第169話 今年は無事に……
今回の冬休みはクレア嬢がいる。
だから見学する場所をそれなりに考えた。
例えば領主家による流通補助の実地確認。
これは全容を説明した後、
○ 集落の農産物等を集める集積所にまで出向き、品物を受け取る様子、商品確認から台帳記載まで見学し
○ 更に市場で競りにかけ、代金を受け取るとともに帳簿に記載し
○ 集積所にて代価を支払い領収書を受領する
ところまで全行程を見て貰った。
更にはウィラード家が境界山脈に接しており、木材資源が豊富な事から森林鉄道と索道による木材搬出についても現場を見て貰った。
「此処まで見せて頂いて本当にいいのでしょうか。将来的にシックルード領の競争相手になる可能性だってあると思うのですけれど」
もちろんその辺は既に考慮済みだ。
「ええ。勿論その可能性は充分あるでしょう。しかし流通の改善により経済が一気に発展した結果、今まで以上に食料や資材が必要になる可能性が高いです。
少なくとも
今回の見学にはシックルード家及びスティルマン家のそういった意図も反映していると思って下さい。
勿論
こんな感じで1週間、見学だの何だのした後、クレア嬢はウィラード領へと帰って行った。
そしてローラもガナーヴィンへと帰った。
「今年は向こうの家で迎える最後の新年になります。ですから一通りご挨拶などもしてくる予定です」
つまり学校を卒業したら予定通り結婚するぞ、逃げるなよ。
そういう事である。
いや、別に逃げるつもりはないし、ローラもそこまで言っていないけれども。
さて、ローラがいなければ家にいても暇である。
それに仕事で話を詰める必要があったりもする。
ゼメリング侯爵家対策、名目は『北方及び国境山脈に対する防衛・安全対策用連絡装置の試験採用』についてだ。
もちろんこの件についてはあの日スウォンジーに帰り次第、ダルトンとカール、キットに速報した。
ただその後、商会内でどうなっているかはわからない。
ウィリアム兄からは、
『フェリーデ北部縦貫線が開通して、ウィラード家経由の交易が始まる頃に使えるようになってくれればいいかな。関係領主家との合意を1月半ばまでにつけて、それから工事する位の日程のつもりだから』
と言われている。
しかしただでさえ鉄道開通だの、それに伴う運送業の拡充だのと業務が手一杯の筈だ。
どうなっているのか、確認しておく必要があるだろう。
まずは行きやすい場所、つまり技術部のキットの席へ。
見るとキットの専有空間、更に広がっていた。
今までの席の後ろに怪しげなでっかい歯車付装置が置かれている。
それが何かは予想がつくけれど。
でもまずは一言、謝っておこう。
「キット、色々と済まない」
「問題はありません。これで大々的に人と予算を使って私の研究を進められる。そう思えばむしろチャンスですから。
研究のため私の席にも実験支援用の演算装置を設置しました。これと大型演算装置とは魔力導線で繋がっています」
大丈夫だろうか、一瞬ぞくっと寒気が走った。
確かキットの研究、『予算も場所も人一倍かかった結果、国立研究所から追い出された』んだよな。
一応工房の良心とも言われていたし、問題があるような事はしないだろうとは思うけれど。
「技術的な方は問題ありません。研究の結果、魔力導線も1本で16回線までの通信が可能になっています。更に魔力漏洩防止を組み込んだ特殊導線なら同一場所に増設しても問題無いという研究成果も出ました。これで将来的に通信容量が増えても何とかなる見込みです。
『防衛・安全対策用連絡装置の試験採用』や大規模連絡サービスの本実施に必要な人員その他については、総務部の方へ連絡しておきました。あとカールは新線区間の設備監査で今日は留守です」
つまり技術部の方は問題なしと。
「わかった。ありがとう」
さて、次は総務の方だ。
こちらは正直少し気が重い。
規模拡大が続きまくっている。
春過ぎには国中部まで営業範囲が広がってしまう。
路線も倍々ゲームで増加中だ。
その辺りを縁の下で支えまくっている皆さんには、正直申し訳ないとしか言いようがない。
それなのに更に人が必要な事業を……
僕は鉄道がやりたかっただけなんだ。
運輸はまあ、鉄道絡みだから仕方ないとしよう。
しかし通信業までやるつもりは無かったんだ!
なんて弁解してもはじまらない。
覚悟を決めて総務部の部屋へ。
あれ? 思った程バタバタしていない。
ついでに言うとダルトンもいない。
という事で、この前の人事で総務部長に昇任したミルコに聞いてみる。
「済まないな、休み中なのに更に業務を増やすような事をして」
「大丈夫ですよ。業務拡大が続くのは慣れてますし、対応出来る体制にもなりましたから」
「そうなのか」
いつも突貫工事という感じだった気がしたのだけれども。
「いい加減学習しましたからね。それに秋に商会長が組織改革を提案したじゃないですか。誰でも必ず週休をとれるよう、バックアップ体制を充実させようと」
それは僕の業務が詰まり過ぎた事をカールに怒られた際、『ならば僕だけでなく商会全体ももっと健全化しよう』と提案した事だ。
その辺の事情は決して褒められた事では無い。
「そう言えば今日はダルトンがいないな。総務部の人数も6割程度になっているように見えるが」
「もうすぐ冬休みですからね。役職持ちを含め、週休と特別休はしっかり休むよう、厳命が来ています。
総務担当もそういう訳で特別休消化モードです。ダルトン副商会長も冬休み中や週末に出た分、これから出る分しっかり休みを取って貰っています。明日からは交代で私が休みを取る予定です」
おお、ホワイトだ!
やっと
ただそれで大丈夫なのだろうか。
念のため聞いてみる。
「この前、新たな業務を持ってきてしまったが、大丈夫か?」
「連絡業務の追加ですね。その程度なら問題ありません。この商会も人数が増えた分、多少の余裕が出てきています。冬期採用計画を1割増やすだけです。面接日程が1日増える程度で、他は問題無いですよ」
そうか、ほっとした。
「わかった。ありがとう」
「経理の方も今の所問題は無いようですね。休みをしっかり取るようにした分、余計な仕事が減ったと言っていましたし。
商会全体の運営資金についてもスティルマン伯爵家やダーリントン伯爵家が債券を新たに購入してくれたおかげで余裕があるそうです。
ですから商会長が心配するような事は今のところ無いですね」
「ありがとう。これで安心した」
どうやら有能な部下のおかげで今年は平和に終わりそうだ。
なら僕も年末年始くらい、自宅でのんびりまったりと過ごすことにしよう。
さしあたっては1人で風呂にのんびり入るとするか。
ローラ達がいる間は落ち着いて風呂を楽しむ事が出来なかったから。
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