第97話 行楽地用の料理

 この停車場は石灰石鉱山の西南側、谷2つが合流する場所にある。

 谷が合流するY字形の上部分を平らに削って線路を敷設している形だ。


 鉱山の採掘現場そのものはここから更に50腕100m近く上。

 採掘した石灰石は太いワイヤーを使った索道でここまで下ろしている。


「あの石を運んでくる籠は人は乗れないのでしょうか」


 ローラがそんな恐ろしい事を僕に尋ねた。


「あれは2組のゴンドラにロープをつけて、石を積んだ重さでもう片方を引き上げるというシステムなんだ。人が乗れるような安全性は確保していないので、やめた方がいいと思う」


「そうだよ。見るからに怖そうじゃない」


「でも見晴らしが良くて楽しそうに見えます」


 確かに観光用と考えれば乗用のロープウェイ開発なんてのもいいかもしれない。

 基礎技術そのものは既に存在はしなくもないし。

 ただもう少し商会に余裕が出てからの方がいいな。

 今は商会内は大忙しだから。


 商会の出張所に声をかけ、1時間ほど滝まで行ってくる旨を告げて、そして滝へ。


 道はゴーレム車が通れるほどではないけれど、焼土による簡易舗装がされていて歩きやすい。


「この道は何の為に作ったのでしょうか」 


 この辺は報告書で読んだから答えられる。


「元は先程渡った橋を作るために使用したらしい。今も橋の点検作業で使うので整備してある」


 歩きやすいがそこそこ急な下り坂を歩いて10半時間6分程度で河原へ到着。

 簡易舗装の道は下流側へ続いているが、僕達がいく滝は上流方向だ。


「この河原もいいですね。水が綺麗で爽やかで、夏なら涼むにはいい感じです」


「確かにそうだよね。ここで甘い物のお店でもあったら最高」


 パトリシアの言いたい事はわかる。 

 峠の茶屋みたいな存在だな。

 しかし目的地はここではない。


 ここからは河原を歩いていく形になる。

 ただそこそこ歩きやすい部分があるので、そこを歩かせて貰う。

 おそらく先人が歩きやすいように土属性魔法で整備したのだろう。


 一応魔力探査と風読み魔法で周囲を警戒しながら歩く。

 今のところ魔物その他危険なものの感知はない。

 まあ安全だろうと思っているからローラとパトリシアを連れてきているのだけれども。


 ゆるいカーブを曲がると水音が一段と激しくなった。

 滝が見えている。


「大きいですね」


「本当、これは結構いいかも」


 昨日読んだ資料によると3段の滝になっていて、今見えている最下段は落差20腕40m幅25腕50m

 水量は結構多い。


 滝つぼの周りはそこそこ開けていて広い。

 足が水に濡れないよう歩いても結構近づく事が出来る。

 滝から発生する水しぶきを感じる事が出来るくらいの距離まで。


 もちろん少し離れて滝全体を見るのもいい。

 河原部分がそこそこ広いので楽しみ方は色々だ。

 もちろん滝壺内に突入なんてすると危険だけれども。


「これは見に来る価値があると思います。特に夏なんかは涼しくて気持ちいい筈です」


「今はまだ肌寒いけれどね。で、とりあえずお昼にしようよ」


「はいはい」


 水しぶきがかからない、滝全体が見える位置を選んで、アイテムボックスから折り畳み式の椅子とテーブルを取り出す。

 この国の上流階級ではガーデンパーティなるものが一般的らしいので、こういった道具類は充実しているのだ。

 中小貴族の三男坊はそんなパーティに縁がないのだけれども。


 前世における僕の知識では、河原でやるパーティといえば芋煮会。

 残念ながら東北人でないので実際に参加した事はない。

 あくまで趣味や気分、という事で。

 

 ただこの国には芋煮会なんてものは無い。

 いや、似たようなものが農村地域で存在はしている。

 野外で大きな鍋を用意し、根菜とアヒル肉、小麦粉団子を鍋に入れて、ビールと砂糖、ビール酵母味噌を入れて煮たてて食べるというジブロ鍋だ。


 ただジブロ鍋は豊作を祝う祭りで食べる農民の食べ物。

 貴族であるローラには今ひとつ馴染まないだろう。

 ただ屋内で食べる貴族っぽい料理と同じでは面白くない。


 そんな訳で今回も、前世知識とブルーベルの協力で出来た新たな料理を披露させて貰おう。

 

「お兄、また新しい料理を持ってきているでしょ」


 パトリシアにいきなりそんな事を言われた。


「何でそう思う?」


「お兄の表情で何となくわかるんだよね。何かを隠し持ってきたなって」


 相変わらず食べ物については鋭い奴だ。

 でもこれですんなり説明が出来る。


「今回の料理は本来は夏向きのものだ。少し貴族らしくはないけれどさ」


 テーブルの上に特製の鉄板を出す。

 木製の台がついていて、鉄板が高温になってもテーブルまで熱くならないタイプだ。

 大きさは前世の新聞紙1面分。

 このガーデンテーブルの6割くらいの広さとなる。


「何、これでお肉でも焼くの?」


「勿論それも悪くないけれどさ。まあ見ていてくれ」


 まずは鉄板に豚挽肉とキャベツ千切りを入れ、加熱しながら炒めていく。

 挽肉から脂が出て、キャベツがしんなりしたら麺投入。

 魔法で麺全体に熱を通しながらほぐして炒め、しっかり炒めきったらソース投入。


 ソースが馴染めば焼きそば、完成だ。

 さっと3等分して皿にもりつける。


「何か私の知っているパスタと大分違うよね。太さも臭いも」


「他の国から来た本で読んだ料理だ。ブルーベルが再現してくれたから味はそう悪くないと思う」


「目のまえで料理してそのまま食べるというのは珍しいと思います。大掛かりなガーデンパーティでたまにあるくらいです」


「これはそこまで大掛かりじゃないけれどさ」


 皿に入っていてフォークで食べるというのが少し個人的美学に反している。

 この手の焼きそばは安っぽい白いスチロール容器か透明のプラ容器に入っていて、割りばしで食べるのが正しいと思っているから。


 しかしここは日本から見れば異世界。

 これくらいの妥協は仕方ない。


「それじゃ食べていい?」


「勿論だ。あとこれは飲み物。これも特別製だ」


 じつはこの飲み物、ブルーベルが3か月試行錯誤した結果、ついに完成した『コーラもどき』である。

 色はやや薄いが味はまさにコーラ。


 パトリシアはまず飲物を口に運んで、そして顔をしかめる。


「何この飲み物。ビールじゃないよね。泡が凄いし何かきつい」


「酒は学生には出さないさ。ゆっくりよく味わってみてくれ。そのうち癖になる」


「このパスタは美味しいです。甘めの味なんですね」


「これはウスターソースと似ているけれど、もっと甘いソースなんだ。動いて疲れた時にちょうどいいかなと思って」


 この国にもウスターソースは存在する。

 でもお好み焼きソースは無い。

 だからこれも独自配合で作った。

 勿論僕ではなくブルーベルが、だけれども。

   

「確かにこの飲み物、刺激的ですね。でも心なしか、何かこの食べ物にあっているような気がします」


 実は焼きそばとコーラだけではない。

 お好み焼きと大判焼もスタンバイ済みだ。

 更に独自料理ではないけれど、フライドポテトなんてのもアイテムボックスに入れてある。


 なお大判焼きは中身があんこ、クリーム、チーズクリームの3種類準備。

 今川焼、おやき、太鼓焼という説もあるが、僕がいた場所では大判焼きとして売っていた。


 この国に今川さんという名字は無いし大判小判も無い。

 それなら太鼓焼が訳として無難なのだろうか。

 まあその辺は後に考慮する事としよう。


 

※ 索道 ゴンドラ

  索道とは、空中に架け渡したワイヤーロープに運搬容器(索道の場合はゴンドラと呼称)を吊り下げて旅客や貨物を運送する施設の事。

  ロープウェイとかスキー場のリフトも索道の一種。


※ お好み焼き

  書き手の実家は広島文化圏でした。なのでお好み焼きは大阪風では無く広島風です。ソースもどろソースではなくお好み焼き用ソースです。念の為。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る