ホンヤの女神サマっ!
倉石ティア
Dancing Gnome
-1-
眩しいくらいに晴れている。
宇宙人にも心地よい春の日差しだ。
今日も広垣市は晴天で、街には涼やかな風が吹いている。
ベランダのガラス戸に映った俺の姿は一般的な地球人と変わらない。異常に丈夫な骨と抜群の運動神経を除けば、何の変哲もない男の子だ。高校入学前の春休みに退屈を持て余していた。超能力のひとつでもあれば宇宙人の称号にも箔がつくのに、今のところはただの悪口だった。
俺、浦島
学校一の不良に与えられた渾名はそれ故に。ただの不名誉だ。
「うらしまー。こっち向いてー」
ベランダで洗濯物を干していたら、どこからか声を掛けられた。手にパンツを握ったまま声の主を探すと、
手の代わりにパンツを振って応えると彼がはにかむ。
香奈城旬は、今日も憎たらしいくらいに格好いい。
「うらしまー。ホンヤの女神様って聞いたことある?」
「知らんな。宇宙には広まっていないタイトルだ」
「またそれぇ? 朝のニュースで紹介していたんだよ」
ビッと指を立てて香奈城がキメ顔になった。
そういうのは、女の子をデートに誘う時にでもやってくれ。
「会いに行こうぜ」
「漫画とかドラマの話じゃなかったのか」
「違うよー。マジでニュース見てないの? 時代に遅れちゃうぜ」
浦島はダメだなぁ、と香奈城が自慢げに指を振る。丁寧に整えられた彼の金髪が眩しくて、気付いたら顔をしかめていた。舞台俳優のように整った容姿と、人当たりの良い笑顔が香奈城の武器だ。傍を通る通行人の視線を集めながら、それを意に介さないのが恨めしい。
これで性格まで良いいからな、と舌打ちをしてみた。二階のベランダから一階の玄関前にいる香奈城へ、どうか届くようにと大袈裟に。彼とは中学三年間の付き合いがあるし、身振りで俺が何をしたのかも分かるはずだ。
だけど彼の笑みは崩れない。
もう一度、舌打ちをした。
「香奈城よォ。お前、本当に暇そうだな」
「まぁね。春休みだし。課題は先週終わらせちゃったしね」
「俺はまだやる気も出てないわ。入学前の学生に宿題出すなよって話じゃん」
「あはっ。浦島っぽい文句のつけ方だね」
降りてこい、とばかりに香奈城が手招きをしているが無視して洗濯物を干すことにした。文句は、俺の予定も聞かずに遊びに来た自分自身に言うんだな。
今は三月末、春休みだった。
高校への進学を前に暇を持て余して、退屈な毎日を過ごしている。勉強は受験でお腹いっぱいになるほどやったし、身体を動かすような趣味は持っていない。ゲームもやりこむほどには好きじゃなくて、だらだらしているうちに一日が終わっていた。
これでいいのかと自問自答を繰り返して、バカだから分からないぜ! と言い訳をして誤魔化した。どこで誰から生まれたのかも分からない宇宙人だしな、俺は。誰かと一緒じゃなくちゃ頑張れない体質なのだ。
本気を出すのは新年度からと最強の逃げ口上を口にして、今日も家事に精を出す。遅めの衣替えで出た大量の洗濯物は春休みのうちに済ませておかないと、学校が始まってからじゃ大変だからと理由をつけて。
でもまぁ、何もしないよりはマシだろう。
道路脇からボロい我が家を見上げる香奈城に、ちょっと話しかけてみる。
「で? その女神様って何者なのよ」
「お、気になる? 気になるんだね?」
「聞かなきゃよかったな……そりゃまぁ、俺だって興味くらいある」
「女神ってのは、中華料理屋の美人店員だよ。去年から専門雑誌の取材を受けているんだって。インタビュー記事読んだ限りだと、かなりの知的美人って感じで印象良かったよ~」
「ふーん」
「あっ、そんなもんかって顔したな? せっかく説明したのに!」
アポもなく遊びに来て、家事に精を出す俺から時間泥棒をして暴れる香奈城に冷ややかな視線を向ける。なんだってコイツは俺とつるみたがるのだろう。他にも沢山の友人がいるはずなのに、俺を選ぶ理由は何だろう。
俺が宇宙人だから、だったりしてな。
「ちょっと待ってろよ、あと少しだから」
シャツを振り捌いてシワを伸ばしながら、香奈城に声をかける。
ホンヤという変わった名前の中華料理屋にも、そこで働くという美人店員にもさして興味が湧かない。だが、香奈城を放っておいたら一日中でも家の前に陣取っていそうだった。遊ぶ相手なら他にもいるだろうに、どうして俺ばかりに絡んでくるのだろう。
彼は手を大きく振って、俺の注意を引こうとしていた。
「うらしまー。洗濯物干すの、手伝おうか?」
「ヤだよ。香奈城が干すとシワが寄るじゃん」
「えー。せっかく助けてやろうと思ったのに」
「ありがとよ。気持ちだけ受け取っておくよ」
がっくりと肩を落とした香奈城は、小さく左右に体を揺らした。足元の石ころでも蹴飛ばしたのかもしれない。アポなし訪問を敢行してくる彼は我慢の欠片も持ち合わせていないのか、俺が構ってやらないと退屈の海に沈んでしまいそうだった。
二枚残っていたシャツを手早くハンガーにかけて竿につるした。片づけを済ませて玄関へ向かえば香奈城がいて、俺に向かって手を振っていた。はにかんだ笑顔も、むかつくほどにイケメンだった。
「浦島、今日もフリーだよね? ご飯食べてなかったら一緒にホンヤ行こうよ」
「いいけど、お前ラーメン嫌いじゃなかったっけ」
「ラーメン屋じゃなくて中華料理屋だし。ニラとホルモンの炒めが絶品なんだって」
「ほーん、そうなの。まぁ、アリではあるけど」
中華料理の美味しい店なら俺も一軒知っている。そこもニラとホルモンの炒め物が美味しいのだ。去年頃からはその中華料理屋にばかり通っていて、メニューもほぼ踏破済みだった。どうせ中華を食べるならそっちの店がいいな、と思っていたところに香奈城からの追加情報が来る。
「その女神ってのが、僕たちと同い年なんだって。来月から高校生!」
「へー、すごいじゃん」
「しかも、超が付くほど格好いいんだ。雑誌に写真が載っていたんだよ」
だからかよ、とコケそうになった。格好いいものに対しては本当に節操がないな。
近所の堤防に咲いた桜よりも満開な、香奈城の笑みに釣られて俺も頬を緩める。
顔が良くてモデル体型で、その上に性格もいい香奈城は女子に好かれやすい。俺が知らないところで色々な苦労もしていたようで、女の子に対しての苦手意識があると聞いたこともある。そんな香奈城の抵抗感を払拭するほどに美人で恰好いい店員とやらが、どんな奴なのか。
「……なんか、本当に興味湧いてきたな」
「おっ。じゃ、行こう! 泰子さんはどうする?」
「夕方まで起きないんじゃないか。明け方まで映画を見ていたから」
「それじゃ、何かあれば僕の携帯に連絡とってもらおう」
「ん。悪いな、泰子に伝えてくるから待っててくれ」
香奈城を玄関に待たせて家に戻る。泰子の部屋へ行くと、彼女はお腹を出したまま眠っていた。我が母親ながら、その幼い寝顔に保護欲みたいなものが湧いてくる。
泰子の机には映画の内容をまとめたノートが広げられていた。仕事とはいえ、夜中まで作業をするなんて大変だな。薄手の布団を掛け直して、彼女の寝顔をぼんやりと眺める。書置きを残して香奈城の元へと戻った。
「よし、行くか」
胸躍る体験を求めて、俺達はホンヤの女神に会いに行くことにした。
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