第72話 年末だから
あと2日で年が明けるという日の午後3の鐘少し後。
僕はガナーヴィンの事務所にて報告待ち待機中。
待っているのは工事及び試験完了の連絡だ。
3日前から工房の人員のほとんどを動員して新システムの導入工事をしている。
信号だの
昨日と今日で環状線内を走行する可能性がある車両に車上装置を取り付けている。
幸い年末なので乗客も荷物も少ない。
この国は年末年始は家族とのんびり過ごすというのが普通だから。
いつもは増結しまくっているジェスタからの直通列車も、一時は5両編成まで膨れ上がった市内循環線の列車も、2両編成程度に減らした。
その分出来た余裕で昨晩工事できなかった車両を車両基地待機にして、最後の取り付け作業を行っている状態だ。
これが終われば新年の本格運用を安心して迎える事が出来る。
既に本数的には限りなく本格運用に近いけれども。
この次に改良するのはやはり
現在は打ち子式だがこれも魔力感知式に出来ないだろうか。
今回の
その方がよりいい物を作れるだろうから。
そんな事を思いながら最後の決裁書類を確認し、署名し終わった。
事務関係の連中は既に冬休み体制。
工事関係と車両運行関係者はこの事務所棟ではなく車両基地側の建物にいる。
だから今日、この事務所にいるのは僕とここの事務所長であるトーマス、あとは金銭管理及び終電後の作業列車で切符自販機関係の作業をする会計の当番員だけ。
技術部というか工房の方は相変わらず忙しい。
本日の工事以外にもまだ課題は残っている。
工房における最近の鉄道関係の課題は、
○
○ 新型本線用機関車クモ410の試作
○ 新型低床車両クモロ602の増産
といったところ。
来年は残りの2つを並行して行う予定だ。
新型本線用機関車クモ410は本線用の強力高速型。
今まで使っていた森林鉄道と共通のクモ404やクモ406は牽引力はあるのだが足が遅い。
本線の列車を増やす際のネックになりかねない。
そこで新たに大型車体を使用した機関車を製造する訳だ。
森林鉄道区間には入れないが、出力にして4倍近くなる。
個人的には大型機関車ならF型、つまり動輪軸6つにしたかった。
EF58とかEF66、EF210なんて電気機関車のイメージで。
しかし残念ながら台車2つの4軸駆動、つまりD型になってしまった。
実用上これで十分なので仕方ない。
前面の形もEF58似かEF66似にしたかった。
しかし重連運用を考えて貫通型となってしまった。
日本の鉄道趣味的には微妙に悔いが残る造形と足回りである。
新型低床車両クモロ602はクモロ600の本線直通運用改良型。
ゴーレムの出力を上げギア比も変え、実用最高速度を時速
あと車内の構造をより製造しやすいよう改良したほか、ラインカラーの磁石を貼る場所にマーカーを付けた。
現在は低床車両、両数ぎりぎりで何とかやりくりしている。
このクモロ602がある程度出来れば本線直通運用をこれに回し、余ったクモロ600を市内循環線に回す予定。
この低床車両シリーズ、鉄道趣味的にはあまり面白くないと思っていた。
しかしこの車両に慣れて来た今、それなりの味というか面白さを感じるようになった。
扉と扉の間の中央部の低床部分と両端側のそこそこ大きな段差。
そのせいで高さの違うロングシートや吊り革。
運転助士席直近で前方を見るのにちょうどいいロングシート最先端に腰掛けてゆっくり風景を眺めるのもいい。
あとは車輪の径が小さく、かつ台車が床に近い事から響く走行音も悪くないと思っている。
吊り掛け駆動らしいブオーンという歯車音も悪くないし。
他に工房の仕事として鉄鉱山用ゴーレム新型開発とか、森林公社現場作業用索道機材とかあったりもする。
でもまあ、休みにしても工房の皆さんは実家に帰るなんて事をまずしない。
だから多分きっと問題は無い。
むしろ休日給が入ると喜んでもいるようだし。
なんて商会経営者としては少しばかりブラックな事を考えていると、扉がノックされる。
「トーマスです」
「どうぞ」
「失礼します」
ここの事務所長であるトーマスが入って来た。
「報告です。新型の安全装置、予定通り設置及び試験完了しました。作業部隊は3の鐘の各駅停車でスウォンジーに戻るそうです」
「わかった。ありがとう」
これで僕の今年の仕事は終わりだ。
「それと、此処の事務所長ではなく元庶務副長としての進言です。新年はせめて3日までは休んで下さい。営業開始は1月1日となっているものの、実際は既に正式営業しているも同然です。式典等も特にありません。
商会長の出勤日数は規定を大幅に超過しています。冬休みを3日まで取った上、1月は更に平日代休を週1日ずつ余分に取って少しでも超過日数を減らしてください。事務担当者の士気に関わります」
確かに商会が発足して以来ほぼ出勤しっぱなしだった。何せ行事だの対応業務だのが多かったから。
トーマスの言う通りだ。問題がなければ休んだ方がいい。僕自身の為というより商会の規律と士気の為に。
「わかった。そうしよう。帰りに休暇届を出しておく」
「すでに必要事項は書いておきました。サインだけしていただければ今日の最終便でスウォンジーの本部庶務へ送ります」
準備がいいな。流石元庶務副長。
「わかった。サインをしておこう」
細部項目記載済みの休暇届にささっとサインする。
トーマスはささっとサイン済みの書類を回収した。
「それではこの書類はお預かりします。それでは本年最後の連絡です。つい先ほど、商会長のご家族の方が事務所にいらっしゃいました。業務が終わり次第でいいのでお会いしたいそうです」
どうせパトリシアだろう。
実家に帰るから一緒に行こうという。
確かに4の鐘で出る直通急行で帰ればちょうどいい。
「わかった。それじゃ行こう。応接室か」
「はい」
これで今年の業務は終わりだ。
荷物はアイテムボックスに全部入っているから整理する必要はない。
だからそのままトーマスの後をついて応接室へ。
えっ、ちょっと待て、この魔力反応は!
応接室の中には2人いる。
1人は予想通りパトリシアだ。
しかしもう1人は……
平常心、平常心、平常心。
そう心の中で3回唱え、そして僕は扉をノックする。
「はい」
「リチャードです」
「どうぞ」
返答はパトリシアだ。
扉を開ける。
1人は勿論パトリシア、そしてもう1人は……やっぱりローラだ。
「すみません。もう少し早く終わらせれば良かったです」
「いえ、こちらこそ御仕事の邪魔をしては申し訳ないですから」
しかし何故ローラが今、此処に。
「正式に婚約者になったんだから、新年はお兄の屋敷で一緒に迎えたいって。勿論スティルマン家もうちの家も了解済みよ。あとニーナさんにも連絡しておいたから」
おい待てパトリシア!
あとローラ! そしてスティルマン家&シックルード家もそれでいいのか!
婚約はしているけれど婚姻している訳じゃ無いんだぞ!
「突然の我が儘で申し訳ありません。やっぱりご迷惑でしょうか」
うーむ、ローラにそう言われては仕方ない。
「大丈夫ですよ。ただスウォンジーは田舎ですので、あまり面白い物はありませんが」
「リチャード様と一緒にいられるならそれで充分ですわ」
おい待てローラ、本当にいいのか。
こちとら前世から童●だぞ。
どうなっても知らないぞ。
多分ならないけれど。
そこまで僕には度胸が無いから。
「お兄、良かったね」
謀ったな、パトリシア!
そう思うがローラの前では勿論そんな事を言えない。
「それでお兄の家に行けばきっとまだ今までに見たことがないおやつや料理があるよね。私も楽しみにしてるから」
お前も来るのか、パトリシア。
こんな時、僕はどんな顔をすればいいか分らない。
『笑えばいいと思うよ』なんて言われても、その笑顔をどう作るかがうまく出来ない状態だ。
でもまあパトリシアが一緒なら、問題になる事も少ないか。
ここは開き直ろう。
「わかりました。それでは4の鐘で出る直通急行で行きましょう」
「それならまだ1時間くらいあるし、一度モレスビー港に行こうよ。あっちの方がお店も多いし、何か買って行くにもちょうどいいよね」
「ひょっとしてパトリシア、僕の財布をあてにしていないか」
「当然でしょ。学生はお金がないの」
何だかなあ。そう思いつつ僕は歩き出す。
パトリシアとローラに挟まれた状態で。
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