第46章 表面上は平穏な夏

第191話 6月~7月の状況

 今のところ北部大洋鉄道商会には、ダーリントン領以外での鉄道路線新規案件は入っていない。


 きっと今は鉄道による経済への効果を計っている時期なのだろう。

 フェリーデ北部縦貫線と領都連絡線で地理的に重要部分をカバーできているというのもある。


 貨物輸送や通信事業の体制が需要と見合ったものに落ち着いた5月半ばで、北部大洋鉄道商会うちの方は一応落ち着いた。

 観光開発部の温泉施設プレオープンとか、百貨店もどきの増床なんてのはあったけれど、それくらいなら大した事はない。


 我が家的に言えば6月、ニーナさんがついに結婚したなんてのがニュースというか新たな変化だ。

 相手は北部大洋鉄道商会の技術部というか工房のエルダ主任。

 折角なので思い切りお祝いさせて貰った。


 ふたりの家は北門とうちの屋敷の中間地点に既に購入済み。

 結婚式当日の後、休みを3日取った後は家から通うそうだ。


 ただニーナさんはうちの家宰で、今までは我が家に泊まり込んでいた。

 一方エルダ主任は工房の製作ジャンキー一味の1人。

 寮に帰らず工房に泊まるなんて日が多かった模様。


 だから2人には毎日遅くなってもいいから必ず家に帰るようにと言っておいた。

 今後もある程度はその辺を気にしておこうと思っている。

 一応どちらの上司でもあるので。 

 

 他にも6月には個人的にそれなりの事件があった。

 しかしそれは今は語るべき内容ではない。

 だから置いておくとして。


 ◇◇◇


 7月10日、家に帰った後、ローラからこんな話が出た。


「今日は2つニュースがあるんです」

 

 聞いても大丈夫なニュースだと表情でわかる。


「何かな?」 


「まずひとつ、セリーナ様がご懐妊なさいました。男の子だそうです。順調にいけば来年3月から4月頃、お生まれになるようです」

 

 兄夫婦は結婚後10年以上子供に恵まれなかった。

 だからもう、それだけでも朗報だ。 

 シックルード家としても次々代が生まれてめでたい。

 

 更にこれでヘンリー兄も嫌々宮仕えする必要がなくなる。

 これでスウォンジーに戻ってきて鉄鉱山や森林公社を継いでくれれば、僕としても万々歳だ。

 なおヘンリー兄には長男長女がいるけれど、2人とも王都バンドンの初等教育学校に入学済み。

 初等教育学校から高等教育学校までは全寮制だから、異動しても問題は多分無い。


「あとでお祝いを贈ろう。何がいいかな」


「今週の週休日にでも探しに行きましょう。それまでにセリーナ様に御希望を聞いておきますわ」


「助かる」


 セリーナさんとローラは仲がいい。

 一緒にお出かけをするなんて事もよくやっている。


 勿論このお出かけは社交という名のお仕事だ。

 ローラは現在、王都バンドンでの社交の場に週に1~2回ほど出ている。

 今回の情報もそういった機会に知ったのだろう。


「でもセリーナさんがそれなら当分の間、社交関係はローラに負担がかかるだろう。大丈夫か?」


「大丈夫です。知り合いが多いですから。それに今は北部の領主家関係の参加者が多くなりましたから大抵の事は数で通せます。これも鉄道のおかげですね」


 今は鉄道があるから、日帰りでもかなり遠くまで出かける事が出来る。

 1泊2日あれば王都開催の舞踏会や晩餐会だって余裕だ。 

 更に領主家その他貴族家の集まりも王都バンドンだけでなくダラムのダーリントン伯爵家別邸でやるなんて事が多くなった。


 フェリーデ北部縦貫線が走っている領地は、王都バンドンまででも割と気軽に出る事が出来る。

 その為今まで参加しなかった領主代行夫人等も王都バンドンでの社交行事に積極的に参加するようになったらしい。


 そういった行事での戦いは基本的に言葉で行われる。

 しかし人数が多ければそれだけでかなり有利。

 たとえ言葉の上で勝ったとしてもその勝利を他の皆さんが認めなければ意味が無いという訳だ。


 今まで圧倒的に優位だったのは中央貴族だった。

 しかしフェリーデ北部縦貫線沿線の領主家が今は押している状況だそうだ。 

 この辺りはローラに聞くまで僕が知らなかった世界。

 まさか鉄道が社交界の戦況に効くとは思わなかった。


「次のニュースはシアちゃんからです。ちょうどいい料理人候補がやっと見つかったので、8月1日付でこちらに向かわせるそうです。

 給与はブローダス家の方から出すそうなので、こちらでは出さなくていいと言っていました」


 今ではローラ、パトリシアの事をシアちゃんと呼ぶ。

 仲間内では元々そう呼んでいたそうだ。

 単に僕の前では皆さん余所行きの言葉使いに変えていただけで。


「8月か、結構かかるな」


「此処へ来るまでに料理について一通り出来るよう教育するからと言っていました。人選に今までかかったのは性格や能力、あとブルーベルさんと仲良く出来そうという条件で探した結果で、15歳の女の子だそうです」


 平民の場合15歳なら立派に成人だ。

 年下の同性ならブルーベルでも多分大丈夫だろう。


「わかった。ブルーベルやニーナさん達には言ったか?」


「ええ、既に連絡済みです」


「ありがとう」


 さて、実は僕の方もローラに伝える事項があったりする。

 ちょうどいいから言っておこう。


「そう言えば頼まれていたサルマンドの温泉宿の件、無事に宿を確保出来た。9月1日の正午から3日の11の鐘まで完全貸切だ」


「ありがとうございます! これで皆に会うのが楽しみです!」


 これはローラと仲が良かった御嬢様方の同窓会企画だ。

 まあ実際はパトリシア辺りが発案したのだろう。

 奴はそういう楽しそうな事は思いついたらすぐに実行しようとする性格だから。


 ただ僕としてもちょうどいい機会だった。

 何せ商会長の癖にあそこの温泉施設、行った事が無かったのだ。

 

 いや、開業式典には行ったのだ。

 しかし温泉に入ることなく日帰りで帰ってきた。

 残っている仕事と警備の都合とで。


 岩を掘り抜いたり巨大な切り株を使ったりした浴槽。

 サウナ、歩行湯、流れる風呂など盛りだくさんの内容。

 これらを見つつ、入浴すること無しに帰ってきたのだ。

 心の中で血涙を流しながら。


 いつかこの恨み妬み、いや羨望を解消したいと思っていた。

 そのいい機会でもある。


「それでは早速、皆さんにお手紙を出しますね。でも直接会って話した方が早いでしょうか。特に王都宛ての手紙は日数がかかりますから」


※ 個人的には6月頭に

  『異世界鉄道おまけ 異世界ロボット』おまけ1~おまけ終話参照

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