶がある。日本の記憶はともかく、ヒト族の国の名はきちんと確認出来て、周辺国の名前も同様に確認出来たので私の妄想だという線は薄い。だから正真正銘この村を出た事が無いフェリクよりかは物を知っているという自負があるのだ。が、そんな事を言えるわけもなく、びよーんと伸ばされる頬にどうしようかと困る。


「なんで抵抗しないんだよ」

「ひやー、なんひゃよわっひぇひょーひゃひ、ひはまひれるひょはなーひょ」

(いやー、なんかよわってそーだし、きがまぎれるのかなーと)

「何言ってるかわかんねーよ」


 じゃあ離してくれよ。地味に痛いんだぞ。


「はぁー」


 ため息をついてフェリクは頬から指を離すと今度は手のひらで挟んできた。


「あ゛ーー………このままどっか行きてー」

「どょっか?」


 両頬を潰されてかなりのタコ系ブサイク顔にされている気がするが、それよりフェリクの言動の方が心配だ。

 本当に大丈夫か?と言おうとした瞬間、フェリクが真顔になって素早く立ち上がった。

 臨戦態勢のそれに私も獣人族の十八番とも言える身体強化をして周囲の音を探れば、羽音を上から感じた。


「見つけた」


 低い声を耳が捕らえた瞬間、フェリクの前に出て腰を落とし構える。


「どちら様です」


 声を張りながら、村に来たという鳥族である事は明白だなと頭の中では考えていた。この状況で知らない声の相手と言えばそれしかないだろう。


 葉の落ちた枝の間から舞い降りたのは黒い人影。大きな漆黒の羽に同じ漆黒の髪。眼光は鋭く瞳はこちらも漆黒。着ている服さえ黒一色で、感情が見受けられない平坦な表情をしている。冒険者というより傭兵のような殺伐とした雰囲気の男性だ。歳は二十代後半か。ざっと見る限り武器のようなものは見受けられないが、獣人の場合肉体がそのまま武器みたいなものなので油断は全く出来ない。


 見つけた、と言うからには探していたという事になるが……


 後ろから肩を引いてくるフェリクの手を掴み、そのまま前に出ないようにという意味で後ろ手に握っておく。戦闘センスとでも言うべきものは圧倒的にフェリクが上だが、実は身体強化のみで言ったら私の方が力が強いのだ。つまり、打たれ強いのは私である。相手がどういった要件なのかはわからないが、フェリクの反応を考えると最悪を想定して私が壁役でフェリクがアタッカーの心算でいた方がいい。


「やり合うつもりは無い。手を下ろせ」


 と言われても。素直に受け取る事は出来ないしなぁ。


「ニーナ、一応戦意はない」


 え。無いの?フェリクが臨戦態勢とったから、てっきりそうだと思ってた。けど、ならまぁ、大丈夫なのかな?


 身体強化はそのままに、構えを解く。


「おーいカティスー、見つけたのー?」

「ここだ」


 新たな声が聞こえてきたかと思うと、ひらりともう一人鳥族が舞い降りた。こちらはのんびりとした顔立ちの男性で、光沢のある白い羽に一筋の黒が差し色で入っており、髪の色も同じように左の一房だけが黒かった。服は最初に来た男性と同じ黒一色のもので、薄緑色の目はこちらを写すと驚いたように丸くなった。


「カティス。結構大きいよ、これ」

「大きかろうとこれが報告にあった子供だ。特徴も一致している」

「あ、あー……そっか、あの報告書ってナブラが回してきた奴だもんね。相当埋もれてたんだろうけど。でもこれで成換羽前とかすごいな」


 掴んでいたフェリクの手がピクッと動いた。前方に意識を向けたまま横に並ぶように出たフェリクを見れば、鋭い目つきで睨む姿があった。


「あー待って、突然やってきて驚いただろうけど、私たちは怪しいものではないよ。話を聞いてくれるかな?」


 こちらの警戒に気づいたのか白い男性が慌てたように両手を上げた。


「怪しいものではないと言って、それをそのまま鵜呑みにする人は少ないと思いますが」


 特にフェリクが警戒する相手となれば、私も警戒せざる得ない。


「あはは。えーと、これを見てもらえる?」


 白い男性は黒い服の合わせから片手を中に入れると、銀色に光るものを取り出してこちらに翳してみせた。

 平べったい四角いプレートのようなそれは、よく見れば文字が刻まれておりその文字を取り囲むように細かな模様が彫られていた。


「国家……教育、担当……調査…官?」

「え。読めるの?」


 一応言っておくが、識字率は高い。ニック達だって簡単な文章なら読める。いわんや私たちにしてみれば、馬鹿にしているとも取れる発言なわけだが。

 返す言葉を探していると、白い男性は慌てたように手を振った。


「あ、馬鹿にしてるわけじゃなくて、本当に驚いて。ええと、これは私の身分証で、国が発行しているちゃんとしたものなんだ。この紋章はわかる?」

「獣人国を示す羽と鱗と爪ですね」


 ヒト族だった頃に母に教えてもらったし、村長さんにも教えてもらったからよく知っている。日本で言えば国旗みたいなものだ。


「そうそう。この紋章を許可なく使用した場合は捕まるんだ。で、五十年は牢屋から出てこれない」


 ごっ……五十?


 文書偽造的なあれだと思うが、それって日本だと五年以下の懲役か五十万円以下の罰金ぐらいだったはず。こちらのヒト族の国の法律がどうだったかまでは、宿屋の娘だった私にはわかりかねるがとんでもなく重たいのではないだろうか。


「こんな辺境の村の子供に見せるために作るにはちょっとリスクがあると思わない?」


 こんな辺境の村は事実だが、他人に言われるとちょっとむっとする。いいところなんだぞ、と。地元の自虐ネタを他人に言われると腹が立つあるあるだな。

 にこやかな表情を浮かべている白い男性に、こちらも冷静になるようそっと息を吐いて対峙する。


「……国のお役人様と言う事ですか」

「そんな様をつけるようなものじゃないよ」


 はははと軽く笑って手を振る白い男性。偉ぶるような素振りはなく、変に距離を詰めてくるような素振りも無い。


「私たちは君たちを迎えにきたんだ」

「迎え?」

「そう、二度手間になるから父親か母親のところまで案内してくれないかな?」


 敵意もなく、偽造すれば重い罰を受ける代物を持っている相手だ。嘘は言っていないのかもしれないが……

 どうする?と、フェリクに目を向けると、どことなく嫌そうな雰囲気を出していたが首肯した。


「わかりました。案内します」


 どうぞとこちらにと歩き出せば白い男性も黒い男性もついてきた。

 落ち葉の積もる獣道を見分けながら歩いていると「そうだ」と白い男性が手を叩いた。


「ねえ、君たちの親の名前を教えてくれる?鳥族って数が少ないから名前聞けばわかるかも」


 鳥族って少ないのか。ヒト族だった時に見かけた事は無かったが、獣人国では普通の種族だと思っていた。


「父はハルヤートです」

「え? 今、ハルヤートっていった?」


 ワントーン上がった声に後ろを振り向けば、再び目を丸くしている白い男性と、僅かながら驚いたような様子を見せる黒い男性がいた。


「あ、あのさ、君のお父さんの種って、何?」


 驚きが過ぎ去ると、まるで聞きたくないけど聞かなければないといったような表情になり問いかけてくる白い男性。

 私は少し答えるのを躊躇った。何故なら父の種は空の支配者と言われる鳥族としては少々どころではない名前負けしている種なのだ。しかしこちらの回答を待っている二対の視線に渋々口を開く。


「………鶏です」


 白い男性がその場に崩れ落ちた。


「え、あの?」

「まさかこんなとこに居るとか……そりゃーいくら外を探してもいない筈だ、しかも子供までいたとか……」


 落ち葉の上に膝と両手をつきブツブツ呟く姿に、大丈夫だろうかと思う。もう一人の黒い男性は既に感情らしきものは見えなくなり、膝をついた白い男性の襟ぐりを掴んで引き上げた。


「くだらん事に時間を割くな」

「うう……扱いが酷いな君は」


 無理矢理引っ張り上げられた形の白い男性は服についた葉を払い、こちらに目を向けると疲れたような笑みを浮かべた。


「驚いただけだから、大丈夫。なんでもないよ。早く行こうか」


 反応の意味を教えてくれる気はなさそうだ。父と知り合いのようなのだが……父も私が物心ついた頃から知る限りで村の外へと出かけた事はない。生まれる前に冒険者として色々な国を回ったと言っていたので、その時の知り合いだろうか。それにしては若いような気もするが。

 疑問はあったものの案内を続けると、遠慮がちに声をかけられた。


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