第111話 夏休みの始まり

 鉄道イベントは盛況に終わったらしい。

 参加できなかった僕は報告以上の事はわからないけれど。


『他領や他商会から来た調査員らしき者は3割程度で、ほとんどはガナーヴィンやスウォンジーの一般人でした。


 むしろそういった一般の参加者の方が熱心でしたね。車両の中を隅々まで調べたり、走っている時の音を聞いたり、操縦を見たりとかして。


 商会長が作った本も大変好評でした。布教用と保存用にあと2冊は購入したいが何処で売っている? そんな質問が来た位です。


 スウォンジー北門駅やハリコフ地区駅、モレスビー港駅で販売した方がいいと思われます。もし在庫が無いなら1千部程度の増刷を御願いします。1冊小銀貨3枚3,000円程度なら間違いなく売れると思われますから。


 またアンケートも取りました。またこういったイベントがあったら是非参加したい。そういう意見がほとんどでした。あと鉄道に関する改善意見等についても聴取しました。詳細はこちらにまとめてあります』


 とまあ、こんな感じで。


 やはりこの世界にも鉄の同志は誕生している模様だ。

 なら機を逃さず今後も布教に努めねばなるまい。


 とりあえず自分の保存用を除き、『北部大洋鉄道商会・全車両一覧(王国歴148年7月1日現在)』の残りを渡しておいた。

 原版も残してあるので増刷も簡単にできるだろう。


 でも今建設中のローカル線が出来たら新バージョンを出した方がいいだろうか。

 まあそれは秋以降に考えよう。


 さて、鉄道イベントの次は私事のイベント、御嬢様方来襲だ。

 予定も立てたし準備は万全。

 全員が乗車可能な大型ゴーレム車を実家から借りる手筈もついている。

 手伝いに来てくれるメイド2人もニーナさんやヒフミと顔なじみだし、問題は無い筈。


 それでもやはり不安はある。

 何せ元々僕は隠キャ、女子がいっぱいなんてシチュエーション、馴れていないし想像すらつかないのだ。


 だいたい独身男の家に妙齢の貴族女子が来ていいのだろうか。

 各家も了解しているし、婚約者であるローラもいるのだけれどもそれでも不安。


 何でこんな事になったのだろう。

 まあ十中八九までパトリシアのせいだろうけれども。

 そう思いつつ当日まで不安な時間を仕事で紛らわせる日々が続く。


 ◇◇◇


 そしていよいよ当日。

 本日はモレスビー港駅を10の鐘ちょっと前、北部大洋鉄道商会内での時刻呼称では9時56分発のメッサー海水浴場行臨時急行列車で、御嬢様方と海水浴へ行く予定だ。


 女子6人と海へ行くなんて何処の陽キャだ。

 そう思いつつ失礼のない服装で、待ち合わせ時間より半時間30分早くつく、朝8の鐘の3半時間と少し後8時23分にスウォンジー北門駅を出る普通列車へと乗る。


 時間に余裕がある時は急行よりこっちの方がいい。

 テーブルが大きいし、より長い時間乗っていられる。

 各駅をじっくり見て楽しむ事も出来るし。


 一人席で、落ち着いて食べられる食事とはこれでお別れかなと思いつつ、いつもの日替わりサンドセットと牛乳で朝食。

 列車の中でこれを食べると仕事場以上に落ち着く。

 ご飯の駅弁も欲しいけれど、これはこれで悪くない。


 ただこの優雅で落ち着いた時間は長く続かない。

 普通列車でも1と4半時間1時間15分でモレスビー港駅に着いてしまうから。


 名残惜しいが列車が到着したので、仕方なく降車。

 到着した5・6番線ホームをのんびり先へと歩く。


 この先に列車待ち用にテーブルや椅子が置いてある一角がある。

 雰囲気としてはフードコートみたいな感じ。

 そこが今回の待ち合わせ場所だ。


 まだ発車半時間前30分だし、来ていないかな。

 そう思ったのだがローラとパトリシアの魔力を感知した。

 ただ待ち合わせ場所の周囲の店ではない。

 上方向だ。


 見ると待合室脇に新たな階段が出来ていて、こんな看板がついている。


『モレスビー港駅名店街』


 おい待ってくれこの看板!

 絶対これを企画した奴、日本からの転生者だろう!

 勿論そんな事、口には出さないし出せないけれど。

 

 この駅の建物そのものは商会ではなくスティルマン領主家及び領役所が管理している。

 そして最近、モレスビー港駅まで来ていなかった。

 ハリコフ地区駅までは商会の仕事で何度か来ているけれども。

 だからこんなのが開業したなんて知らなかったのだ。


 誰だ名店街なんて考えた奴は。

 そう思いつつ、ローラやパトリシアがそっちにいそうなので階段を上がって上へ。


 うむ、なかなかいい感じの場所になっている。

 建物の筐体そのものは魔法による石作りなのだが、うまく木材をあしらってこの国なりの『モダンで上質』な雰囲気が出来ている。

 具体的には白塗りの壁と無垢の木材の柱、天然石を所々にあしらった石畳という感じだ。


 並んでいるのは服飾店、高級食品店、雑貨・小物店、書店といったところか。

 庶民から見た上級の店、といった感じだろうか。


 ローラとパトリシアの魔力反応は、服飾店の方角。

 何か嫌な予感がする。

 非常に嫌な予感がする。


 これは下で待った方がいいだろうか。

 そう思った時だ。


 知っている魔力反応が急速に近づいてきた。

 というか目視でもパトリシアだとわかる。

 見つかってしまったようだ。


「お兄、ちょうど良かった!」


 パトリシアにちょうど良くても僕にちょうどいいとは限らない。

 だから聞いてみる。


「何かあるのか?」


「折角海に行くんだから水浴着を買っちゃおうと思って。もう皆いるよ。こっちこっち」


 先に見える服飾店にあるメッセージボードの文字をさっと目が読んでしまう。


『夏・本番! メッサー海水浴場開業記念! 水浴着セール開催中!』


 水浴着か。

 何というか、こういう物の売り場って恥ずかしい気がする。

 勿論21世紀初頭の日本の水着よりはずっと露出度が少ないのだけれども。

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