第112話 合流成功

 女子6名と水浴着売り場。

 得意分野では無いと言うか、どういう顔をして行けばいいのかわからないというか。


 この世界の水浴着は21世紀日本とは大幅に異なる。

 膝よりやや上くらいのショートパンツの上に肘くらいまでの袖のラッシュガードを着る感じだ。

 男性用も女性用もデザインはほぼ同じ。


 だから露出はそれほどでも無いのだが、身体の線はそこそこ出る。

 そんなのローラが着ていたら……


 そんな事を思いながらパトリシアにドナドナされるまま、売り場へ。


 おっとセーフだ。

 ローラはもう購入後のようで既に紙袋を手にしている。

 残念な気がしないでもないけれど、ほっとする気持ちの方が大きい。


 他の皆さんも紙袋を抱えているようだ。

 なら心配する事は無いな。


「おはようございます。今日からよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


 取り敢えず挨拶、そして。


「それじゃお兄、支払いよろしく」


 お招きしているお客様のお買い物はホスト側の支払いだ。

 これは貴族社会の常識。

 だからまあ、仕方ないから支払う。


「すみません。リチャード様、いきなり申し訳ありません」


「いえ構いませんよ。どうせこれから必要ですから」


 今回はパトリシアやローラだけではないので口調は丁寧な方で。

 

「そうそう、いいのいいの。どうせお兄の支払いのつもりだったし」


 パトリシアの分だけはあとで本人から徴収しようかな。

 多分無理だけれども。


 それにしてもローラ、どんな水浴着を買ったのだろう。

 気にならないと言えば嘘になる。

 ただ水浴着が並んでいる此処で想像するのはちょっと危険だ。


 懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 この懐中時計は北部大洋鉄道商会用に発注したものと同モデル。

 同じ型を大量発注したので、1個小金貨1枚10万円に収まった。


 同じ性能の懐中時計を一般的な方法で購入すると4倍はする。

 注文生産で、その代わり細かい仕様までオーダーできるという仕組みだから。


 さて、確認したところ時間的にはちょうどいいようだ。

 ならばさっさとホームへ移動しよう。


「若干早いですけれど列車のほうに移動しましょうか」


「そうだね。皆、それでいい?」


「そうですね」


 階段を降り、ホームの方へ。


「海や山にまでこの鉄道が延びていると思うと夢みたいですよね。面白い乗り物が出来たと聞いて試させていただいた時から2年しか経っていませんのに」


「そう言えばクレア以外、あの時の出来立ての鉄道に乗った事があるんだよね」


 クレアというのはウィラード子爵家の長女だな。

 他の4人はハドソン伯爵家のリディア嬢が言ったように、2年前に鉄道やトロッコの見学で来ている。

 リディア嬢の他はブローダス子爵家のエミリー嬢、モーファット子爵家のハンナ嬢、あとはローラとパトリシアだ。


「あの時のお菓子は美味しかったです」


「どんなお菓子が出たのでしょうか?」


 あの時出したのは何だっけ、もう僕自身は憶えていない。


「香りのいいレーズンが入ったバターとクリームを柔らかめのクッキーで挟んだものです。あのレーズン入りクリームが独特で、他にない美味しさでした」


 ああ、レーズンウィッチもどきだったか。

 それなら一応今回も持ってきている。


「でもどうせお兄、また新作を持ってきていると思うよ。そうだよね」


「ええ、ひととおり持ってきています。列車内で席に着いたら出しますから」


 勿論準備済だ。

 新作から以前ブルーベルが作ったものまで、菓子全種類。

 ドリンクも7人が6回飲んでも大丈夫。


 とりあえずパトリシアがいると会話が楽なのはいい。

 それだけはまあ感謝かな。

 こういった事態になったのもパトリシアのせいだろうけれど。


 途中で全員に切符を渡して、そして7・8番ホームへ。

 既にある程度並んでいる人がいるが、これなら問題ない。

 2番目の扉位置に並ぶ。

 前は2人だけだから、2人列を連続3カ所と1人席1つを取る分には問題ないだろう。


「確か夏の直通急行はシックルード領から直通なのですよね。座れるでしょうか?」


 ローラ、時刻表を確認していたようだ。

 でも大丈夫、問題ない。


「7月25日から8月いっぱいはモレスビー港で空の車両3両を増結するんです。ですから問題なく座れると思います。

 ほら、やってきました」


 急行より6半時間10分早く増結車両がやってくる。

 予定通りだ。

 

 列車はゆっくりとホームに進入してきて、ちょうど目の前に扉がある位置で止まった。

 扉が開く。


 余裕で2人掛け席3列連続&すぐ横の1人掛け席をとる事が出来た。

 ほっと一安心した僕にパトリシアの声。


「それじゃお兄、おやつと飲み物をお願い」


 はいはい。


「まずはこちら、スティックケーキ8種類が2個ずつ入っています。お好きなものをお取りください。余った分は箱ごと預かります。

 飲み物はこちらです。中には紅茶が入っています」


 飲み物の容器は汽車土瓶の再活用だ。

 安定性が良く、自分で注げるコップ付きなので何かと便利だから。


「なるほど、細長いからスティックケーキなのですね」


「でも見たことがないケーキが多いです」


「ブルーベルの新作だよね、きっと。というか随分種類が増えているよねこれ」


 この国では普通、ケーキと言えばスポンジと生クリームのショートケーキ。

 一部の地域ではパウンドケーキもあるけれども。

 そして今回のスティックケーキは、

  ショートケーキ風、フルーツケーキ風、イチゴタルト風、ベイクドチーズケーキ風、レアチーズケーキ風、チョコケーキ風、エクレア風、モンブラン風

の8種類。


 ショートケーキ風など柔らかいものはウエハース等を土台にして手持ち出来るようにしてある。

 だから食べた時の食感は普通のケーキと少し異なるかもしれない。

 その代わり列車内でも手持ちでかじりつけるから食べやすい。


 なお、僕のおすすめは中でも一番地味なフルーツケーキ。

 どっしり重いパウンドケーキ風の生地に、ラム酒漬けのドライフルーツがたっぷり入っている。

 サイズは日本で言う所のカロリーメ●ト2本分。

 それでもしっかり満足感を味わえる逸品だ。


「春に食べた赤いチョコケーキは無いの?」


 サオトボもどきの事だな。


「あれは列車内で食べにくいですから。明日のデザートで用意しています」


 相変わらず食べ物の事はよく覚えているなと思う。

 でもまあいいとするか。

 話題に困るよりはずっとましだ。


 そう思った時列車内にドシンという音と軽い振動。

 シックルード領からの急行が連結したようだ。

 ならあと10半時間6分程度で発車だな。


 さて、とりあえず1人席なので少しは気が楽だ。

 そう思った時、通路を挟んで真横のパトリシアがこっちを向く。


「あ、お兄、前に食べたのを説明したいから、あのレーズン挟んだクッキー出して。どうせ持ってきているでしょ」


 はいはい、出しますよ。

 確かに用意してきているから。 

 しかし出して渡した後、更に注文が続く。


「あと、あの濃くて固くて凄く美味しいアイスもあるよね」


 シンカンセンスゴイカタイアイスの事だな。

 一応アイテムボックス内には入っている。

 しかし今回は出さないつもりだ。


「あれは明後日のお楽しみです。商品化して、ラングランド森林鉄道や大滝売店で売っています。乳製品はラングランド特産ですから」


「なら仕方ないか」


 仕方ないどころか充分過ぎる位出していると思う。

 パトリシアに僕が用意してきた菓子類の半分以上を取られてしまった状態だ。


 でもどうせナム駅までは地下区間で車窓の楽しみは無い。

 だからまあ、食べ物で時間を潰していて貰おう。

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