02話.[変わってないね]
「あぁ……」
勢いを強くしすぎて服を濡らしてしまった。
全体ではないから持っていたハンカチで拭いて廊下に出たんだけど、
「馬鹿っ」
何故か少ししたところで待っていた鉄也に怒られて足を止める。
ああまあ、この年にもなってこんなことになるのはださいしね。
ちょっと納得がいかないところがあるけど、うん、これは私が悪いことだ。
「これでも着てろ」
「なんで? 冬じゃないから大丈夫だよ」
「……透けてんだよ」
「ちゃんと下にだって着てるよ」
しかも下の方が濡れているというだけだ、下着は見えないんだから問題はない。
というか、衣替え期間なのにどうして律儀にちゃんと着ているんだろう。
暑がりなのに不思議だ、梅雨パワーで気にならないのかもしれないけど。
「あのさあ、もう高校二年生なんだからもうちょっと気をつけろよ」
「他者が不快な気持ちになるからってこと?」
「そうじゃなくて、なんか色々さあ」
「大丈夫だよ、たまたま今回は失敗しちゃっただけなんだから」
「はぁ、そうかよ」
なにをそんなに気にしているんだ相棒は。
でも、気をつけなければならないことは分かっている。
いつまでも同じままじゃいられないのは確かなことだから。
「あ、おかえりー」
「八敷ちゃん? なんでこのクラスにいるの?」
「そんなのあんたに用があったからでしょ、友達になったんだから普通だよ」
「そっか、そういえばそうだった」
珍しくこっちから頼んだんだった。
正直、昔は相棒だけがいてくれればいいと考えて行動していたから違和感がすごいものの、これは仕方がないことだった。
人間関係のことで不安定になりたくはないからだ。
「で、なんでちょっと不満顔?」
「ん? 八敷ちゃんは真顔だけど」
「はあ? あんたよあんた」
そんなことを言われても困ってしまう。
訳が分からない、そもそも最初からこの子はそうなんだけど。
知るために近づいたんだからそれでも離れては駄目だ。
「あ、もしかしたら鉄也に怒られたからかもしれない」
「怒られた? なにしたの?」
「……ちょっと濡れたら『気をつけろ』って」
あそこまで怒る必要ないよね、ちょっと……適当だから言いたくなるのは分かるんだけどさ。
「はあ? それだけで怒るわけないでしょ、子どもみたいにわざと濡れて遊んでいたというわけではないんだから」
「いや、怒ってきたんだよー」
「あんたの勘違いでしょ、ただ放っておけなかっただけだよ」
そうなのかな、勝手に理想を押し付けてしまったというだけなの?
もしそうなら駄目じゃん、すぐにでも直さなければいけないことになる。
「っと、また後で行くから」
「うん」
いまはこっちに集中しよう。
そもそも私の頭じゃ数時間程度で答えを出すことなんてできない。
直すためにはどうすればいいのか、八敷ちゃんにも協力してもらうべきなのか。
「結月」
「……ん? あれっ、なんで授業中なのにいるの?」
「もう終わったけど? なにぼーっとしてんの」
そうか、じゃあ全く集中できなかったことになる。
今日はすぐに学校から離れた方がいい。
「ぐー……はっ、ひとりになると眠たくなっちゃうしなあ」
「は? 私もいんだけど、なんならあんたの荷物も持ってんだけど」
「ごめん、ちょっと直さなければいけないことができて」
「直さなければいけないのはそういうところだね」
「あー……」
いま直さなければいけないところを増やすのはやめていただきたい、たった少しのことだけでキャパオーバーになるからだ。
なんでもかんでも相棒任せで生きてきたからこういうことになる。
あれはつまり自分だけでなんとかできるようにしろ、そう言いたかったのでは?
つまりつまり、相棒離れをしなければいけないときがきたのかも。
「八敷ちゃん、約束、守れないかも」
「約束?」
「ほら、鉄也と仲良くするってやつ」
ちょっと離れてはっきりしたかった。
多分、一緒にいながらだと私の場合は上手くできない。
上手くできるのであればそもそもこんなことにはなっていなかった。
「はあ? そんなの困るんだけど……」
「なんで? 別に私が鉄也と仲良くしなくても稲澤君は男の子なんだから大丈夫だと思うけど」
「聞いてた? 弘とあんたに仲良くされたら困るの、だから鉄也とあんたが仲良くしていてくれたらそんなことにもならなくてい――」
「安心してよ、大丈夫だから」
そうと決めたら今日から実行だ。
ちなみに彼女にはその間、一緒にいてほしいと言っておく。
ひとりでふらふらさせるよりも対策にもなっていいのではないだろうか?
「いいわ、じゃあそれは守ってよ?」
「うん」
自分が口にしたことぐらいは守る。
いつもはそういうことにならないようになにかを言ったりはしてこなかった。
なんでも鉄也がやってくれて、当たり前だという認識になってしまっていた。
不安になってよかった、あれがなかったら考え直そうともしなかったんだから。
「でも、あんたが離れて大丈夫なの?」
「分からない、だけど必要なことだから」
「分かった、じゃあ私から鉄也に言っておくよ」
「ありがと、出会ったばかりなのに」
「そんなのいいよ」
最後に、とか変なことはしない。
簡単に言ってしまえば、鉄也を前にして離れているときの自分ではいられなかったからだった。
「お風呂って何時に入るのが正解かな?」
「は? そんなの日によって変わってくるでしょ」
「でもさ、固定化したらなんかよくなりそうな感じがしない?」
効率化できて睡眠の質もよくなりそうな気がする。
私は入浴後すぐに寝られるけど、どうせなら少ししてからの方が気持ちがいい。
というか、私がしなければいけないのは寄り道とか外でぼうっとする時間を減らすということだった。
「お風呂なんて入る必要があるから入っているだけだよ、それ以上でもそれ以下でもないんだから」
「睡眠も死んじゃうからしているだけとか言いそー」
「当たり前でしょ、しなくて済むなら私はしないよ」
お風呂はともかく、寝ることにはもっと興味を持ってほしい。
本当に気持ちがいいんだから、まあ、人によって違うことだから押し付けみたいなことはしないけどさ。
「つか、あんた変わってないね」
「ん? ああ、うん、大丈夫だよ」
「鉄也もあっさり『おう』とか言っていたしさ」
あまりにも変わらなさすぎて自分でも驚いているぐらいだ。
だけどずっとやれるとは思わない、多分できて一ヶ月ぐらいだろう。
それまでになんとかできなければこれのままでも失敗だと言える。
「なに? 信用しあっているからなの?」
「どうだろ」
それよりいまはお風呂の時間だ、早く入りすぎてもそれはそれで微妙になる。
適度に時間つぶしをしない限りは十九時までにはやらなければいけないことが終わってしまうから難しい。
「八敷ちゃんを頼り過ぎたらいまこうしている意味がなくなるからなー」
「口にしない」
「あ」
こういうところも含めて変えていくんだ。
できる、こんな私でもなんとかできる。
「結月、アイス」
「あむ、んー、美味しい」
「……食べろじゃない! 買ってって頼んだの!」
もう既に一個買ってあったのにそれは欲張りというものだ。
完全に消し去る必要はないんだろうか? 甘えながらでもまた鉄也と上手くできるのかな?
結構なんでも言ってくる彼女といても嫌な気はしないからそう極端な行動も必要ないのでは? と自分に甘い人間は考える。
「ねえ、やっぱりこんなこと必要ないのかも」
「……自分が言ったことぐらい守るんでしょ?」
「上書きしたらそれも自分が言ったことだよ」
「はあ、こいつ駄目だわ……」
駄目で結構、こうなったらもう行くしかない。
「はい、え」
「ごめん、やっぱり必要なかったことに気づいて」
少なくとも数日は離れても大丈夫だと分かったことはいいことだと言える。
これを活かして相棒といながらでも上手くやっていくのだ。
頼り過ぎなければ八敷ちゃんだっていてくれるんだから大きな変化だった。
「……もしかして八敷は巻き込まれたのか?」
「そうだよ、あんたが止めないからでしょ……」
「上がってくれ、家の中でも話せるからな」
正直、来ることはあっても行くことはなかったからかなり久しぶりだった。
彼の家は私の家と違って一軒家だから普通サイズだった。
床に転んでも他者が動きづらいなんてことにはならない感じ。
「結月、ちゃんと飲んでおけよ」
「うん、ありがと」
冷たいお茶が美味しかった。
さっきまで喋ったりアイスを食べたりしていたからなおさらそう感じる。
「で、急に決めて急にやめたくなった、ということか?」
「そうだよ、こいつが急にね」
勝手に進めてくれるならありがたいとまで考えて、これでは意味がないとちゃんと座り直した。
近くに戻ってもやらなければいけないことには変わらない。
また、勝手なことをしてしまったわけだからそもそも相棒が許してくれるかどうかも分からないからだ。
「はは、結月らしいな」
「ちょっと鉄也、あんた甘すぎ」
「そうか? 俺はちょっとでも頑張ろうとしてくれたところが嬉しいからさ」
嬉しい……とか感じている場合ではない。
でもいつ、どこで口を挟めばいいのかが分からない。
変に出しゃばると「うるさいわよ」とか彼女に言われかねないから。
「はぁ、あんた結月のなんなの?」
「俺は――」
なんか嫌だ、その先を聞きたくない。
最後まで知らなくていい、というか、流れで知ってはいけないことだった。
「鉄也は幼馴染だよ!」
「う、うるさ……」
「ごめん……、あっ、今日はもうこれで帰るね!」
相棒、鉄也には特に謝罪をしておいた。
だけどこれだけが自分が決めていたことの全てではないから決めたことを守るために家まで走って帰った。
「結月、お疲れさん」
「鉄也もね、お疲れ様」
授業を受けて帰るだけならいいんだけど、委員会とかがあるとなんか違う意味で疲れる。
こういうときこそ相棒の足を借りて天井でも見ていたいところだ、でも、あれからやめていることだからそれはできない。
「今日結月の家に寄るわ、ちょっと疲れたから」
「それはいいけど、それなら家で休んだ方が、ぶぇ」
「最近は誰かさんのせいで誰かさんといられなかったからな」
といっても一週間もできなかったからちゃんと見てみたら情けない結果だ。
八敷ちゃんがちくりと言葉で刺したくなる気持ちが分かる、相棒も相棒で私に対して物凄く甘いから。
「ふぅ、やっぱりここも自宅みたいな感じだ」
「いつでも来てくれればいいよ、私からしたら得しかないんだし」
「でも、俺らは同性ってわけじゃないからな」
こちらから離れることはもうしない、はちょっと違うか、相手から離れてほしいと言われるまでは離れないと決めていた。
だからどうこう言われても私は私のままだ。
「鉄也の自由だよ、でも、来てくれるということなら私は嬉しいよ」
「……よせよ、なんで今日はそんな感じなんだ」
「あのちょっとの時間でちょっと成長したのかもしれない」
「まあ、結月だって頑張っているんだからな」
頑張って……いるかなあ?
結局、相棒の優しさを利用してしまっただけの話なんだから。
自分のことだけを考えるならそれでもいいんだけど、自分のことだけを考えて行動するのは現実にはよくないことなんだ。
「逆に俺はなんにも頑張れていないな」
「え、なんで、授業だってちゃんと集中しているよ?」
「四月から見ていないだろ、最近は集中できていないからな」
「いやほらっ、テストの結果とかだって平均より二十点も高いじゃんっ」
「テストができればいいってわけじゃないだろ」
いや、テストで高得点を出すために勉強をしているんじゃないか。
それが成績に直接影響するわけだし、本番だけしっかりできてしまえば問題にはならない……はずなんだけど、鉄也を見たら言えなくなってしまった。
これは本当にそう考えている顔だ、小さい頃からいるからよく分かっている。
「結月、こっち来てくれ」
「うん、え、な、なに?」
りょ、両肩を掴まれてもどうしようもない。
別にこれ以上そんなことないとか言うつもりはないから安心してほしい。
なるべくを意識して一応こっちも頑張っているんだから……。
「……なんか結月の目を見たら落ち着けた」
「だけど慣れなかったんじゃ……」
「今回は違った、奇麗さがよかったんだろうな」
「え……」
明らかに影響力が自分で言うのとでは違う。
「そうだ、ご飯でも作るよ」
「……一緒に食べてくれる?」
「結月がいいなら」
「じゃあ今日は一緒に食べようよ!」
「なんか元気になったな」
私はいつでもこんな感じだ、私らしくいることで鉄也になんらかの安心感を与えられるということなら頑張りたい。
これならできる可能性の方が高い、自分らしくいるだけでいいということなら無理難題というわけでもない。
「手伝うよ」
「そうか? じゃあ一緒にやろう」
いつかは鉄也のためにお弁当を作ったりしたい。
自分らしい返し方というのが探せばきっと見つかる。
というか、本当はいまだって華麗に作って「美味しい」と言ってほしかったのに。
「美味しいな」
「うん、鉄也が主に作ってくれたから」
「結月だってやっただろ?」
「じゃあふたりでやったから、かな」
こういう時間、好きだな。
当たり前だと考えてしまうのは駄目だけど、いつまでもこの時間が続けばいいのになんて考えしまう。
「結月、おーい、洗い物するから貸せよ」
「私がやる、鉄也はもう帰らないと」
「……まだいていいか?」
「私は嬉しいけど……」
「俺なら大丈夫だから、今日は母さんも早いからな」
それでも洗い物はささっとこちらがやってしまう。
ちょっとずつ頑張ることで安心してほしいという狙いがある。
それで鉄也もいつも通りの私を見られて多少は……。
「ほら、来いよ」
「あ、それはもうしないって決めたんだ」
「嫌なら嫌でいい、だけど嫌じゃないならさ」
駄目だ、相手がいいと言ってくれているならと負けてしまう。
だから結局、数秒後にはこちらが、
「たまには鉄也がされてよっ」
い、いやっ、変わると決めたんだから必要なことなんだ。
返事を聞くよりも早く押さえつけるようにしてしまった。
「ぐぼっ」とかなんとか漏らしていたから少し不安だけど、うん、よかった。
「……なんか違和感しかないよ、俺がこうして結月の顔を見上げているなんて」
「普通はこうだから」
「普通なんて人それぞれで違うよ、あくまで俺達にはあれが正解だったんだ」
「確かに下から見る鉄也というのもいいけどさ、こうして甘えてくれている鉄也を見られるのもいいんだよ」
強制的にそうさせただけだろと言われればそれまでのことだ、もしかしたら首も痛めてしまうかもしれないから何度も使えないことだ。
「俺は結月に甘えてほしい、あの時間は好きだったんだ」
「そうなの?」
「ああ、だからさ」
「……分かった」
それでいつもみたいに頭を預けたところでインターホンが鳴った。
一回、二回、三回、……止まる気配が感じられない。
「俺が見てくる」
「え、危ないよ」
「いや、なんか大丈夫な気がするんだよな」
無根拠すぎる、勘だということなら過信しすぎだ。
でも、結局彼は出てしまって、数秒後には八敷ちゃんを連れて戻ってきた。
全く気にした様子もなくふたりは楽しそうに話しているだけ、一瞬、ここが自分の家なのかどうかが分からなくなってしまった。
「鉄也、どうすれば引かれている線を超えられる?」
「そんなこと聞かれてもな……」
引かれている線? 引いている線ではなくて?
普通はここまでならいいという線を自分で引くはずだ。
他者もみんなそれをしている、だからこそ難しくなっているわけで、じゃない!
「ちょ、ちょっと待って、もしかして八敷ちゃんって相棒に……」
「もちろん相談しているに決まっているでしょ、あんただけにするわけがないよ」
別にそのことは気にならない、だけどそうだったのか。
じゃあなんにも知らないのは彼女が好きな稲澤君だけだということになる。
複雑化しないでくれたらいいんだけど……と願っていることしかできなかった。
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