第17章 新商会の発足

第65話 忙しい10月

 正直甘く見ていた。

 近距離の移動需要を、そして陰謀お兄様ウィリアムの政策実施能力を。


 朝一番のジェスタ西門発三公社前行きの列車、早くも5両編成まで増結する事になってしまった。

 更にその後も列車を2本増発が決定。


 理由はもちろん乗客の増加。

 鉄道沿線の農家や地元住民が生産物を背負って直接市場へ売りにくるようになったからだ。

 

 一般の農家の稼ぎではゴーレム車は購入できない。

 だからこれまではゴーレム車を持つそこそこ裕福な商家が、農家から農作物の買い上げをしていた。

 価格決定権もこれらの商家にあった。


 しかし鉄道なら往復で正銅貨4枚400円

 この金額ならゴーレム車が買えない農家でも余裕で支払える。

 村の生産物を背負って売りに行く小規模な行商人なんて事もやりやすくなる訳だ。


 しかもウィリアムの奴、北門新市場に自由販売所なんてのを作りやがった。

 出店料は無料、ただし使用出来るのは生産者や無店舗の行商人のみ。

 店舗持ちの仲買やゴーレム車持ちの商家、小売店等は使用不可。

 つまり事実上、生産直売用のスペースだ。


 仲介料が安い、もしくは無い分安くて新鮮な農産物が毎朝入荷している。

 そうなると消費者も当然買いにくるわけだ。

 おかげで新市場は開場当初から大賑わい。


 この開場当初からというところに領主代行ウィリアムの工作を感じる。

 北門新市場が正式開場する前に、既に農家や市民ら各方面にこの事が伝わっていたという事だから。


 この賑わいのおかげで元からあった中央市場から新市場へ移動を希望する業者が激増したらしい。

 更に価格決定権が農家等の生産者に移りそうな兆候も見られるとのこと。


 きっとこれらはウィリアムの思惑通りなのだろう。

 何だか奴に利用されている気がする。

 鉄道の儲けにもなるから文句は言わないけれども。


 工房は夏休みを終え、再び活発に活動を開始した。

 今の作業は、

  ○ ジェスタから西、スティルマン領までのトンネルを含む部分の線路敷設工事

  ○ 本線部分の複線化

  ○ 低床車両クモロ600の増産

が中心だ。


 正直なところクモロ600の増産は予定外だった。

 ガナーヴィン市内線開業までに数を揃えておけばいいか位に思っていたのだ。

 しかし予想外に近郊鉄道が好評。

 だから車両数に余裕が全く無い。


 そんな訳で休み明け後早くも工房、フル回転中。


 ◇◇◇


 スティルマン領内も鉄道敷設工事が始まった。

 こちらで作成した仕様書に基づき、向こうの領主代行ジェームス氏が手配した業者が行っている。

 向こうの業者が線路敷設と駅設備まで作り、信号ゴーレムや踏切、警報等の安全装置だけをうちの工房で設置する予定。


「線路敷設工事までなら委託しても問題ないだろう。これで漏れる情報など、本気の魔法使いが列車に1回乗れば明白だ」


「そうですね。単純な工事は他に任せてしまった方が工房こっちも楽です。

 ですが安全装置類はこちらで設置する事にしましょう。秘密保持だけでなく、魔術を使っているので厳密な施工が必要となりますから」


 カールとキットがそういう意見なので問題はないだろう。


 なおスティルマン領内の線路及び鉄道関連施設部分は、

  ○ スティルマン領主が工事して所有し

  ○ 僕の商会が鉄道車両と人材を保有し運行を実施

するという仕組みに決定している。


 つまり日本で言う所の上下分離方式だ。

 道路上の線路敷設部分、つまり軌道敷まで一般の商会が保有するわけにはいかない。

 それに新商会も余分な資産や業務を抱え込みたくない。

 出来るだけ本業、つまり鉄道運行と工房業務だけに絞りたいので。


 他にも経理上の理由が多々あったりするけれども。


 ◇◇◇


 新商会は12月1日の独立に向け準備中。

 商会の名称は『北部大洋鉄道商会』に決まった。


 この国は大陸の境界山脈から西側、北部大洋に面した細長い地域を領土としている。

 その全土を南北に結ぶ鉄道になろう。

 そんな意図を持って名付けられた。


 決して『ノーザン・パシフィック鉄道』の真似ではない。

 その名前だと倒産しそうだから。


 副商会長はダルトンに頼み込み、運輸部長にクロッカー、工房長改め技術部長にカール。

 業務内容は鉄道関連一般と、ゴーレムをはじめとする機械技術一般。

 つまりはまあ、元の運輸部と工房の業務ほぼそのまま。


 新商会の社屋は工房の建物を使用する事となった。

 事務用に建物を増築した結果、森林公社本部事務所より遥かに大きな建物になってしまった。

 鉄道の工場もあるから仕方ない。


 新商会は製鉄場のケーブルカーや森林公社の運搬関係も当然業務範囲に入ったまま。

 だからすぐにはこの場所を離れられない。


 しかしガナーヴィンでの鉄道計画が完成したら、向こうの方が鉄道の規模も上になる。

 そうなったら移転すべきかは現在鋭意考慮中。


 既にガナーヴィンの事務所建物はほぼ完成。

 まもなくガナーヴィン事務所設立準備室も向こうでの活動を開始する予定。

 車両基地の為の土地も用意済み。


 街としても大きく鉄道の規模も大きいガナーヴィンの方が拠点とするのに適しているのだろう。

 ローラも実家が近い方が楽だろうし。


 しかし今の工場を移転するのもどうかなと思う。

 ついでに言うと独立後も森林公社長、鉄鉱山長の肩書は解除されないようなので、ここも思案中だ。


 既に鉱山の方は副長を鉱山長代理に指名して、ほとんどの業務を委任している。

 森林公社の方もまもなく同じようにする予定。

 それでも週1回くらいの決裁と状況確認は必要なのだろう。

 忙しくなりそうで不安だ。

  

 そして現在の最大の問題が人材不足。

 スウォンジー近郊路線が好調すぎて、早くもゴーレム操縦者がピンチだ。

 現在またしても工房から毎日4人程運輸部に派遣している状態。


 これで鉄道がガナーヴィンまで開通し、更にガナーヴィン市内線まで出来たらどうなる事か。


「最低でも20人程度の採用をお願いします。今でも工房から毎日4人借りて、それでもぎりぎりの状況ですから」


「独立を機にガナーヴィンで大々的に採用活動を開始しましょう。あちらは都会ですしゴーレム車の操縦者が数多くいるようです。ですから待遇次第では集めるのは難しくないと思われます。


 あと、出来れば鉄鉱山の方のゴーレム操縦者も募集してやって下さい。この鉄道でスウォンジーへの心理的距離が近くなれば応募者も増えると思われます」


 クロッカーとダルトンにそんな事を言われてしまった。

 確かに鉄道関係だけでもそれくらいの人数は最低限必要だろう。

 独立時にシックルード家とスティルマン家から出資して貰う予定だから何とかなる。


 とまあ、あれやこれやで仕事が多い。

 精神的に疲れる事この上ない。

 ただガナーヴィンまでの線路が開通すれば大型車両も運行を開始できる。

 既に新型車両クモイ502も先行試作車両が待機中。

 

 そう、イがつくという事はグリーン車。

 転換クロスシートを採用している。


 リクライニング機構こそ無い。

 しかし幅をゆったり取った2列+1列の革張りシートはなかなかに座り心地がいい。

 シート横から簡易テーブルも出せるし、窓枠は汽車土瓶を置ける程度の幅を確保。

 

 これを走らせる為だ。

 そう思って忙しすぎる日々を何とか頑張っている。

 しかしそろそろ疲れてきた。


 ちょうど今日は雨だ。

 明日は気分転換として、久々に森林鉄道の視察に行くとしよう。

 秋半ば、魔物も冬に向け脂肪を蓄えていて美味しい時期だろうから。


※ 行商人、行商人専用列車

  関東大震災以降、昭和50年代頃までは日本でも荷物を背負い、鉄道を利用して都市で農産品等を販売する行商人(通称『カツギ屋』)が結構見られた。私鉄等でもこれら行商人専用の列車を運行していたり、特定の車両を行商人専用にしていたりした。

  専用列車は京成電鉄の通称『なっぱ電車』や近鉄の『鮮魚列車』等が有名。  


※ ノーザン・パシフィック鉄道

  かつてアメリカ合衆国に存在した鉄道会社。五大湖のスペリオル湖西端から合衆国北部を横断し、太平洋までの鉄道を完成させた。なお現在は他の鉄道会社と合併、更に改名してBNSF鉄道(バーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道の略称から命名)となっている。


※ 上下分離方式

  政府や自治体、公的機関等が土地や施設などの資産(下)を保有し、鉄道会社等が運行・運営(上)を行う方式。資産のどこまで、運行コストのどこまでを公的機関が持つかは事業者によって異なる。


  たとえば養老鉄道(三重県・岐阜県)は

   ○ 一般社団法人養老線管理機構が線路など鉄道施設と車両を保有・管理

   ○ 養老鉄道が運行を実施

  また若桜鉄道(鳥取県)は

   ○ 線路、駅施設等は若桜町と八頭町が保有・管理

   ○ 若桜鉄道が車両を保有して運行を実施

 となっている。

 

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