第2話 僕の立場と鉄道計画の発議

 長男は基本的に家を継ぐ事になる。

 だから英才教育を受け大事に育てられるのが普通だ。

 学校卒業後は概ね領主代行として領地で補佐役に教わりながら領地経営を実践していく事になる。


 次男は万が一の際に領地を引き継ぐ可能性がある。

 だからある程度は行政的知識を身につけるため、国の役所に特別枠で就職するのが一般的だ。

 そうして8割以上はそのまま使えない上級役人になるが、それは別の話。


 女性なら長女でも次女でも三女でも、その後でも何とかなる。

 貴族の女性を嫁に求める者はそこそこ多い。

 貴族同士の婚姻以外に、名家との繋がりと血が欲しい実業家のような相手が結構いる訳だ。

 選ばなければ行き場に困る事は無いと言っていい。


 しかし三男以降の男子はそういった事もまず無い。

 就職も役人特別枠は伯爵家レベルなら通常一世代に1人まで。

 あまり多いと使えない高級役人が多くなりすぎるから国の方でもそうやって対処している。


 そうなると三男以降が行くのは騎士団か、さもなければ自領の適当な名誉職。

 腕や魔法に自信があり戦闘をする覚悟があるなら騎士団を選んでもいいだろう。

 しかし大体の貴族の子弟なんてのはそんな自信も覚悟もないものだ。

 つまり騎士団入りして腕も頭も魔法も使えない無駄な上級職になる奴も基本的には少数派。


 大体は実家領地内にある領主直営組織の、適当な名誉職で飼い殺し。

 飼い殺しと言っても家内でうろうろされては面倒だから、適当に屋敷を与えて追い出す。

 そしてその本人が死亡したら職を取り上げるという訳だ。


 職にある間に何か有用な事業でも立ち上げていれば、もし子孫がいたとすれば受け継ぐ事も出来るだろう。

 しかしそんな事が出来る奴は滅多にいない。

 大抵は死亡とともに全ての職を取り上げられ、家は無くなる。


 そんな末路が見えている為だろうか。

 貴族の三男坊以下は自領内の名誉職に就任しても、自領に帰る事なく王都で遊び暮らす事が多い。

 9割以上だな、僕の見たところでは。


 名誉職と言ってもオーナーを兼ねたような存在。

 自分の代だけなら充分以上の収入がある。

 だからその気になれば遊び暮らせる訳だ。

 次代とか考えなければ。


 しかし僕は領地に戻り、しかも名誉職でありながら鉱山事務所に安息日以外ほぼ毎日出勤している。

 これは別に新規事業を作ろうという野望があってではない。

 単純にこの仕事や職場が好きだからだ。


 システマチックな採掘管理。

 メカメカしくて観察するだに面白い各種ゴーレム。

 水属性魔法で水流を起こし比重で選鉱する選鉱場。

 これも水属性魔法の洗い流し魔法と乾燥魔法、更には火属性魔法を使用した高温固化処理魔法なんてのまで使った廃棄物処理。


 メカ的構造的なものが昔から好きだった僕にとってはなかなかに楽しい場所だ。

 それに職員も業務柄、理系な奴が多くて居心地いい。


 それに僕は一応貴族家出身なのでそれなりの魔法も使える。

 水属性と土属性がレベル4、火属性と風属性がレベル3の魔法使いだ。


 勿論各部門にいるこの道何十年というプロには敵わない。

 けれど彼らがいないときの代役くらいなら何とか出来る。

 見回りついでについ手をだしてしまったりなんて事もする。


 貴族なんですからそんな事しなくていいですから。

 そう言われる事も多いけれど現場には概ね受け入れられているようだ。

 少なくとも僕の実感では。


 そんな鉱山事務所に今日は従者のマルキス君が運転するゴーレム車で出勤。

 朝の定例会議の場で各部門の定例報告を聞いた後、挨拶を兼ねて発言開始。


「今回は事故で皆に心配かけてすまなかった。事故で3日間ばかり寝込んでいた。だが今はこの通り元気だから心配しないでくれ。なおどんな事故かは皆の想像に任せる」


 なんて言っても実際はもう事故の態様など皆、知っているだろう。

 何せ狭い領内だ。

 僕がスピード狂なのも全員が知っている。


 工房技師長のカールなんてニヤニヤしているのを隠そうともしていない。

 ちなみに事故ったゴーレム車は奴との共作。

 だから責任の半分は奴にもある……訳でも無いけれども。


 でも本題はここからだ。


「さて、実は第12鉱区で新たな輸送方法の実験をしようと思っている。内容はこんな感じだ」


 昨日頑張って描いて、今朝出社してから複写したトロッコ構想の概念説明を全員に配る。

 複写は複写専用紙を使えば簡単だ。


 複写専用紙とは熱魔法で使えるカーボン紙のような代物。

 原稿の下に複写専用紙、その下に白紙をおき、原稿の黒い部分に対し熱属性レベル1の加熱魔法で熱を加える。

 結果、複写専用紙の下においた白い紙に熱で複写専用紙のインクが張り付くという仕組み。


 慣れると1枚につき1秒以下で複写出来る。

 これで会議出席者12人分を複写した。

 なおそれ以外の詳細についての概念図は複写せず、手持ちで持ってきている。


「これが上手く行けば坑口から遠い採掘現場でもより効率的な採掘活動を行う事が可能となる。

 しかし勿論これは新規のアイデアだ。ものになるかはまだわからない。だから予算は僕の方の別途予算でつける。ただ最低でもゴーレム部門や工房部門、建設部門の協力は必要になるから宜しく頼む」


 この別途予算とは僕のポケットマネーに近い。

 こういった貴族領地内の直営産業は、形態上は領主の私物。

 そして領主に委託されてオーナー的立場にいるのが僕のような名誉職。

 ある程度の割合で儲けを領主に支払い、更に必要経費を除いた残りは僕の総取り。


 ただ僕は別に金を使うような趣味を持っていない。

 強いて言えばゴーレム改造とゴーレム車改造、それによる暴走程度。

 だから予算は概ね余りまくっている。

 一昨年のこの予算で行ったのが鉱山の埋蔵量及び新規鉱脈の探索。

 そしてまだ使っていない昨年の予算でこの鉄道計画を行おうという訳だ。


「予算上は問題ありません。ですがこれはどのくらい実現可能なものなのでしょうか。先例はありますでしょうか」

 

 経理部門担当のコリスさんだ。

 事務所ここでは難しい顔をして厳しい事を言う番頭的立場。

 しかし家に帰ると孫が可愛くて仕方ない爺馬鹿に変わる。

 何せ地元なのでその辺は僕以外も皆知っている。


「残念ながら先例はない。新規のアイデアだ。それは全体の簡単な概念で、ある程度詳細な部分のイメージを描いたのがこちらになる。これは工房技師長のカールに渡すから検討してもらいたい」


 僕は書類一式を寄こせ寄こせと目で訴えているカールへ。

 彼は坑道本体や建築物以外の工作物を担当している工房部門の責任者。

 僕の五歳上で国立高等工科学校出身の機械オタク系人物。

 そして僕のゴーレム車改造の相棒だ。


 彼はさっと図面に目を通す。


「機構上は問題ないようです。あとはある程度実作した上で研究する必要があるかと。

 その上でこの案を本格的に試験実施するべきか考えようと思います。一週間ほどお待ち下さい」


 カール、口調こそ真面目くさった感じだ。

 しかし表情が完全ににやついている。

 奴は新規の物を作るのが大好きなのだ。

 しかし技術は超一流。

 こういう時には頼りになる。


「わかった。それでは僕からは以上だ」


「他に何かありますか」


 副鉱山長のエドワルドが問いかける。

 どうやら特に問題は無かったようだ。

 まあ名誉職とは言え鉱山長が自分の出資でやると言う事を止める事は無いだろうけれど。


 そんな感じで僕の鉄道計画は始まった。

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