第229話 不安なニュース

 本日、王都バンドンで新たな貴族人事異動が発令される。

 父やローラはそれに伴う式典に出かけた。

 ローラは式典に出た後に幾つかのパーティ等に出て、明後日の昼に帰領予定。

 父は政務院の定例議会やなんやかんやで10月中は行ったままになるだろう。


 さて、そういった状況に関係しているのか関係していないのかはわからないが、面白いニュースが飛び込んできた。


「南部で新たな鉄道計画が発表されたそうです。こちらが発表内容掲載の新聞の写しで、こちらが今までの状況経過等、関連情報になります」


 勿論この鉄道は北部大洋鉄道商会うちが作ったものではない。

 マールヴァイス商会系、新聞見出しによるとマリウム商会によるものだ。


 この情報を持ってきてくれたのは企画部のダニエル君。

 毎日全国各地の新聞や公開情報で情報探索し、関係部署に情報提供するという担当である。


「ありがとう」


 彼から資料を受け取ってまとめを斜め読みする。


「なるほど、スコネヴァー領リドラムからリゼルまで、スコネヴァー領とカーライルを通る海沿いルートとした訳か」


「ええ。あくまで噂ですがゴッタルド侯爵家へ対して相当な金が動いた模様です」


 つまりは金で解決した訳か。

 それはそれで方法論のひとつではある。

 僕としては使用するつもりもそれだけの余裕も無いけれど。


 資料を読みながらわかりにくい点をダニエル君に質問する。


「鉄道そのものはマシオーア領で既に開通済みのものと同じような形式と判断していいのか?」


「そのようです。日刊情報紙によれば、『大きな軌間で輸送力が高い最新の鉄道技術を導入』とあります。これはマリウム商会が既に展開しているマシオーア領の鉄道を指しているだろうと思われます」


「なるほど」


 技術的な関心を持てるような内容はなさそうだ。

 しかしデザインとかはどうなのだろう。

 気にはなるけれど、鉄としての関心事項はとりあえずこの場では後として。


「この計画を受けて、他の領主家等がどう動くかについての情報はないか?」


「日刊情報紙にそれらしい事が書いてはあります。ですがこれは多分にマールヴァイス商会の願望か世論工作ではないかと思われます。

 他の新聞や公開情報では今の所そういった情報はありません」


 日刊情報を発行しているフェリーデ中央情報商会はマールヴァイス商会傘下。

 だからその見立ては正しいだろう。


 その辺りについてはローラが帰宅してから聞いてみるのが一番良さそうだ。

 現に今、王都バンドンへ行っているし、姉はグリノック伯爵家の領主代行夫人。

 だからそれなりの情報は入ってくるだろう。


「わかった。それではあとはこの報告と資料を読んで確認する事にしよう。ありがとう」


 ダニエル君が去った後、報告書や新聞、資料などをじっくり読む。

 新しい鉄道は王都バンドンからリゼルまで直線ではなく、海沿いをぐるっと回るルートだ。

 具体的にはスコネヴァー領リドラムからスコネヴァー領都のバルダキ、更にカーライルの領都ワネオラを通りリゼルへ至る。

 

 リドラムは王都バンドンから11離22km

 リース川を渡れば国王直轄領という場所にある。

 此処をダラムのような王都バンドンへの窓口とするつもりだろう。


 リゼル側の終点はゴッタルド領主館から北西に2離4kmの場所にあるヴァレット港の、ヴァレット総合市場隣接地。

 海運や市場との連携を図ってだろうか。

 単にマールヴァイス商会が権益を持っている場所を選んだだけなのか。

 その辺りは今の僕ではわからない。


 驚くべきなのは予定されている列車の速度。

 新聞に掲載されている計画ではリドラムからリゼルまで72離144kmを1時間で結ぶとある。

 この通りに受け取ると、表定速度も当然時速72離144kmだ。


 ちなみにフェリーデ北部縦貫線の最速の特急で、ダラム~ガナーヴィン間は1と60半38時間1時間38分

 表定速度で時速51離102kmちょい。

 最高時速80離160kmで走らせてもこれなのだ。

 

 今回発表された新路線、ルート的には直線で描けない。

 よほど土地収用や土木工事を上手くやって高速走行に適した線形にするのだろうか。

 線路や軌道も現在使用している土属性魔法で岩盤化してレールを固定する直結軌道ではなく、もっと高速に適した方法にして。


 それともよほど強力な車両を新開発するのだろうか。

 マリウム商会の既存鉄道での最高速列車は、フラボルーテスと呼ばれる機関車2両で8両までの特別客車を挟む形式。

 最高運転速度は時速80離160kmとされている

 現在のマシオーア領やマルケット領の路線ではそこまでの速度を出していないようだけれど。


 これより速く走れる車両を新開発するつもりなのだろうか。

 線路も今までと違う構造のより高速に走れるものにするのだろうか。

 あとは安全装置、既存のマリウム商会の鉄道ではATCどころかATSすら未整備だが大丈夫なのだろうか。

 

 鉄としては広軌の高速新線なんてロマンを感じる。

 しかし現在マリウム商会で使用している技術を考えると危機感しかない。

 本当に大丈夫なのだろうか、こんな計画で。


『これ以上俺達が手を出せる事はない。だから祈れ。せめて犠牲者が1人でも少なく済むように』


 カールがそう言っていたのを思い出す。

 奴もこの情報を知っているのだろうか。

 知ったらどう反応するのだろうか。


 そして今、奴は何処で何をしているのだろうか。

 かつてのキットの予想によるとイザベラ領主代行の領地入りは明日。

 だからそれに同行するとは思うのだけれど。



※ ATC

  自動列車制御装置のこと。Automatic Train Controlの頭を取ったもの。

  名前は『自動列車制御』とあるが、

   ○ 発進や加速から減速、停止まで全部自動

というわけでは無く、

   ○ 制限速度を運転士に現時で表示しながら速度超過時に自動的にブレーキを制御して速度を落とすシステム

で、衝突や速度超過による事故を防ぐためのもの。


  なお『発進や加速から減速、停止まで全部自動』の場合は、自動列車運転装置(Automatic Train Operation 略してATO)と呼ばれる。


  なお大阪南港のショッピングモールもATCだが、当然このお話に出てくるものとは関係無いから念の為。


  

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