第231話 一ヶ月ぶりの来訪
相変わらず商会の方は忙しい。
10月3日、ついにバーリガー家とモーファット家から森林鉄道・軽便鉄道パッケージを受注した。
どちらも総延長
早速土木課員と営業担当、そして統括責任者としてヒルデ課長を組にして現地に送り込んだ。
特に問題が無ければ11月までには起工。
1月末までには工事を完成させ車両を搬入。
試験走行を何度か繰り返した後、2月中旬には引き渡す予定だ。
◇◇◇
そして10月15日。
予想していたようなそれでいて予想外の訪問者がやってきた。
「久しぶりだな」
「ああ。1月ぶりだ」
カールだ。
元工房長からローチルド領領主代行代理と肩書きを変えて、此処へ客としてやってきた訳だ。
さっそく商会長室で話を聞く。
「どうだ、新領地の状況は?」
「最悪だ」
カールはわざとらしく鼻を鳴らした後、続ける。
「俺が知っている頃より数段酷い。まともなのは港と領主館だけだ。農業は崩壊しているし水産業も自活+α程度。
領民も結構逃げていて住民台帳があてにならない。なんで住民台帳の確認を実施中だが予想では概ね総人口5~6万人。領内総生産の実態は子爵領どころか王家直轄領の区程度だろう」
直轄領の各区人口は一部例外を除き5千人~3万人。
ちなみに子爵領は5万人以上。
なお領主家の伯爵から子爵への降爵条件は『人口10万人、標準税収が
仮にも元侯爵領でそれは何と言うか、それは……
「酷いな。よくそれで侯爵領が成り立っていたもんだ」
「成り立っていないな、まったく。騎士団の運営費から一部を脱法的に転用して、あとは領民から独自税を搾り取ってごまかしてきたようだ。
あとは北方交易の利益をスカム商会に前借りしたりとかな。この様子じゃ今回の異動がなくても5年しないうちに領地全体が潰れていただろう」
なるほど。でも、それなら。
「予算の脱法転用とか交易の利益前借りとか大丈夫なのか?」
法律的にも契約的にもまずい気がする。
「その辺りも現在調査中だ。あとは第三騎士団の定員ごまかしなんてのもある。総勢三千名の筈だが実際には7割がやっと。そうやって費用を浮かして流用していたようだな。
まあ定員ごまかしについては既に軍務庁も知っているようだ。第三騎士団の定員削減というのは実情にあわした形にするなんてのが本当の目的だろう。
いずれにせよ不正関係はまとまり次第国王報告だな。債務も不法な契約もこっちの責任じゃない。こっちがやるべきなのは調査と報告だけだ。
その上でどう処理するか、そして現ゼメリング家をどうするか。そっちは国の仕事だな。
それにこっちがやらなきゃならないのは調査だけじゃない。領内経済の立て直しもだ。
ここまで人口が減っていると逆に対策が取りやすくて良いかもしれんがな。規模が小さい分、絶対的な費用がかからないで済む。それがいい事かどうかは別として」
何と言うか、まあ。
「対策が取りやすい事は確かだな」
カールは苦笑いをしつつ頷いた。
「ああ。ただ今年分の食料を買い込むにも輸送手段が必要だ。スカム商会に高い金を払って中部から輸送させるなんてのは最小限にしたい。
そんな訳で商談だ。今日ここへきたのは鉄道の敷設及び運用依頼。
鉄道は高速線ではなく一般本線規格の単線、メッサー海水浴場からディルツァイトの
カールはアイテムボックスから書類束を出して僕に渡す。
それにしてもメッサー海水浴場からディルツァイトか。
確かにこの線路は元々ディルツァイトを目指したものだ。
しかし今はフェリーデ北部縦貫線が通って、各領都を結んでいる。
ならば。
「北部縦貫線からのルートはいいのか?」
「そこまでの需要は今は無い。作っても維持する金が無駄だ。
勿論俺が掘って維持する事は可能だろう、技術的にはな。しかし実際はやるべき業務が多すぎて手が回らない。
だから領内の一番人口が多い部分を優先させて、工事も運営も北部大洋鉄道商会に一括で委託する」
なるほど。
カールらしい合理的な判断だと思う。
「俺が立てた計画案をざっと説明する。駅はメッサー海水浴場を除いて5駅。途中2箇所で行き違い可能。ただ詳細は
一応ローチルド領内に関しては土地の確保と整地は済んでいる。スティルマン領内についてもイザベラが交渉に行って了解を取ってきた。これが許可証と許可内容説明書だ。
その上でまず、線路の敷設や駅舎の建築等を
ここも少し疑問を感じる。
「カールがいるならそっちで工事した方が早くないか?」
「さっき言った通りそんな余裕はない。俺がやらなければいけない事は山ほどある。それに領内にそれが可能な人材も商会もない。だから出来る限り外注する方針だ。
それに自領でやるなら鉄を交易で入手してレールや部品を作る必要がある。だったら製鉄場から鉄を直接買い付け可能で部品も多く製造している
費用だってむしろ安く済む。他の領地の場合は領内業者に金を落とす意味で工事をやらせるなんて事も必要だろう。しかし今のローチルド領はその必要はない。産業がほとんど死んでいるからな。
それに今後のメンテナンスの事もある。だから全部お任せにしておいた方がいいだろう」
なるほど、理解した。
相変わらず合理的かつ切れ味がいい。
「わかった。それじゃ
「早急に頼む。今は領外との交易がスカム商会の船運しかない状態だ。
鉄道でガナーヴィン市場から買い付けが出来れば大分安く上がる。その分を領の再開発に当てられる」
何と言うか、とんでもなく領地の状況が厳しそうだ。
ただこちらとしても出来る事には限りがある。
「わかった。ただ土木課の連中は現在事務担当しか残っていない。他領の森林鉄道と騎士団の搬送用新線工事で魔法使いはエドモント顧問以下出払っている」
「調査だけなら土木側は必要無い。さっき言った通りローチルド領内の予定地部分は此処へ来る途中に整地まで済ませておいた。
あと地質についてはスティルマン領内部分を含め確認した。
確かにカールならそれくらい可能だろう。
何せハリコフに高速鉄道の実験線
あの時作業したのはカール、ケルディック、マリオの3人。
そして予定地は地盤ぐずぐずな塩性湿地帯。
そこを地盤改良、造成、路床工事、高速鉄道用の複線、それも片方は三線軌条なんて内容で工事したのだ。
それに比べれば今回は普通の地盤の場所を整地するだけ。
単線分の幅で、地図通りに伐採、除草して造成する程度、カールなら歩く速度、いや小走りくらいの速度でも出来るだろう。
それくらいの化物なのだ、カールは。
僕はその事をよく知っている。
でもそこまでやるなら……
「やっぱりカールが自分でやった方が早くないか?」
「最大の問題は線路と資材の調達と搬入だ。今の俺ではその辺が出来ない。なら全部
「わかった。何ならこの後ファウチ先生やエルリッヒ部長、あと営業部に直接話を通しに行くか」
「ああ、その方が早いだろう」
「わかった」
僕とカールは同時に立ち上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます