第162話 トンネル工事について

 山頂からケーブルカー駅へ向かう途中。

 ローラとクレア嬢が景色を見たり話したりしながら歩く横で、僕は少しブルーになっていた。

 山頂まで僅か3半時間20分の行程で気付いてしまったのだ。

 僕の体力が悲しいほど落ちている事に。


 このコース、子供でも歩けるくらいの道として作った筈だ。

 なのに身体強化魔法と回復魔法を使って誤魔化さないとローラ達に遅れてしまいそうになる。

 

 理由は勿論、運動不足だ。

 元々僕は運動が好きな方ではない。

 ただ出歩いたりふらふらしているのが好きなので、それなりに歩いてはいた。

 その結果、体力がそれなりに維持できていた訳だ。


 しかし王都バンドンでやった講演会の後は、用心の為あまり出歩かなくなった。

 必要な用事がある時以外は商会と屋敷の往復だけ。

 勿論その往復はゴーレム車だ。


 警備の皆さんの苦労を考えると、むやみな外出は控えた方が正しい。

 ただその結果、体力が無くなるのはあまりいい事ではない。

 ひょっとしたら体形も……と考え、慌てて考えを打ち消す。

 着る事が出来なくなった服は無いから大丈夫な筈だ、多分。


 筋トレでもした方がいいのだろうか。

 それとも安全な屋敷外周を毎日ランニングするとか。

 勿論僕の屋敷1周では100mも無い。

 10周以上走らないと意味が無いだろう。


 運動は嫌いなのだけれどな。

 そう思ったところでローラがこっちを見る。


「リチャード様、どうかされましたか?」


 おっと、ローラに気を使わせるわけにはいかない。


「いえ、何でもありません。此処からだとハンティントン領の方まで見えるんだなと思っただけです」


 頂上から降りて行くと南方向を見ながら歩いていく事になる。

 つまりハンティントン領の方向だ。

 空気が澄んでいるせいか、サムレイ川沿いに畑や集落があるのがよく見える。

 そして……


「あのうっすら見えている線は、王都バンドン近くまで繋げているあの高速鉄道の線路ですね」


 ローラの言う通り、緩い曲線を描いて南の方へ延びていく線が見える。

 場所から見て間違いなくフェリーデ北部縦貫線の工事だ。

 

「そうですね。今のところ工事は順調のようです」


「卒業までに出来れば、帰ってくるときに楽ですけれど、どうでしょうか」


 卒業までというと、実質あと3ヶ月。

 報告を思い出して、僕は答える。


「少し厳しいかもしれません。アルコ峠の下を通るトンネルに少し時間がかかりそうですから」


「トンネル工事は難航しているのでしょうか?」


 心配そうに尋ねたのはクレア嬢だ。


「いえ、工事そのものは順調ですし、地盤も悪くはないそうです。ただ……」


 ここは少し説明が必要だろう。

 そう僕は判断して、現在のアルコ峠トンネル掘削作業について、歩きながらローラとクレア嬢に説明を開始。


「アルコ峠トンネルはエドモント技術顧問が先頭で指揮を執っています。

 指揮と言うか、本人が助手4人を引き連れ、現場の先頭で土属性魔法を駆使し掘削、壁面乾燥・圧縮。岩盤化までやっている状態です」


 エドモント技術顧問、フェリーデこのくにの地質学の権威にして土属性魔法の第一人者。

 知識だけでは無く、魔法も魔力も尋常ではないレベルだ。


 その辺の説明をした後、ちょっと2人に振ってみる。


「ところで土属性には、掘削、脱水、変形、圧縮、構造変化の魔法があります。

 しかし、土をある程度以上の距離動かすような魔法はないですよね。

 ならトンネルを掘って出た土はどうすればいいでしょうか?」


「魔法で動かせないなら……ひょっとして、これも鉄道を使うのでしょうか?

 それとも以前見せていただいた、鉄鉱山で使っているもっと小さいトロッコと呼んでいたものとか」


 ローラ、気付いたようだ。


「ええ、その通りです。鉱山で使っているトロッコサイズの鉄道を、掘削現場入口から掘削現場まで敷設しています。

 また掘った土もそのままではなく、魔法で乾燥・圧縮してコンパクト化しています。建築に使う土煉瓦と同じ状態ですね」


 土煉瓦は普通の建物の建築にも使う、一般的な素材だ。

 だから2人ともわかるだろう。

 僕は更に説明を続ける。


「それだけ工夫をしても、エドモント技術顧問や助手4人が全力で作業をすると、土の搬出が追いつきません。

 結果、搬出能力がネックとなり、トンネルは1日あたり220腕440m掘り進むのがやっとという状態です。


 ですのでトンネルを開通させるまでに2か月近くかかる見込みです。その後の設備設置や慣熟走行等を考えると、卒業式までにはぎりぎりで間に合わないと思います」


「なるほど、それだけの作業をするのなら仕方ないですね」


 ローラがそう言って、そしてクレア嬢も一緒に頷いた。

 どうやら2人ともわかってくれたようだ。


「もちろん出来る限り早く開業できるようにはするつもりです。ただ全線が開通するのは早くて4月でしょう。

 それまで少しの間、待っていただく事になります」


 以上でトンネルについての説明、完了だ。


 なおこのトンネルの件については、11月終わりにキットから報告を受けた。

 僕が出歩けない代わりに、キットに現場の視察をして貰ったからだ。


 そしてキットがした報告は、概ね僕が先程ローラ達に説明した通り。

 しかしキットの報告にはこの続き、おまけがあった。

 それも少々ブラック企業的な続きが。


 ◇◇◇


『エドモント先生自身は現在の現場にしごく満足しているようなんです。余ってしまう時間もサンプル採取や成分分析等の研究時間として目一杯使っています。トンネル外へ出る時間も惜しんで、中で泊まりこんでいる位です』


 うんうん、それは良かった。

 そう思いつつ、僕はキットの話を聞く。


『エドモント先生自身は24時間穴の中にいても全然平気なんです。むしろ今まで見る事が出来なかった地中奥深くをじっくり観察出来て楽しい位に感じているようです。


 実際先生なら恐怖を感じる事は無いでしょう。万が一落盤があっても土属性魔法で普通に生存空間とか脱出通路とか作れますから。

 1日中トンネル掘削の現場にいても全然平気というか、これぞ安住の地くらいに見えるそうです』


 そういった微妙な狂気、研究者らしいなと僕は感じる。

 しかしキットの話はどうにも何かありそうだ。


『ただ問題は一緒について行っている助手の4人です。

 勿論4人とも元々先生の弟子です。それなりに地質学は納めていますし、土属性魔法も使えます』


 キットの言う通り、エドモント顧問に同行している助手は4人とも、顧問と一緒に王立研究所から移籍してきた人たちだ。


『ただ4人とも先生程には志向的にも魔法的にも常人離れしていません。ぶっ通しで地中に一週間いて平気という程タフじゃないですし、土壌圧縮とか構造変化とか一日やっても平気な程魔力もありません。というか、それが普通です』


 何となく話のこの先に危険があるような気がした。


『大丈夫なのか、それは?』


『一応現場のスケジュール管理をしているエリア主任に注意するよう、言っておきました。エドモンド先生にも一応、無理はさせないよう、また毎日作業が終わったら助手だけでも外の宿舎に返すように、お願いしておきました。


 ただエドモント先生、往々にして自分が異常だという事を忘れますからね。ついていくのは結構大変だとは思います』


 何となく雰囲気はわかる。

 方向性こそ違うがうちの工房もカールの狂気に引きずられて危険な状態になった事が何回かあった。

 あんな感じで病んだ集団が出来たらと思うと……

 洒落にならない。


『まあやるべき注意はしておきましたからね。それに4人ともエドモント先生とはそれなりに付き合っている筈です。それに3月末には工事も終わるでしょうし、何とかなるでしょう』


 ◇◇◇


 4人は今頃どうしているだろうか。

 大丈夫だろうか、狂気に汚染されていないだろうか。

 なんて事は勿論ローラやクレア嬢には言えないけれども 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る