第28章 海水浴の一日

第109話 ロト山観光

 窓口でケーブルカー往復券小銀貨1枚1,000円を支払ってホームへ。

 降り口と乗り口が分かれた2面1線のホームはゆるい階段状。

 線路が300‰以上の傾斜だから仕方ない。


 ホームに停まっているのは真っ赤な車体に大きな窓が特徴的なケーブルカー。

 さて、全長約800腕1.6km、標高差248腕496mを楽しませて貰おう。

 僕は2カ所あるうち上側にある方の扉から中へと入る。


 中のシートは2人掛け2列の、下向き固定クロスシート。

 これはこのケーブルカーの観光ポイントのひとつが下方向の眺望だから。


 シート自体は普通の鉄道列車よりやや小さめ。

 通路もやや狭目でぎっちり座るという感じだ。

 乗客全員が座る事を考えて設計したのだろう。

 日本のどこかのケーブルカーのようなすし詰め・立客はやらない方向だ。


 そのシートは2人用シートに1人で座っている人を含め、半分以上埋まっている。

 男女比はほぼ同じくらいで、カップル風が多い。


 平日でこれくらい乗っているなら今後も期待していいのだろうか。

 出来たばかりだから物珍しさで人が来ているのだろうか。

 それとも今後周知される事でより客が増えるのだろうか。

 

 今乗っているのは9の鐘発の2番列車だ。

 ケーブルカーは8半の鐘の時間から夜7の鐘まで、半時間30分間隔で運行している。

 勿論客が多ければ臨時で動かす事もあるだろうけれど。


 1番列車はもっと客が多かったのだろうか。

 それとも同じくらいだったのだろうか。


 カーン、カーン……

 9の鐘が鳴り始める。

 車掌が下側の扉から乗り込んできた。


「鐘が鳴り終わると発車いたします」


 車掌はそう言うと下側左にある車掌席に着く。

 車内は階段状なので後ろの席ほど高くなっている。

 だから前の席に座っている人で視界が妨げられる事は無い。


 鐘が鳴り終わったと同時に車掌の手が動く。

 扉が閉まり、シューという音と共にブレーキが解放された。

 少し車体が揺れる。


 10数える程度の時間の後、ガタン、と車体が一度揺れ、ゆっくりと後ろ、山頂方向へ向け動き出した。

 みるみるうちに出発した駅が小さくなっていき、そして背後の景色が広がっていく。


 うん、悪くない。

 というかなかなかいい。

 この高度を上げるとともに見える景色が広がっていく光景、思った以上にいい感じだ。


 ガタン、ケーブルカーが横に揺れる。

 早くも中間地点の入替場所まで来たようだ。

 もう1台のケーブルカーが右側をすれ違い、あっという間に下方向に小さくなっていった。


 気が付けば向こう側は大眺望だ。

 ケーブルカー用に刈られた木々の間から遥か遠く、ガナーヴィンの先にある湖が見える。

 という事は右側ぎりぎりに見える街っぽい場所がガナーヴィンだろう。

 更に湖の先、一度陸地があって、更にその先にある海まで見える。


 本当はガナーヴィンを視界の中央にしたかった。

 しかし斜面の角度的に無理だったので残念ながら諦めた。

 ただこれはこれで悪くない気がする。

 山の上ならどれだけ周囲が見えるか期待が持てるし。


 ケーブルカーの速度が急に落ちた。

 何かと思えばもう山頂駅。

 乗車時間の10半時間6分が短すぎると感じる。


 ケーブルカー、予想以上に楽しい乗り物だった。

 これならローラも喜んでくれるだろう。


 駅はロト山第2ピークと第3ピークの間のコルにある。

 ここから第3ピークまでは高度差50腕100mで徒歩3半時間20分程度。

 しかし先に見ておく部分がある。

 ケーブルカー山頂駅展望台&売店だ。

 

 駅の上部にケーブルカーの動力源、巻取り装置がある。

 折角だからという事でその上は展望台とお店にしている。

 1階が動力室、2階が売店とレストラン、屋上が展望台だ。

 まずは2階にある売店へ。


「商会長、どうしたんですか?」


 いきなり顔バレしてしまった。

 見ると観光準備室改め観光推進部のノーマンだ。


「代休消化で今日は休みだ。ノーマンは何故こんなところにいるんだ」


「本格的な夏休み前に現地の状況を掴んでおきたいですからね。ゴードン部長含め交代でここに来ているんです。ついでですから何か食べて行きますか?」


 なるほど。それじゃ質問しつつ何か頼んでみるか。


「お勧めは何だ?」


「まだ山頂に行っていないなら、テイクアウトの太鼓焼きかおかず焼きのどちらかと、飲み物を買って登ってくる事ですね。


 戻ってきたら屋上の展望台で上って来た山頂や下の眺望を見ながらジブロ鍋を食べるのがお勧めです。天気がいいんで此処より屋上展望台の方がいいですね、間違いなく」


「なるほど、まずは登って来た方がいい訳か」


「ええ。この季節は早い時間ほど山頂の景色がいいですから。まずは登って来た方がいいです」

 

 なるほど。


「なら太鼓焼きとおかず焼き、どちらも一番売れている中身の奴を1つ。あと牛乳を1つで」


「太鼓焼きで人気があるのはダブルクリーム、おかず焼きの方はベーコン青菜炒めチーズ入りですね。これでいいですか」


「ああ、頼む」


 太鼓焼きとは日本で言う今川焼き、あるいは大判焼き等とも呼ばれるもの。

 おかず焼は日本で言うお焼き。

 両方とも僕がブルーベルに依頼して作らせたものが原型だ。

 しかし中身はしっかりこの国風に改造してある模様。


「3点で正銅貨3枚300円ですね」


 払って、そして店を出る。

 さて、ここからは登山だ。

 登山と言っても5~6歳の児童でも問題ないよう道を整備してあるけれど。


 道は基本的に稜線上についている。

 だから左右ともに視界がいい。

 ガナーヴィン側だけでなくジェスタ側もよく見える。

 ジェスタ側は林や畑、牧場ばかりだけれども。


 よく見ると鉄道が走っている場所も何となくわかる。

 となるとあの先がスウォンジーか。

 そして反対側はガナーヴィン全体と、湖の先の海までしっかり見える。

 メッサーもぎりぎり見えている筈だけれど、少しわかりにくいな。


 登っていくと道は階段になった。

 手すり完備、20段ごとに踊り場があるという仕様だ。

 踊り場が4カ所見えるという事は100段か。

 全部が20段とは限らないけれども。


 これは身体強化魔法を使わないと厳しいかな。

 そんな事を思いながらゆっくり階段をのぼる。

 案の定、60段過ぎで疲れを感じた。

 無理せず魔法を起動。

 

 僕以外にも登山者はそこここにいる。

 平日だからか大人ばかりだ。

 それも若い層ばかり。


 まだこの観光が高齢者層の耳に入っていないのだろうか。

 単に平日は休みにくいからだけなのだろうか。

 そう思いながら階段を上へ。


 89段目から前方が開けているのが見えた。

 ここの山頂は広くて割となだらか。


 山頂全体が目に入る。

 予想以上に人がいた。

 途中見かけなかった高齢者も結構いる。


 ケーブルカーの第一便は満車だったのだろうか。

 それともケーブルカーを使わず歩いて登って来た人が多いのだろうか。

 いずれにせよロト山観光、早くも受け入れられている模様だ。


 周囲の見晴らしは非常にいい。

 この先第4ピーク、第5ピークと続いていくロト山脈の山並みもいいし、ガナーヴィン方向の眺望は勿論最高。


 それでは此処で一休みするとしよう。

 いくつかあるベンチは空きが無いので手ごろな岩を探して腰掛ける。

 汽車土瓶の蓋をコップ代わりにして牛乳をそそいだ時、土瓶の横に『ロト山登山記念』と彫られているのの気づいた。

 なるほど、これも持ち帰れば記念品になる訳か、面白い。


 それではお焼き、いやおかず焼きからいただこう。

 大口を開けてかぶりつく。

 うむ、チーズとベーコンの塩味が旨い。


 確かにノーマンの言う通りだった。

 まずは山頂に来るのが正解だ。


 それにしてもおかず焼き、思った以上に美味しい。

 これは外で食べるからだろうか。

 もう1個違う味を買っておいてもよかったかな。

 そう思いつつおかず焼きを食べ終えてしまう。


 これならローラもパトリシアも喜ぶだろう。

 というか総勢6人の御嬢様方を引き連れて来るのだよな。

 なら椅子やテーブルを用意しておいた方がいいだろうか。

 それとも適当な敷物だけにした方が此処らしいだろうか。


 そんな事を考えながら今度は太鼓焼きを一口。

 おお、この甘さもいい。

 カスタードクリームと生クリームが入っているのだが、これがちょうどいい感じ。

 此処まで歩いてきた身体にしみわたっていく。


 なるほどノーマン、よくわかっている。

 確かにお勧め、どちらも正しいし捨てがたい。

 御嬢様方と来るときも両方用意しよう。

 ただ評判が広まると買えなくなる恐れもあるかな。


 ◇◇◇


 その後山頂から売店まで戻り、屋上に設置されたテーブルでノーマンお勧めのジブロ鍋を食べ、またも旨さに驚くのだった。


 ジブロ鍋は峠の釜めしの容器と似た、陶製の器で用意される。

 中身は根菜とアヒル肉、小麦粉団子と田舎風だが日本と違うのはニンニクが入っている点。


 この辛みが程よく疲れた身体に効くのだ。

 料理の温度も高さがある分やや涼しい気温にちょうどいい感じ。


 ジブロ煮は本来、農民が豊作を祝う祭りで食べる料理だ。

 だけれどこの場所で、今登って来た山を見ながらのんびり食べるのも最高だったりする。


 うむ、これはまた来たくなる、視察とか関係なしでも。

 きっとリピーターも出来てくれるだろう。

 いい場所が出来たものだ。

 そう心から思ってしまった。

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