第203話 怪しい果物

 クレアさんは領主代行として、領騎士団による警戒強化や出動準備、更には王立騎士団の受け入れ態勢なんて事をやっているのだろう。

 温泉に戻ってくるのは無理そうだ。


 パトリシアと同じ年齢なのに大変だな。

 そう思いながら魔力探知で皆を探す。

 大浴場ではない方向に固まっているようだ。

 風呂を出て、客室でだべっているという感じだろうか。


 渡り廊下を通って宿泊棟の建物へ。

 宿泊棟は1階建ての巨大な長屋3軒が繋がった構造をしている。


 どの長屋部分も作りは同じ。

 北側が廊下で、その南側に客室が7室、横並びに並んでいるという構造だ。


 客室それぞれには

  ○ トイレ

  ○ 洗面所

  ○ リビング

  ○ 寝室

  ○ 内風呂

  ○ ミストサウナ

がついていて、更に庭側に

  ○ 足湯

  ○ 露店風呂

があり、小さいがそれっぽい庭もあるという構造だ。


 なお以上の事は決裁だの報告書だのを読んで知っているだけ。

 実際に僕の目で見て体験した訳ではない。


 ゼメリング家の件については勿論気になる。

 しかし事務所にいても出来る事はほとんど無い。

 ここはスパッと気分を切り替えよう。

 この『観光推進部がウィラード領と合同で滞在型観光宿泊施設の見本を目指して作った豪華施設』をとことん体験させて貰うのだ。


 さて、今回は手前側の宿泊棟が僕達の宿泊する場所となっている。

 そして皆さんの反応は手前の部屋。

 魔力を確認するに、やはりクレアさんは戻っていないようだ。

 やはり戻ってくるのは無理だろうな、そう思いつつ一番手前の部屋の扉を開ける。


「リチャード、お帰りなさい」


「お兄、お疲れ」


 一区画でもリビングはそこそこ広い。

 そして寝室との間の壁は折りたたんで収納出来るようになっている。

 繋げて仕舞えば10人でうだうだしていても狭くは感じない。


 内装はよくある貴族館様式。

 内壁は白い岩壁で、床は磨いた石の上に分厚い絨毯。

 天井は白く着色した銅板貼り。

 所々にある柱や窓枠には黄銅や焼き物の装飾がついている。


 この様式、元々は魔法で燃えないようにという実用を考えた作りだったらしい。

 しかし時代が変わるとともにこれが貴族の建物様式ということになり、現在に至る。

 断熱効率は悪いが、貴族は魔法を使えるので問題無い。


 とまあそういう部屋の造りだ。

 フェリーデこのくにの高級宿としては無難だと思う。


「お仕事は大丈夫ですか?」


 ローラに僕は頷いてみせる。


「とりあえず一段落した。あとは夜にもう一度確認があるかもしれないけれど、とりあえずは大丈夫だ」


 そう思いたい、というのは言わないでおく。

 

 さて、皆さんは2部屋のテーブルを繋げた状態で何かを囲んでいるようだ。

 何だろう。

 ローラの隣で空いている席につく。


 何かはすぐわかった。

 皆さんのお土産の品評会だ。

 ローラが持っていた筈のブルーベル特製ケーキ類とかも出ているから。


 ワインとかブランデー、ドライフルーツ、ジャム等はきっとエリオット&エミリーさん夫妻だろう。

 ブローダス領農業振興公社の製品や試作品。

 他には王都バンドンの王室御用達ブランドのチョコレートやクッキー。

 砂糖がかかった揚げパンっぽいのもある。


 しかし一番目立っているのは怪しいフルーツ群だ。

 どう見てもドリアンとしか思えないトゲトゲの代物。

 落花生の豆っぽいボコボコで覆われている黄緑色の謎の物体。

 ぶっとい茎とへたがついた濃い茶色の果実。

 どれも甘く独特な臭いを放っている。


「これは見た事が無いフルーツだな」


「でもリチャード兄ならひょっとして知っているんじゃない?」


 すぐにわかるのはドリアンだけだ。


「とりあえずこの緑のトゲトゲの奴は本に載っていた。臭いは凄いらしいけれど、味は上質なカスタードクリームみたいな感じらしい。何かの本で読んだ気がする」


 そこまで言ったところで、残り2つもそう言えばと思い出す。

 緑のは釈迦頭で、茶色いのはマンゴスチンだ。

 夏休みの取り残しを9月頭に消化した際、訪れたタイで食べた覚えがある。


「あとは自信は無いけれど、このボコボコしているのは中の白い部分がシャリシャリしつつねっとり甘い味。こっちの茶色のはやはり割ると中に白い部分があって、口のなかでとろけるような感じ。確か甘くてちょっと酸味がある感じだと書いてあった。


 どれもフェリーデこのくによりずっと南の方の果物と書いてあったと思う。季節はまさに今頃が旬じゃなかったかな」


 9月に行った時にバンコクのスーパーに並んでいた事からの類推だ。


「やはり南の果物でしたか。先日王都バンドンの市場で購入したのですが、詳しい情報が全く無かったのです。どうやって食べるか、どんな味かという情報も」


 ゲオルグ氏が入手してそのまま持ってきたようだ。

 しかしちょっと待って欲しい。


「そんな情報無しの状態で売っている店があるんですか?」


「珍しい食材を片っ端から仕入れて売っている店があるんです。外れも多いですけれど面白い物が見つかったりするので、役所帰りによくのぞいたりしています。

 ただそういう仕入れ方なので、店主も知らない品物が結構あったりします」


 うーん、そういう店が成り立っているのか。

 普通の街では無理だろうな。

 それなりにお金持ちが多い場所でないと。


「さすが王都バンドンですね。そんな店まであるんですか」


 小中高等教育学校で合計9年いたけれど、全然知らなかった。


「一般的な店ではないと思います。南の市場の外れ、すごくわかりにくい場所にあるお店ですから。

 ゲオルグが美味しそうな臭いがするって言って見つけたのですけれど」


 ゲオルグ氏、臭いでそういう店を見つけるとは。

 なかなか強烈な能力の持ち主だ。

 パトリシアが『食道楽は私以上』と言っただけある。


 あ、そうだ。

 ドリアンと言えば注意事項があった。


「あとこのトゲトゲの果物、アルコールと一緒に取らない方がいいとも書いてありました。念のため気をつけた方がいいでしょう」


「どれどれ、少し調べてみましょう」


 エリオット氏がドリアンとワインの瓶を近づけ、何かの魔法を起動する。


「なるほど。この組み合わせではガスが大量に発生する、また血を流す勢いが必要以上に強くなるという可能性があります。毒という程ではないですけれど、やめておいた方が賢明なようですね」


 どうやらエリオット氏、医療系の判別魔法を使えるようだ。

 農業公社で使うからだろうか。


 しかし公社長自身が使える必要は必ずしも無い。

 貴族出身の公社長の場合、長というのは名目だけで業務らしい事は何もしないというのも珍しくないのだから。


 ならばエリオット氏、それなりに開発等にもタッチしているのだろうか。

 だとしたらなかなか頑張っているなと思う。

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