最後の希望は魂の伴侶
うまうま
プロローグ
その記憶が現れたのは、幼馴染のフェリクを追いかけて村の中を走っていた時だった。
突然何かが弾けるように頭の中に見知らぬ光景が広がった。
天を突き刺す勢いのとてつもなく高い建物の群、どれもこれも角ばった、表面もつるりとしたそれらと、見たこともない程のヒトの群れが固そうな道を忙しそうに歩く姿。その横を馬車よりも早く動く大小さまざまな箱のようなもの。チカチカと光る魔道具のような何か。大音量で流れる音はどこから聞こえているのかもわからない。
かと思えば、それほど広くない場所にテーブルと椅子がいくつも並べられ、そこに座りげらげらと笑う人々の姿。『おかわり!』と言われて動くのは自分のようで、自分でない誰か。カウンターの奥から表情の薄い男とアイコンタクトを交わし次々に出される料理を迷わず運び小麦色の液体が入った大きなコップをいくつも指に通して纏めて運んでは次の注文を聞いてカウンターの奥の男に伝えれば『レミネア、そろそろあれは品切れになる』と返される。
「っ……ぁ……」
また場面が変わり、今度はさらに狭い部屋に一つのテーブルと四つの椅子。そこに座る男と、テーブルの上に何かを置いている女。
『
聞いた事が無い言葉が流れていくのに、意味がわかった。それが気持ち悪かった。
「なに……なんなの?」
ぶつ切りのように、次々に変わる光景に変わる言葉。『りほ』と呼ばれ『レミネア』と呼ばれ――だんだんとそれが自分のような気がして、
「ニーナ?」
「っ!」
不意に名前を呼ばれ、視界が目の前を写した。
ちがう、目の前?
それとも、頭の中の事?
「おい、どうした」
白金に輝く髪が揺れて、灰色の目が蹲る私を見降ろしている。そしてその背には何故か綺麗な羽が。
違う。鳥族だから、羽があるのは当たり前。
当たり前?
鳥族が?
何で鳥族なんて珍しい種族がいるの?
「ニーナちゃん? どうしたんだい?」
横から肩に手を置かれた感触に顔をのろのろと向ければ、見慣れたような顔に見慣れない丸い獣のような耳が頭について――
気が付けば、そんな獣の耳を持つ人が集まってこちらを見ていた。
獣人。
その言葉が浮かんで身体が強張った。
獣人だから乱暴だというのは言いがかりだと教わった。だけど、でも、これほど多くの獣人に囲まれるのは初めてで――
「ぃやっ!」
気が付いたら走っていた。
どこに行けばいいのかもわからない。だけどとにかくここから離れないと。
わけがわからない。
ここはどこなの?
あの獣人達はどこからきたの?
お母さんは?
お父さんは?
……お父さん?いや、違う。お父さんは小学生だった時に死んでしまった筈。
でも、じゃああれはだれ?
待って。死んだ?でもそれは老衰で……大往生だったはず……
わからない……なに……? なに? なにっ? なにがおきてるの??
溢れる不安に押しつぶされそうで、視界が歪む。
ひきつけを起こす呼吸が苦しい。
だけど怖くて足を止められない。
ギャッギャー
聞こえた声に、ハッとする。
そうだ、ここは魔物が出る。魔物が……魔物ってなに?動物じゃないの?
駄目だ。わからない。頭が痛い。だいたい何でこんな森の中を。仕事は?子供たちは?どこにいったの?あの人は?あの人?あの人って誰?
酩酊するような頭の中の揺れと胃からせり上がるような不快感に、堪らず木に手をついて胸を押さえ蹲る。気持ちが悪い。吐きそう。
頭の中を駆け巡る声と絵と音と光に思考もままならない。
視界に微かに入った手が小さくて、違和感だけが増していく。おかしいという事だけが積み重なっていく。
握りしめた小さな拳の先に洞が見えて、咄嗟にその中へと這って身体を押し込める。背中の何かがつっかえてきつかったが、とにかく入り込んで身体を縮める。
カビ臭くジメジメとした狭い空間に、自分しかいない空間に、少しだけほっとして震えている息を吐く。
「何が起きて……」
高い自分の声が気持ち悪い。こんなの子供の声だ。手も小さくて。子供の手だ。
違う……ちがう、わたしは……あたしは……あたしで……これがあたりまえで……
ずきずきと頭が痛んで目を瞑る。目を閉じれば駆け巡る絵が早すぎて余計に痛みが増した。
目を開けてもぐらぐら揺れているような感覚がして、閉じても開けても酷くなるばかりだった。
ガサッ…
グルル……
近から聞こえた音に、咄嗟に口を押えた。
いる。そこに。
たぶん、
見た事もない筈なのにその姿をありありと頭に思い浮かべる事が出来て、身体がガタガタと震え始めた。
だめだ。音を立てては駄目。
必死に身体を押さえて耐える。
堪えろ。堪えろ。
ザッ
「っ!」
ウロの中に鋭い爪がねじ込まれてきた。
悲鳴を押し殺すが、無駄だった。
「あぅっ!」
片足に爪が引っかかり、無理やり引きずり出された。
抉られた足が猛烈な痛みを訴えるが、逃げないと、食い殺される。強化して――強化?
「ぐっ…ぅ……」
這って逃げようとしたら背を大きな足が押さえつけた。爪が背中に食い込んで息を潰されていく。
何で、何が、言葉にならないまま涙がこぼれる。
不意に、背中に掛かる重みが無くなった。
「げほっ……ごほっ…けほっ…っ……ごほっ……」
震える手をついて身体を起こして後ろを見れば、泥色の大きな獣が首を無くして倒れていた。
何……?何が……
「ニーナ!」
茂みの中から飛び出してきた子供の姿に、その背に羽がある子供に身体が強張る。
咄嗟に逃げようとするが、抉られた足が動かない。
こちらにゆっくりと近づいてくる綺麗すぎる顔立ちの子供。
残った足と手でずりずりと離れようとするが、その前に子供は膝をついて金色混じりの輝くような目を向けてきた。
「………大丈夫か?」
全然大丈夫なんかじゃない。
足も背中も痛くて痛くて痛すぎて身体がガクガクしているし、頭もガンガンしていて吐きそうで。
なのにどこか緊張したような、表情の薄い顔で聞かなくてもわかりそうな事を聞かれたら、無性に腹が立って、でもなんでか懐かしくてほっとして……
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