第71話 冬休みの始まり

 その日もいつもの午前中と同じ。

 各所から上がってくる報告書類を確認しながら決裁をしていた。


 決裁書類は毎朝、僕の通勤と一緒に本線急行に載ってやってくる。

 ここで僕が決裁すると正午の本線急行に載って本社へと届く仕組み。


 この決裁書類には森林公社分や鉄鉱山分も含まれている。

 どちらもガナーヴィンまでの直通貨物列車が出来た事で売上げがまた伸びた模様。


 そろそろ公社長はどっちも引退したい。

 でもジェフリーに任す訳にはいかないよな。


 鉄鉱山も森林公社も長は代々領主家枠。

 だから領民枠に変える訳にもいかないのだろう。

 使えるポストが減るとウィリアムの次の代に面倒な事になる。


 そんな事を思いながら決裁をしていたところだった。


 トントントン、ノックの音。


「商会長、御家族の方がお見えです」


 言われた瞬間気がついた。

 そうだ、今日はその日だった。


「わかった。通してくれ」


 努めていつもの口調で言う。


「かしこまりました」


 応接セットの方へ移動する。

 すぐにノックがあった。


「はい、どうぞ」


 もう魔力で誰かは判別できている。

 判別するまでも無いけれども。


「何かちょっと見ないうちに随分変わったじゃない」


「お忙しいとは思いましたが、冬休みで帰ってきたのでまずはご挨拶したいと思いまして」


 パトリシアとローラだ。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 まずはローラにそう挨拶した後、パトリシアに確認。


「冬休み前半はスティルマン家にお世話になるんだよな」


「そう。何か街が変わったって聞いて」


 まあ確かに変わったよなと思う。

 ただ僕が気になったのは別の事だ。


「他の人はどうしてるんだ。確か5人でお世話になるって書いてあったと思うけれど」


 ローラからの手紙ではそうなっていたのだ。


「街中観光よ。路面鉄道だっけ、あれに乗ればこの街の大体のところへ行けるみたいだから」


 ご令嬢方からまた鉄道が他に広がらないだろうか。

 そんな事をふと考える。

 確かパトリシア以外の4人も伯爵、あるいは子爵令嬢の筈だ。

 名前も家も一応控えてある。


 まあそこまで期待はしない方がいいかもしれない。

 去年の夏も鉄鉱山事務所でトロッコや森林鉄道模型なんて見て貰ったけれど、ローラ以外に特に反応は無かったし。


「まさか夏休みから冬休みの間でこんなに変わるとは思っていませんでした」


 これはローラだ。

 ただこれは僕の功績では無い。

 そこは一応言っておこう。


「スティルマン領内の工事はジェームス領主代行に手配していただきました。ですのでこれはスティルマン領主家の功績ですね。うちの商会はその施設をスティルマン伯爵からお借りしている形ですから」


「それでもジェームスお兄様が感心していましたわ。無理を言って使用開始を前倒しにして貰ったのに、もう問題無く使えるようになっていると。渋滞や違法駐車も日に日に減っていて効果を実感しているとも言っていました」


 それもおそらくジェームス氏のおかげだ。


「ジェームス領主代行のおかげです。事前の周知をしっかりしていただいた他、領役所の人員を総動員して交通取締をしていただいたので、事故もなく無事に済みました」


 実際そのあたりは流石だと思う。

 おかげでいい感じでゴーレム車から鉄道へ移行が進んでいる。


「ところで今回は新作のお菓子は無いの?」


 おいパトリシア。

 いきなり何だその台詞は。

 まあ確かに作ったけれども。

 

「この前の試乗会で出したのはこんな感じだな」


 まずはぬれ煎餅と石炭かりんとう。

 それぞれが入った小箱を出す。


 すぐにパトリシアが開けてそれぞれ味見。


「うーん、何かいつもと違う」


「こちらは塩味なのですね。お茶と一緒に食べると美味しいと思います」


「でもお兄の事だからきっとこういうのじゃない甘いものもあるでしょ?」


 パトリシア、お前何しに来たんだと言いたい。

 でも残念ながら確かに試作中のものもあるのだ。


「試作でまだそれほどの数は作っていないぞ」


 出したのは東京レンガぱんもどき。

 要は四角い小さいパンの中につぶあんと生クリームが入ったもの。

 東京駅改札内、エキュート東京の豆一豆で売っているスペシャルな逸品を可能な限り再現した。


 これは試乗会で出そうかと思ったが出さなかったものだ。

 ご老人方にはぬれ煎餅と石炭かりんとうの方があっているだろうと思って。


「やっぱりあったじゃない。でもこれ、パン?」


「ああ。外側はパンだ。あとは食べてのお楽しみだな」


 この世界にはあんパンなんてものはない。

 パンは四角い食パン、長いフランスパンのバゲット風、大きいカンパーニュ風、いわゆるバターロール風のどれか。


 いずれも食事パンで中に何か仕込むなんて事はない。

 もちろんサンドイッチのように後付けで何かを入れる事はあるけれども。


「お兄のデザートっていつもながらサイズとかが絶妙だよね。持ち歩いて食べても支障ないというか」


 そんな事を言いながらパトリシア、口に運ぶ。


「あ、何これ美味しい。クリームはわかるけれど、もう片方は?」


 この国では甘い豆あんこというのは一般的ではない。

 クリームとかバターとかチーズとかジャムはあるけれど。

 つまり和食系なら結構意表をつけるのだ。

 この前のぬれ煎餅やかりんとうもその手だけれども。


「これは豆を甘く煮たものだ。あと似たものだがこっちは少し味が違う」


 実は東京チーズレンガぱんもどきも作ってある。

 これはやはり四角い小さいパンの中につぶあんとマスカルポーネとクリームチーズが入ったもの。


「あ、確かに。こっちも美味しい」


「確かにどちらも美味しいです。他にはないですよね」


 前世知識でチートという奴だ。

 ブルーベルの調理能力がないと再現できないけれども。


「お兄、どっちもあるだけちょうだい!」


 まあ出したからには仕方ない。

 重箱のような木箱にそれぞれ20個ずつ詰めたものを出す。

 今2個ずつ出したから残りは18個ずつだけれども。


「これで全部だ。あとはブルーベルに作って貰うしかない」


「確かこの鉄道を使えばゴーレム車より速く行けるんだよね」


「急行なら1時間かからない。それ以外ならジェスタで乗り換えて1時間半だな」


「でもどうせお兄、毎日往復しているんだよね。なら頼めば明後日くらいには持ってこれるよね」


 確かにそうだけれど、何だかなあ。


「ブルーベルの都合もあるからすぐに作れるとは限らないぞ」


 まあ頼めば昼のうちに作ってくれるとは思うけれど。

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