第168話 最後まで疲れた
あらかじめ密議をしていたらしいお兄様方に勝てる訳は無い。
結果、条件を丸呑みという形になってしまった。
もちろん
利益も人材育成に必要な期間等も全て考慮した上で、こちらに達成可能な程度だ。
ただ僕自身としては何と言うか、微妙にもやっとするのだ。
お兄様絡みの件ではいつものことではあるのだけれども。
さて本当なら警備の関係もあり、素直にスウォンジーに帰るべき所だ。
しかしジェームス氏の前で
「そう言えば
僕はこういった機会じゃないと外歩きが出来ないしさ。折角だから一緒に行ってみていいかい?」
おい、僕はまっすぐスウォンジーに帰って
なんて思ってももう遅い。
それにそんな事、ジェームス氏の前で言うという事は……
「どんな事をやっているのでしょうか?」
「鉄道が通っている沿線の名物食材を一同に集めて売っているそうだ。海から山まで担当者が実際に行って買い付けてきたものを並べているらしいね」
観光開発部がやっている沿線特選市だ。
「そんな事をやっていたのですか」
ああ、ローラにも気付かれてしまった。
そして更に。
「そう言えばリチャードさんからハリコフ市場前のイベントスペースを使う申請が出ていましたけれど、それでしょうか。
確かに楽しそうですね。良ければご一緒していいでしょうか?」
ジェームス氏の言葉で僕は悟った。
ああ、これも茶番だ、最初から計画済みだったのだと。
勿論ローラは巻き込まれただけだ。
しかしウィリアム兄とジェームス氏は間違いなく当初からその予定だっただろうと。
しかしまあ、領主代行なんてのはおいそれと外をふらふら出来る立場ではない。
だからこういう機会があったら出かけたくなる気持ちもわかる。
仕方ない。
「ゴーレム車を出しますよ」
スティルマン家のゴーレム車でハリコフ新市場へ直行だ。
駅前広場でゴーレム車を降り、イベントスペースへ。
「広くて綺麗な場所ですね」
クレア嬢が言う通り、広くて新しくて綺麗な場所だ。
駅と新市場両方に直結していて便利でもある。
「ガナーヴィンを引っ張るような新しいイベント等が出来ればと思って作った建物です。こういった催し物の他、新商品の見本市や、芸術品の展覧会等にも使われています」
『沿線特選市~美味しいもの、集めちゃいました~』
此処ではない何処かで聞いたようなフレーズが書かれた、大きな看板があちこちに出ている。
「かなり賑わっていますね」
会場は結構広い筈だ。
しかしローラの言う通り人が大勢いる感じがする。
大丈夫だろうか?
「警備的に大丈夫ですか?」
念のために両領主代行に聞いてみる。
あわよくば帰りたい、そう思いつつ。
「今回は問題無いさ。そちらもそういう警備をつけてあるんだろ、ジム?」
「ええ。全員バラバラに見て回っても問題ありません」
最初からここへ来るつもりで、警備要員もそれなりに確保しているようだ。
なんというか準備周到すぎる。
ここは諦めるしかないだろう。
「それじゃ見て回りましょうか」
領主代行2名とそれ以外3名に別れ見物開始。
「何と言うか熱気が凄いですね、でも確かに美味しそうなものばかりです」
会場は広い。
日本で言うと学校の体育館くらいあるだろう。
その中に出店がずらっと並んでいるという形だ。
しかもどの店の前にも客がいるという状態。
「出店数が50店舗、扱いが500品目以上と書いてあります。ただこれだけのお店をどうやって集めたのでしょうか?」
これはクレア嬢の質問。
しかし残念ながら僕もその辺、よくわからないのだ。
「観光開発部が独自にやっているので、僕もあまり細かくは知らないのです。実際にあちこち回って買って調べてはいたようでしたけれど」
この辺は部長のゴードンと平商会員のノーマンのコンビのせいらしい。
『あの2人の何と言うか、発想と行動力は認めるしかないと思うんですよ。でも事務的な帳尻あわせがほんとうに大変なんです』
観光開発部の部屋でアリシア班長がそうこぼしていた。
ついでに2人の武勇伝も色々と。
なおその時本人達は席に居なかった。
『新企画探しでそれぞれ出かけています。部長はラングランドで、ノーマンはメッサーですね、今日は。何でそんな所に出かけるのか毎回ながらよくわからないんですけれどね。
ただ最終的な結果はだいたい出しているので文句は言えないんですよ。会計その他に説明がほんとうに大変なんですけれどね』
きっとそんな感じで素材を探し回った結果が、以前部屋でやっていた観光開発と称する宴会なのだろう。
そしておそらくその集大成がこの特選市。
とりあえず僕としては左奥の方に見えるカニとかエビの辺りが気になる。
魚の干物なんてこの辺ではほとんど見ないものも売っているし。
しかしローラやクレア嬢は端から丹念に攻めていくつもりらしい。
あそこまで行くのにどれくらいかかるだろう。
着くまでに売れ切れていなければいいなと心から思う。
なおお兄様方2名の魔力反応は左中程付近。
偵察魔法で見ると『特選! 魔物肉!』なんて看板があった。
なんというかあの2人、そういうところはブレないな。
「この山野菜の塩漬け、美味しそうですよね」
「そうそう、このシダの若芽は生よりも干したり塩漬けにしたりした方が美味しいんです。形としては若いのに随分大きめで美味しそうですね」
「これは買った方がいいですよね」
「ええ、あとそこのキノコの瓶詰めも……」
……これは当分かかりそうだ。
エビや干物を買えるかより、今日ここを出るのが何時になるのか心配した方がいいかもしれない。
あとここで僕はどれだけ買い込む事になるのだろう。
一応それなりにお金は持ち歩いている。
それでも不安で一杯だ。
◇◇◇
50店舗しか無くても1店舗あたり
昼食を食べたり、似たような店を発見して前の店に戻って比べてなんてやるともっとかかる。
お兄様達は途中で離脱した。
『午後の仕事があるからさ』
とかなんとか言って。
結局スウォンジー北門駅に戻れたのは4の鐘前くらいの時間。
『悪いな、散々待たせて』
『思ったより早かったですね。ウィリアム様の話の様子ではもう少しかかると思いました』
そんな感じでマルキス君操縦のゴーレム車で一度屋敷へ帰還。
その後、僕はゴーレム車で北部大洋鉄道商会へ行って関係者にウィリアム兄やジェームス氏から出た通信の件を連絡。
臨時の会議なんてのまでやって、家へ帰ったら夕食の時間。
しかしそれで一日は終わらない。
『一緒に入ろうと思って待っていたんです』
という2人と共に毎日恒例の風呂1時間が続く。
何と言うか、心身ともにぐったりとなった一日だった。
はあ。
(次話は12月31日朝5時に更新します)
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