第3話
男の子が私に手を振っている。可愛いらしい笑顔を見せながら。男の子を囲うのはいっぱいの友達。
私にもあったはずの母親になった未来。私の子供もいっぱいの友達に囲まれてたのかな。
幸せな家族。
私が叶えられなかった未来を、彼は叶えてるだろうか。素敵な出会いに導かれて。
「お前、誰に手を振ってんの?」
男の子が不思議そうに私を見て友達に振り向いた。
子供達を包むざわめき。
私が見える子と見えない子。
あの子達は気づくのかしら、私が幽霊だということに。そして……彼が知る日は来るだろうか。
幽霊になった私が……ここにいることを。
***
晴れた空を見上げ、綾音は微笑む。
綾音と塔矢を照らす陽の光と、通り過ぎていく人々のざわめき。ふたりが立っているのは、小学校のそばにある公園の入り口。
「懐かしいね塔矢、小学校を卒業してから何年も経ってないのに」
「錆びだらけの滑り台で、スカートを汚して泣いてたっけな、お前」
「塔矢だって、ジャングルジムから落ちて泣きわめいてたくせに」
「ふん。……何してんだ、早く入ろうぜ」
肩を並べ公園の中を歩く。誰もいない静けさの中、互いの息の音を聞きながら体を震わせて。錆びだらけの滑り台とジャングルジムは当時のままだ。
「お前の姉貴、幽霊の噂を誰から聞いたんだ?」
「わかんない、友達だと思うけど」
「俺達が小学生の時にはなんの噂もなかったよな。となると、言われだしたの最近か。……まったく、広めるならちゃんとしたものを流せっての」
まわりを見回した塔矢の声に苛立ちが滲む。
「幽霊どころか、ベンチがどこにもないじゃないか」
塔矢の隣で、綾音は困ったようにうつむいた。
見当たらないベンチ。
幽霊の噂、それが姉がついた嘘だとしたら。
「お姉ちゃん、どうして私に言ったんだろ。ごめんね塔矢、嫌な思いをさせて」
「いいよ、宿題を条件について来たの俺なんだから。腹減ったな、なんか食ってから帰ろうぜ」
「……うん」
歩こうとした綾音の頬に何かが触れた。軽く、ふわりとしたものが。
「何?」
感触を追うように頬をなぞり、地面へと落ちた綾音の視線。地面を覆う枯葉の中見えるのは、キラキラと光輝く白い羽根。塔矢に見せようと羽根を拾った
『君、勇気を出しなよ』
綾音の頭の中に声が響いた。幼い子供の声が。
『ボクは君を助けたいんだ。与えられた運命に逆らえるなら、変えていけるものがある。奇跡は起こるよ……きっとね』
「誰?」
『黙って聞いてほしい。ボクがしてること神様にバレたら怒られちゃう』
塔矢の足音が小さくなっていく。離れていく塔矢のうしろ姿と、綾音を疼かせる寂しさ。
『君は彼と引き離されてしまう。その前に勇気を出してほしいんだ。それが君と彼の運命を変えていくから。クリスマスイヴ……それは君の絶望と、奇跡を起こす始まりの日だ』
綾音の手の中で、白い羽根が砂になった。冷たい風に乗り消えていく砂が、陽に照らされキラキラと光輝く。
塔矢と引き離される。それが何を意味するのは綾音にはわからない。子供の声と砂になった白い羽根、それが何をを告げようとしているのかも。
「綾音? 何してんだ」
塔矢の大声が響く。
遠く離れた塔矢。
そばにいたいと強く思った。
——勇気を出してみよう。
それが何を変えるのかわからない……それでも。
綾音は駆け出し、塔矢に近づいた。
寒さの中、吐かれる白い息と早まる鼓動。
「塔矢、もうすぐクリスマスだね」
「あぁ、それがどうしたんだ?」
「クリスマスイヴ……ここで会えないかな?」
「なんで?」
「伝えたいことがある。ずっと……大事にしてたこと」
「なんだよ、もったいぶってないで言えよ」
「今はこのお願いが私の精一杯。クリスマスイヴにはもっと……がんばれる気がするから」
伝えるなら誰もいない場所で。
通学途中でも学校の中でもなく。
塔矢だけがいる世界で
秘め続けたひとつだけの想いを。
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