第3話 僕とカールの関係

 午前中は会議、決裁、報告確認等で基本的に潰れる。

 そんな訳で僕が鉱山事務所内をうろつけるのは昼食後。

 本日真っ先に訪れたのは工房だ。


「どうだ。技師長はちゃんと昼食を食べたか」


「駄目ですよ。あんなの与えたらどうなるか、鉱山長だってわかるでしょう」


 係員の1人マリオ君がそう教えてくれる。

 ここ工房内の連中は僕相手でも結構フランクだ。

 勿論この工房内に限るけれども。

 それはまあ、僕とここの責任者カールの関係のせいでもある。


 カールをこの鉱山に連れてきたのは僕。

 出逢いは高等教育学校時代。

 ゴーレム車を改造している横を奴が通りかかったのがきっかけだ。


「面白い事やっているな。でも乗り心地が悪くなるだろ」


 頭ボサボサ、服もしわだらけ、顔と雰囲気は年齢不詳で学生とも職員ともとれる男が立ち止まってそんな事を言う。


「かまわない。少しでも早く軽くしたい」


 ここは外れではあるが学校の構内。

 一般の部外者が通る事はない。

 つまり彼は高等教育学校か、同じ敷地にあるどれかの国立学校の関係者。

 用心する必要はないので、僕も特に気にしないで返答する。

 

「それなら何でまたゴーレム車をいじるんだ。騎乗用のゴーレムに乗った方が速いだろ」


「それじゃ面白くない。ゴーレム車で操縦するからこそ面白い」


 正直わかって貰えるとは思わない。

 実際そんな僕の考え方は友人達の間でも異端だったし。


 ゴーレム車そのものは貴族の乗り物としては一般的だ。

 うちの生徒でも貴族の子弟なら持っている者も大勢いる。


 だがあくまでゴーレム車は移動のために使うもの。

 操縦も従者にさせるのが普通。

 自分で操縦する、ましてやその上で改造して速度を追求する。

 そんな考えは理解されなかったし、僕も既に理解される事を放棄していた。


 しかし奴め、僕の台詞でにんまり笑みをうかべやがった。


「なるほど、いいじゃないか。でもそれならフレームは作り直したほうがいい。その形のままじゃこれ以上軽くすると強度が保てない」


 意外な返答と、そして的確な指摘。

 フレームを作り直した方がいい事は、実は僕もわかっていた。


 僕が改造しているゴーレム車は元々、木製で貴族らしい重厚さを醸し出すデザイン。

 既に余計な装飾類は取っ払ったがフレーム部分はそうはいかない。

 このフレーム部分も木製で、厚めの板で箱状に作られている。

 この板に穴開けをしたりして軽量化をすると強度的に厳しくなるのだ。


 わかっていて作り直せなかった理由は簡単。


「鉄材を自由に加工する程の腕はないんだ。本当はここでこのパイプを溶接できればいいんだけれど」


 そうすれば板では無く鉄パイプで強度を確保出来る。

 そう思って材料そのものは用意したのだ。

 しかし僕は金属性の魔法をあまり得意としていない。

 レベル2程度では曲げるのは何とか出来ても溶接は不可能。

 結果、うまく出来ずにそのままになっていた。


「わかっているじゃないか。ならちょっと手を出していいか? これでも腕には自信がある。金属性はレベル6だ」


 ちょっと待ってくれと僕は驚く。

 どの属性もレベル6ともなると超一流クラスだ。

 高等教育学校の教授クラスとか、国立研究所の研究チーフとか。

 本当ならただ者では無い。


「出来るなら頼む。でも何でまたそんな上級魔道士レベルがこんな所をうろうろしているんだ」


 ここは敷地の外れ。

 だからそう人が通る理由は無い。

 今更ながらに僕はそんな事に気づいた。


「これでもそこの国立高等工科学校の講師だよ。給料安いし自由に物を作れないけれどな。学生も教授連も理論ばっかで実際にものを作るなんて事をしねえ。むしろ実際に作るなんてのを下々の仕事だって軽蔑している位だ。食うために何とか我慢して働いているけれどな」


 ブツブツ文句じみた返答を口にしつつ、奴はちょいちょいと鉄パイプを加工し、僕の言った通りに溶接する。

 溶接痕まで含めて見事だ。


「ほれ、完成だ。これで無駄な部分を一気に外せる。その分軽くなるだろ。路面からの振動で乗り心地は最悪だろうけれどな」


 実際に力をかけて確認してみる。

 しっかりくっついている、完璧だ。

 金属性レベル6は伊達じゃ無い。


「ありがたい。これでより速くなる」


「しかし何だって自分でそんな工作しているんだ。見たところ実家は結構いい家だろ。そういうのは何処かに頼むのが普通だ」


 確かに一般的な貴族の子弟ならそれが普通だ。

 それは僕もわかっている。

 ただ僕がそう思っていないだけだ。


「自分でやるからこそ面白いんだろ、こういうのは」


 その僕の台詞を聞いた途端、奴め、実にいい笑顔をしやがった。


「その通りだ。ところで毎日こんな事をしているのか」


「3日前からだ。やっと自分のゴーレム車を手に入れたからさ。どうせならより速く楽しくしたい」


「なら俺にも手伝わせろ。どうせゴーレムも改造するんだろ」


 確かにそのつもりだ。


「助かる。でもいいのか」


 確かに彼の腕なら複雑な機構のゴーレムであろうと改造は自由自在だろう。

 しかしこれほどの腕前なら相応にお金がかかる筈だ。

 タダでやって貰おうなんてのはムシが良すぎる。


「ああ。自分の手でいじる事に意味がある。それをわかる奴は久しぶりだ。ただしそのかわり改造にも試走も俺も混ぜろ。それが条件だ」


 なるほど、直感的に理解出来た。

 こいつは僕の同類だと。


「勿論だ」


 その返答に奴はにやりと笑って右手を差し出す。


「カール・ゲイガーだ」


「リチャード・トレビ・シックルード」


 僕達は握手をする。

 以来、ゴーレム車やゴーレムを改造したり、改造したゴーレム&ゴーレム車で暴走したり。


 僕が卒業後ここの鉱山長になる事が決まると一緒にここについて来た。

『給与が安いし机上だけで完結しているような場所はうんざりだ』

 そんな台詞を吐いて。


 そしてここの理系技術屋ばかりという環境にあっさり順応。

 更にはそこら中の機械類を改良して効率と稼働率を大幅に上昇させ、今では晴れて幹部の一員として居ついている。


 さて、そんなカールの前には早くもレールの試作品枕木付と、簡素な構造の台車が置かれていた。

 

「早いな。もう作ったのか」


「当然だ。理解するためには現物を作るのが一番早い」


 普通の人はそんな事は出来ないのだが、奴は違う。

 平民出身と思えないレベルの魔法とやたら器用な腕でイメージ可能な物はほぼ何でも作ってしまえるのだ。


 往々にして余分な物まで作ってしまうので、資材費はそこそこかかってしまったりもする。

 ただその辺に文句を言わず、むしろ存分に必要資材を与えるのが奴を扱うコツだ。

 そうすれば間違いなくそれ以上の成果を出してくれるから。 

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