第154話 冬休みのはじまり

 準備はひととおり整った。

 2人の部屋は準備済み。

 おやつも新たな新作を含め、数も種類も製造しストック完了。


 更にクレア嬢対策として幾つか準備をした。

 まずは『領主代行としてどんな仕事をするのか、話を聞いてみたい』というので、ウィリアム兄の業務見学を1日予約。


『僕の方にもその話は来ているからね。予定として入れておくよ』


 なおガナーヴィンでも半日、ジェームス氏の業務を見学したそうだ。

 クレア嬢、なかなか真面目だし、跡取りというのは大変だなと思う。


 そしてクレア嬢対策その2として、北方部族や東方諸国家との交易品リストを確認。

 新たな需要が出そうな物を確認した。

 何と言うか、何故今までこれを掘り出さなかったのだ。

 そう思うような物が山ほど出て来た。


 ウィラード子爵やその部下のせいではない。

 何せウィラード領は河川交通さえ最小サイズの船しか使えない環境。

 国内方面へ大規模に物を輸送する事が難しいのだ。


 怠慢なのはかつて北方や東方との交易を独占していたゼメリング侯爵家。

 領内へは許可さえ出せば隊商がやってくる。

 そしてゼメリング領ディルツァイトからなら大型の海航船が使える。

 つまり大規模に交易をする事は全く難しくない筈なのだ。

 しかし現状では毛皮くらいしか扱っていない。


 しかしだからこそ、これから開発の余地がある。

 例えば北方部族の場合は寒冷地系の野菜や果物、魚。

 寒冷で外に出る事が出来ない時に家内等で作る工芸品。


 東方にもお宝的存在が山ほどある。

 向こうは乾燥気味の広い土地で、大規模な粗放農業をしているらしい。

 その産物に魅力的なものが多いのだ。


 例えば我が国フェリーデではやや高価な砂糖も、向こうでは安価。

 トウモロコシや食べ物ではないが綿花なんてものも。


 他には鉱物資源も面白い物がある。

 金や鉄はこちらと同じ程度だが、銀や亜鉛は遥かに安い。

 他に水晶だの宝飾品になる鉱石も多い。


 少し調べただけの僕からみても宝の山だ。

 何と言うか勿体ない。

 大々的に開発して交易をするべきだろう。


 と、シックルード家とも北部大洋鉄道商会とも関係ない事まで考えつつ、出迎え準備は万端。

 冬休み初日はガナーヴィンまでスティルマン家手配のゴーレム車で来て、そのままスティルマン家で2泊。

 3日目の朝、列車でスウォンジーに来るそうだ。


 そんな訳で当日の朝、ゴーレム車でスウォンジー北門へ。

 9の鐘と5半時間9時12分過ぎに到着する急行を待つ。


 クリーム色と赤色のクモイ502、3両編成の急行は時間通りやってきた。

 魔力探知でローラの居場所を確認。

 2両目後ろの扉だな。


 思った以上に乗客は多い。

 ほぼ満席に近いようだ。

 なんて思っていると2人が降りてくる。


「お疲れ様です、スウォンジーにようこそいらっしゃいました」


 人の流れを邪魔しないよう2人を誘導し、ホームの反対側の柱の陰へ。


「夏に続けてお邪魔させていただきます」


「いえ、こちらこそ。今回もどうぞよろしくお願いします」


 挨拶をした後、2人に尋ねる。


「それでどうしましょうか。移動に疲れたなら家にお茶の用意をしてありますけれど」


「もしリチャード様が宜しければですが、市場を回ってみていいでしょうか。以前ローラに、自由市場以外もとっても楽しかったとお聞きしたので」


 おっとクレア嬢、積極的だな。

 勿論OK、というかこうなる事は予測済み。

 警備の皆様には申し訳ないが、すこし市場周りを楽しませて貰おう。


「わかりました。それでは行きましょうか」


 ホームを出て、市場の方へ。

 途中ゴーレム車を停めているマルキス君と目があう。

 こちらに頷いて見せたところを見ると市場散策了解という事だろう。

 その場合、12の鐘12時に迎えに来ることになっている。


「夏以来ですが、やっぱり賑わっていますね」


「スウォンジーにしろガナーヴィンのハリコフ新市場にしろ、活気があって羨ましいです」


 確かにそう感じるかもしれない。

 しかしつい数年前まではこの市場も無かったし、旧市場はこんな賑わっていなかった。

 鉄道による流通がスウォンジーを変えたのだ。


 そしてウィラード領アオカエンも、同様以上に変わる可能性がある。

 むしろ独自性が高い分、スウォンジー以上に発展するかもしれない。


「その辺りについては後で家に帰ってから話しましょう。アオカエンはスウォンジー以上に可能性を持っている、そう僕は思っていますから」


「そう言っていただけるとありがたいです」


「少し調べただけでも価値がありそうなものが大量にありました。でもまあ、今は市場散策を楽しみましょう。今後の参考の為にも」


「そうですね」


 自由市場はまだまだ賑わっているし、まもなく本市場も開場する。

 既に気の早い店は営業中だ。

 見て回る場所は山ほどある。


「冬でも商品は多いのですね」


「肉関係はこれからが本番ですね。野菜類も人参や白菜、菜っ葉類等、この時期の物は多いようです」


「あれは夏にはありませんでした」


 ローラが目ざとく発見したのはおにぎりの店だ。

 そう、ついにスウォンジーにもおにぎりが入って来たのである。

 夏に駅弁という形でご飯の弁当も入って来ていたし、時間の問題だったのだろう。

 決して僕が企画したり招致したりした訳じゃない。

 本当だ。


「今年は米も豊作だったようですしね。評判もいいようですし、食べてみましょうか」


「是非!」


 ローラの目が本気だ。

 一方クレア嬢にはあまりおにぎりは魅力的ではない模様。


「あれはどんな味なのでしょうか?」


 よく考えたらウィラード領は寒冷で、平地が少なく山がちの場所。

 米と言うものにあまり馴染みが無いのかもしれない。


 米はスティルマン領やダーリントン領、カーライル領等、海に近く平地が多い領地でしか栽培されていない。

 暖流の影響を受けて温暖かつ、そこそこ湿度がある場所でないと育ちにくいから。


「クレアも気に入ると思いますわ」


 偵察魔法を起動してメニューを確かめる。

 海苔ではなく、エルミ菜と呼ばれる菜っ葉で包んであるようだ。

 中のおかずは燻製大根、アヒル甘辛煮、ベーコン&エルミ菜、玉子焼等、結構豊富。


 キノコ入り混ぜご飯なんてのもある。

 これは間違いなくローラが好きそうだな。


 僕とクレア嬢は半ばローラにひっぱられるように、おにぎり屋へ……

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